第1章 駐輪場にて

1.


 翌朝。4月も8日目だがまだまだ肌寒い朝の空気の中、隼人は痛みに顔をしかめながら、浅間大学構内の坂を上っていた。

 化物を殴った右拳は皮がむけ血が出ていたため、消毒してガーゼと包帯で巻いてある。殴られた右腕とぶちかました左肩は青痣ができていた。そのほか地面に落ちた時打ったところなど、ところどころが痛い。

 我ながら因果な性格だな、と自嘲する。

 女の子がピンチになると、身体が勝手に動く。自分のこの危険な性格は百も承知だったが、まさか化物相手にまで後先考えずに突っ込むなんて。

 長生きしないな、俺。

 そんなことを考えていると、

「「はーやとくーん! おっはよー!」」

 と女の子が2人、両腕にしがみついてきた。かろうじて挨拶だけして、痛みを我慢する。

「「ん? どしたの、隼人君?」」

 いや、ちょっと腕が、と歯を食いしばりながらどうにか答えるが、残念ながら女の子たちには伝わらなかったようだ。

「「うわ! この右手どうしたん?!」」

「いや、ちょっと怪我を……それより、腕が――」

「喧嘩したの、隼人君?」

 これは右腕の子だけが問いかけてくる。見やると、眼を潤ませて小刻みに震えている。

「うん、ちょっとね……んで、腕も痛いから、離れてくれないかな、美紀ちゃん」

 右腕の子に、隼人はもはや懇願一歩手前で頼んだ。が、左腕の子から茶々が入る。

「離れたらあかんで、美紀。ここはうちらの力で隼人君のダメージケアをせな」

「……じゃあ離れて、手かざしとかに切り替えてくれないかな、真紀ちゃん」

「しゃあないな、高くつくで?」

「有料なの? それ」

 そんなやりとりのあと、ようやく真紀も美紀も腕から離れた。ようやく肉体的苦痛から開放されたが、精神的苦痛が代わりにやってきた。

「ちなみに隼人君? うち、真紀やで?」

 と元右腕担当が言う。眼を潤ませ、小刻みに震えて……いない。

「隼人君だけは、うちをちゃんと見分けてくれてたのに、ひどいやんか隼人君……」

 元左腕担当が眼を潤ませ、小刻みに震えだす。痛みのせいで見分け方が雑だったようだ。

 唐沢真紀からさわ まき美紀みきは一卵性双生児だ。だから顔立ちが似ている、なんてレベルじゃない。やや童顔寄りのかわいい顔はもちろん、身長も、髪の色も、声も、体つきまで、そっくり同じ。

 さらにたちの悪いことに、髪型やメイク、服装まで同じにして大学にやってくる。

 もっとも、この双子は『髪型もメイクも服装も、ぐーぜん同じになってまうねん』と主張するからたちが悪い。ちなみに、以前この双子と一緒に温泉旅行に行ったゼミの女の子によると、

『下着も同じのだったし、胸もお尻も同じ形だった』

 というのだが、もちろん詳細は不明。確かめる気もさらさらないのだが。

「これは隼人君、次の発表当番は、うちらの代わりにやってもらわなあかんな。見分けられへんかったペナルティで」

「いつそんなペナルティが決まったんだよ」

 なんて言い合いながら、同じ学部棟目指して上っていく隼人たちは同じゼミの仲間だ。

 3年目に突入した付き合いの中で、彼らゼミ仲間はなんとなく、このたちの悪い双子を見分けることができるようになった。話し方や癖が微妙に、本当に微妙に違うのである。

 そんな彼女らだが、それ以外ではまっとうな子達だし、話していて楽しい。山の斜面に作られたこの大学の坂を一番頂上まで上らなければならない隼人たちは、そのつらさを忘れるため、こんなたわいもない掛け合いをしながらいつも上っている。軽い向かい風が吹く今日もそうだった。



「もう行ったわよ、優菜」

 島崎理佐しまざき りさは、同じベンチで隣に腰掛け、雑誌で顔を隠した田所優菜たどころ ゆうなに声をかけた。前を通り過ぎていった男女の学生たちの後ろ姿をみつめ、形のよいあごに指を当てて首をかしげる。

「たまに学食で見かけるわね。特にあの双子」

「へえ、女のほうは双子だったんだ。どおりで声が似てると思った」

 やっと雑誌を脚の上に下した優菜に、理佐が髪を梳きながら笑う。

「おしゃべりしながら歩いていったから、こっちなんか振り向きもしなかったわよ。顔隠す必要なかったんじゃない? そもそもあなた、髪の色も瞳の色も、昨夜とは違うんだし」

 だが優菜は、風でやや乱れた栗色のさらさらな髪を抑えながら反論してきた。

「結構近い距離で顔見られてるからさ、念のためだよ」

「まあねぇ、正体がばれるのはできるだけ防がないとね。それにしても――」

 理佐の表情は、苦笑とやるせなさが混じった困り顔だ。

「まさか抜け道を通って入ってくるなんてねぇ。やっぱり、市街地は厳しいな。立ち入り規制するスタッフの人数を増やさないと」

 それ以前にあたしらも増やさないとな、と優菜が真顔で言うと、理佐はさらに苦笑して答える。

「まったくだわ。昨日も優菜が傷だらけになっちゃったし」

「とは言ってもなぁ、求人雑誌で募集もできないし」

「……おはよう」

 共に腕組みをして話し合っている二人のベンチに声をかけてきたのは、

「よう、るい。おはよう。昨日はありがとな」

「おはよう、るい。残念だったわね、お楽しみのところ」

 仲間の光明寺こうみょうじるいだった。つるんとしたおでこを指で押さえながらベンチに座り込む。頭が痛いようだ。

「また二日酔いかよ。いい加減上手な飲み方憶えろよ」

「懲りないわね、あなたも」

 優菜と理佐は口々にるいの悪癖を諌めたが、頭痛が酷そうな彼女はそれには直接答えず、夕方までに直さないとと頭を抱えた。

「ジム? バイト? 男?」と優菜が尋ねると、るいは頭を重そうに振る。

「飲み会」

 親友2人が呆れて言葉もない中、るいはカバンからトマトジュースを取り出すと、朝食代わりに飲み始めた。



 21時過ぎ。塾での今日の授業を終え、一息ついた隼人は気配に気づき後ろを振り返った。講師控室出入り口の陰に隠れているつもりだろうが、赤っぽい髪のツインテールが片方見えている。

「坂本さん? どうしたの?」

 隼人の呼びかけに、ツインテールの主である坂本沙良さかもと さらと、もう一人の生徒が『ばれたか』という顔をしながら近寄ってきた。胸に参考書を抱えて。

「隼人せんせー。ここ、教えてほしいんですけど」

 ツインテールが参考書を開いて数学の問題を指し示し、もう一人の生徒とともに隼人の時間外講義を待つ。

 解法のコツを手早く教えると、2人はうれしそうにうんうんと頷き、ほかの問題も教えてほしいとねだってきた。そんなこんなで隼人が2人の欲求を満たし続けて、気づいたときにはもう21時30分過ぎ。まだ何か聞きたそうな2人だったが、これ以上遅く帰宅させるわけにはいかないので、促して帰らせることにする。

 素直に礼を述べ、出口に向かった2人だったが、しばらくして沙良だけ戻ってきた。

「隼人せんせー、あんまり無茶しちゃだめですよ」

「うん? 何が?」

「その手です。素手で殴るなんて……」

 そうだね、と返したところで、隼人は訝しがる。

「坂本さんに喧嘩の話なんてしたっけ?」

 そう聞くと、なぜか沙良はあわてた様子でぶんぶんと手を振った。

「やだなぁ、せんせーが喧嘩したこと、塾中で噂になってますよ? 私はその噂を聞いただけですよ」

「そっか。ごめんな心配かけて。気をつけるよ」

 隼人の言葉に沙良は微笑んで、今度こそさようならと言い、帰っていった。

 自分も帰り支度をしながら、だがどうも引っかかる。

(ゼミ仲間以外に喧嘩したって話、したっけ? まあいいか、それより腹減ったな)

 帰り道のコンビニで弁当を物色するころには、彼の心の中で引っかかりは消えていた。


2.


 アパートの駐輪場の所定の場所に原付を止め、隼人はヘルメットを脱いだ。

 ふう、と一息つく。冷蔵庫にビールがあったかどうか思い出しながら、前かごのコンビニ弁当を取り出そうとしたとき、彼は自分の近くに、"スタッ"という、なにかの着地音を聞いた。夜10時過ぎの無人の駐輪場にその音はひどく響き、彼はビクッとしてその場に固まる。

 ・・・ハァ・・・ハァ・・・

 今度は女の喘ぐ声が聞こえてきた。それも艶やかなものではなく、苦痛にみちたそれが。

 数秒逡巡してから決心して後ろを振り返ると、そこにいたのは昨晩の『魔法少女』――

 いや、違う。全体的ないでたちこそ似ているが、髪の色は雪のように白く、上着には紫っぽい色の模様が入り、長手袋には篭手のようなものが付いている。

 彼女はすぐそばの自転車に手をつき、荒い喘ぎを繰り返していた。

「……おい、大丈夫か?」

 それが、しばらく絶句してのち、やっと隼人が絞り出した言葉だった。

 言葉は彼女の耳に届いたらしく、頭を上げて隼人のほうを見た。だがそれが最後の力だったのか、はたまた声をかけられた安心感から脱力したのか、彼女はその場に前のめりに倒れこんでしまった。

 それと同時に彼女の体を淡い光が包み、それが消えたときには、彼女の姿はシンプルなオフホワイトのカットソーとブルーのジーパンを身に着けたものに変わった。

「! おい!」

 急いで駆け寄り、彼女を抱き上げた。軽くゆするが反応はない。見ればカットソーには無数の傷が走り、血がにじんでいた。顔色は、駐輪場のほの暗い蛍光灯の下で見ても、明らかに青い。

(手当てをしないと……いや、俺がやってたんじゃ間に合わない、救急車呼ばなきゃ)

 携帯を取り出そうとポケットに手をやるが、彼女を抱き抱えたままでうまくいかない。あせっていると、車の急停車する音が聞こえた。車の扉の開閉音がして、アパートの門から入ってきたのは――

(? 昨日の通行止めの所にいた人?)

 皆揃いの作業着に身を包み、サングラスをしている。その中に、隼人は昨日の人らしき男を見出した。

 その男はこちらを視認し、後の二人になにやら指示を出す。その二人がすばやく彼女の元に駆け寄り、もってきた簡単な担架を展開。彼女を隼人の腕から持ち上げると担架に乗せた。

 この間、すべて無言。

「ちょっと、なに勝手に連れて行こうとしてるんですか!」

 いまさらながらの隼人の抗議を男は無視し、敬礼する。

「撮影にご協力、ありがとうございました!」

 そそくさと走る作業着の一同。急発進にタイヤを軋ませて、遠ざかっていく車。

「なんなんだよ、いったい……」

 隼人は空腹すら忘れ、立ち尽くしていた。


3.


 昨晩は、なかなか寝付けなかった。

 あれが撮影? バカ言うな。あれはどう見ても本物の怪我だった。抱きかかえたときに手に付いた赤黒いものは、鉄さびのにおいのする本物の血。女の子は、間違いなく傷の痛みと失血で気を失っていた。

 寝付けない理由はほかにもあった。一昨日は、化け物と戦い、昨晩は、別の女の子との接触。白い彼女の変身解除も見ている。

 リアルで、変身した女の子たちが、化け物と戦っている。

 その事実に興奮しないはずもなかった。

 別の興奮の理由もある。

 一昨日の子もなかなかの美形だったが、昨日の子は別格の美しさだった。「きれい」ではなく「綺麗」と漢字で表現したいくらいの。

 そして、あの顔には見覚えがある。時々学食で見かける、あの子だ。

 ふと気が付くと、アパートの駐輪場に隼人は立っていた。大学へは徒歩通学しているため、どう考えても今の思索の結果、無意識にここに足が向いたとしか思えない。

「なんだかな、俺も」

 苦笑しながら、現場を見渡した。すると、彼の原付の下で何かが光っている。しゃがんで拾い上げると、なんとそれは、細長い8面体をしたガラスのような白い石ではないか。台座に取り付けられており、細いチェーンと小さな羽飾りが付いている。

「これって――」

 隼人の記憶は昨日ではなく、一昨日に飛んだ。赤髪の女の子の額についていた、同じ形のそれを。



 昨日の子が昼に学食にいたら、これを返してあげればいいよな。隼人はそんなことを考えながら、学部棟の教室へと入り、すでに来ていた友人と挨拶を交わした。

「よう、隼人。あいかわらず辛気臭い顔だな」

「おまえは毎日お気楽顔だな、松木」

 まあな、と松木がにっと笑う。ゼミ仲間でもネジが1本抜けてるお調子者で通っている彼だが、自覚はあるため意外と憎めない。クラスの仲間に発表データを不注意で消されてしまっても『まあいいじゃん』で済ませてしまう、良くいえばおおらかなボンボンだ。

「その怪我、美女を守って受けた名誉の負傷って本当か?」

「! なん……だと……?」

 意表を突かれて思わず口ごもる隼人。すると松木はまたにっと笑い、

「そうか、お前の審美眼では美紀ちゃんは美女なのか」

「……あの双子め」

 隼人は松木に訂正を入れようとしたが、残念、教官が来てしまい、しそびれてしまった。

 その後訂正のチャンスを逃したまま2コマ目の講義も終わり、隼人と松木、2コマ目から合流したミキマキ(真紀が姉なのだが、語呂がなんとなくいいのでゼミではそう呼ばれている)は坂を下って、生協の第一食堂、通称『イッショク』にたどり着いていた。

 先の誤解を、真紀の妨害を受けながら訂正し、昼食にありつく。

「今日も隼人君は工事現場なの? 昼から」

 と真紀がサンドイッチを齧りながら尋ねてきた。

「ううん、今日は急に工事が休みになっちゃったから――」

 隼人の答えを受けて真紀が、話の先を聞かずに誘ってくる。

「ほなほな、うちらの買物に付き合ってくれへん? な、美紀?」

「ごめん、だから、単発バイト入れちゃったんだ」

「えー! 期待させといていけずやわぁ」と真紀。

 言葉に詰まる隼人を松木がフォローしてくれた。

「話を最後まで聞かないからだろ。で、なんで美紀ちゃんは震えてるの?」

 松木が何気なく尋ねると、別にとだけ答えてうつむいてしまう。

 疑問は形だけのものだったのか松木はあっさり引いて、今度は隼人にどんなバイトなのかと聞いてきた。近くの山の中で交通量調査を徹夜でやると答えると、松木だけでなく真紀と美紀にとっても想像の外だった様子。

「「まさか、1人でやるの?」」

「んなわけないよ、3人セットで交代さ。これが結構いい金になるんだ。即金だしな」

「大変だなぁ苦学生は」

 こういうセリフをさらっと言ってしまうところが松木がボンボンである証拠だと隼人は思う。

「体に気をつけてね」

 いつの間にか立ち直った美紀が、熱のこもったまなざしで隼人を気遣ってくれた。

「大丈夫だよ。夜もだいぶ暖かくなったし」

「ほんまに気ぃつけなあかんで、大事な身なんやから」

「大丈夫大丈夫」



 そんな会話をしていた隼人たちの2ブロックほど離れたテーブルに座り、携帯でメールを見ていた優菜は、るいに声をかけた。

「理佐がもうすぐ退院するって」

 理佐が変身していたエンデュミオール・ブランシュは昨夜の戦闘でけっこうな傷を負ってしまっていた。

 スタッフは車でブランシュを搬送しようとしたが、治癒スキルを持つエンデュミオール・アクア――るいがその変身者である――が比較的近くにいることが分かった理佐が、自分で行くと主張して駆け出したのだ。しかし結局、傷の痛みと失血で隼人のアパートの駐輪場にて失神してしまった、というのが昨夜のあのドタバタだった。

 ほっと息をついて、るいは野菜ジュースのパックに手を伸ばす。

「よかった。輸血もしたんだよね?」

「みたいだな。それで半日寝て退院とは、タフだね相変わらず」

 優菜もほっとした表情で、唐揚げ定食に箸を伸ばした。

「ごめんね。今日からは、しばらく飲み会はないから」

 るいがウィンクしてのたまうが、優菜はいつものこととてさらっと流す。

「そう願いたいね。ていうか、お前のスケジュールは飲み会中心で回ってんのか?」

「うん。あと、ジムかな」

 そこは学業かボランティアって言えよ、と優菜はるいにデコピンした。



 昼食を食べながら、隼人は時々それとなく周りを見ていたが、目当ての子はいなかった。

 もうバイトに行かねばならないため、元の場所に戻しておく時間はない。困っていると、美紀がそれに気づいた。

「隼人君、どしたの? さっきから周り見てるけど」

「ああいや、今日は混んでるな、と」

 ふぅん、と、なおもいぶかしげな美紀の視線が痛くて、努めて平静を装って立ち上がった。

「じゃ、バイト行ってくる」

「ああ、また明日な」と松木。

「2コマ目はゼミやから、遅れたらあかんで。なんやったら美紀に、モーニングコールさせよか? 直に」

「いや、大丈夫だから」

 さらりと受け流して、隼人はバイトの集合先に向かった。


4.


 その日の夕刻、ボランティア団体『あおぞら』西東京支部のビルに、優菜、理佐、るいの姿があった。3人でそろって支部長室に入り、部屋の主を待っている。

「なあ理佐、支部長さんの話って、何だと思う?」

 優菜が隣に座った理佐に聞いてきた。

「さあ? 昨日の反省会じゃないの? わたしが病院行きだったから、してないよね?」

 るいが横から口を挟む。

「反省会なんて、ここ2週間はしてないじゃん」

「とすると、何だと思うの? るい」

 検討もつかないなぁ、と考え込むるいに向かって、優菜はニヤニヤしながら死の呪文を投げつけた。

「飲み会禁止令、だな」

「やめて! るいのライフがゼロになっちゃう!」

「その前にわたしたちのライフがゼロになりかねないんだけどね……」

 と理佐が嘆息したところで、支部長が、スタッフを1人連れて部屋に入ってきた。

「ごめんね、遅くなっちゃって」

「いいえ、……あれ? 横田さん? どうしたんですか?」

 サポートスタッフのリーダーである男性職員の横田が一緒に入室してきたことに、優菜がいぶかしげな声を上げる。横田は一緒に話を聞くよう支部長に頼まれたと優菜に説明して、支部長席の脇にあるパイプ椅子を出して座った。

「さて、優菜ちゃん。一昨日の戦闘に飛び入り参加した男の子の特徴を挙げてみてくれないかしら」

 優菜は驚いて支部長の発言の真意を問うたが、支部長に眼で促されて、ややしどろもどろになりながら記憶を手繰り始めた。

「ええと、身長は、あたしより20センチくらい高かったから、180センチくらいかな。がっしりした体格で、髪の色は黒で短髪、顔は――普通」

「何よ普通って。まあまあのレベルだったじゃない」と理佐が横槍を入れてくる。

「うるさいな、見たのかよ。――あ、そっか、理佐は次の日の朝見たんだよな」

 続けて、と支部長。

「服装はTシャツにカーゴパンツ、茶色っぽいやつ。靴は普通のスニーカーだったような。そんな感じですが」

「なるほど。横田君、どう?」

 支部長の問いかけに、似てますねと横田が相づちを打った。それを見て、誰に似ているのかというるいの問いを、横田が引き取る。

「うん。僕が昨晩会った人にそっくりなんだよ」

「昨晩?」

「そう。その人はね、理佐ちゃんを抱きかかえてたんだ」

「……えええええええ?!」

 3人の女の子たちの驚いた声が支部長室の壁を打つ。それを見た支部長は手の甲ににあごを乗せながら、ニヤリと笑った。

「でね、その人、スタッフに誘おうと思うのよ。これはきっと運命の出会いなのよ」

「支部長さんはいつからそんな乙女になったんですか! だいたい、あんな無鉄砲なやつ――」

 優菜は顔を真っ赤にして止めようとするが、支部長は動じない。

「優菜ちゃんの報告を聞いた限りでは、そう無鉄砲には思えなかったけど? 最初のパンチはともかくね。それに、理佐ちゃんのことも見捨てずに助けようとしていたみたいだし。勇敢で義侠心のある人は大歓迎だわ」

 支部長の指摘に、優菜は黙り込む。それを了解と受け取って、支部長はさらに踏み込んできた。

「ま、乙女みたいなセリフは冗談として。優菜ちゃん? 理佐ちゃん?」

「はい?」

「その子、誘ってきて」

 支部長の無茶振りに、優菜と理佐は猛然と抗議を始めた。

「無茶言わないでくださいよ!」

「そうですよ! そもそも、あっちはわたしたちのこと何も知らないんですよ?」

 そんなことないわ、と支部長は、理佐が忘れていることを思い出させることにしたようだ。

「理佐ちゃん、いいえブランシュ。あなた、昨日の晩に、変身解除後の顔を見られてるのよ?」

 理佐の顔が青ざめる。

「ね? ばれてしまっている以上、もう身内に取り込むしかないのよ」

「ううう……」

 理佐がうなったそのとき、支部長の机上にあるモニタからサイレンが鳴った。と同時に、優菜たちの携帯にもメールが来る。

「D-12に敵出現よ。……警察の許可も下りたわね。出動!」

「了解!」

 支部で出動がかかった場合、優菜達は控え室に入り、変身後、屋根伝いに現場へ向かうことにしている。帰宅ラッシュのこの時間帯、車で向かうより、そのほうが圧倒的に早いのだ。

 優菜はジーパンのポケットから白水晶を取り出すと額に当てた。

「変身」

 コールに応えて白水晶が発光すると同時に大量の炎が優菜の額を発火点として発生し、炎は優菜の全身を包み燃えさかる。その炎を手刀で斜めに切り裂いて、エンデュミオール・ルージュは変身を完了した。

「理佐、何してんの?」とすでに変身を終えたアクアが理佐に声をかける。その理佐は、青ざめた顔でカバンの中を探っていた。

「どした? 早くしろよ」

 ルージュも理佐の異変に気付き声をかけると、理佐はうめいた。

「ない……」

「?」

「白水晶が無い!!」

 理佐が上げた声は、悲鳴に近かった。

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