第4章 Girls meets Girls

1.


 某所にて――

「フレイムよ、未だ仕込みとやらは終わらぬのか」

 フレイムに問いかけているのは、見たところ50代初めくらいの男性だ。シックなスーツに身を包んでいるが、身に着けている宝飾品の数々と、なにより右手中指にはめた紋章入りの古めかしい指輪が、彼の身分を物語っている。

「は。なにぶん時間がかかりますゆえ」

「随分待った気がするがな」

 そう反論するのは、女性の右に座る20代後半と見受けられる女だ。額に輝く黒水晶とその黒主体のいでたちから、バルディオールの一員と分かる。その女は続ける。

「我らが伯爵様の本復まで、あと少し。それまでに、日本のあの地を平らげ、邪魔な奴ばらを排除する。それがお前の任務だ」

「承知しているよガントレット」

 フレイムが、いささか気分を害した様子で答える。

「本当か? なにやらチャラチャラと遊んでいるようにしか見えないが」

 ガントレットの指摘に、フレイムは激怒した。

「なんだと? 貴様こそ、伯爵様の身辺をお守りすると称して、良からぬ企みをしているともっぱらの噂ではないか!」

「やめよ」

 男性の声に、フレイムとガントレットは身をすくませ、かしこまった。男性は身を沈めたソファからその身を起こそうともせず、フレイムに命じる。

「行け。ただし、もう、そうは待てぬ。もし手間取るならば、手伝いを寄越してやっても良いぞ」

「ありがたき幸せ。なれど、私1人で十分でございますれば」

 フレイムは男性に正対し、深々と一礼しながら、増援の申し出を丁重に断った。

 男性の前を辞し、部屋から出て行くフレイムの背中に、ガントレットが憎悪の言葉を投げかける。

「ふん、黄色い猿風情が粋がりおって」

 一瞬、ぴくりと背中を震わせたフレイムであったが、そのまま部屋を出て行った。

 ホテルへの道すがら、心の中で毒づく。

 力押ししか知らぬ猪め。私はそんなやり方は好まぬ。見ておれよ――


2.


 4月下旬、市内南部の倉庫街。ようやくオーガを一掃し、アクアはため息を一つついた。

「はぁ、やっと片付いたね」

「ああ、最近また件数が増えて、きつくなってきたな」

 ルージュの返答に、ブランシュも乗る。

「しかも、1件に出てくるオーガの数、増えてきてない?」

 治癒スキルを自分や仲間にかけながら、アクアも同意する。

「だよね、昨日なんか6体だもんね」

「3人揃ってたからなんとかなったけど、正直きついな」

 ルージュはうんざり顔だ。

 そんなやり取りを聞きながら、隼人は撤収の準備を進めていた。週1で、という当初の予定はあっさり崩れ、体力に余裕があると、支部に顔を出すようになっていた。理由は至極簡単、『ほっとけない』から。

 相変わらずフロントスタッフは増えず、理佐たちは傷を作って帰ってくる。るいも以前に比べて出てくる頻度は増えたが、連戦ともなると3人ではやはり厳しい。エンデュミオールの治癒スキルは怪我を治すもので、蓄積した疲労まで消してくれるものではないのだ。

「会長、いまどこにいるんだろ? なんでエンデュミオールを増やさないんだろ?」

 長谷川がつぶやき、周りがまた奇妙な雰囲気に包まれる。この年中行事にも、隼人は慣れた。どうにもならない、ないものねだりだったから。

 長谷川明美は、フロントスタッフへの転属を志望している。つまり、エンデュミオールとして闘いたいというのだ。そのための鍛錬もしているという。

 だが、白水晶の供給を一手に握る会長から連絡が来たことがない。なぜか。隼人は支部長に聞いたことがあった。

「才能がないからよ」

 それが、支部長の答えだった。

「才能がないって、どうして分かるんですか?」

 隼人の当然の問いに支部長が事務的口調でしてくれた答えはこうだ。

 会長は、誰にエンデュミオールの才能があるかが分かる。そしてその子がこのボランティアに関わりや興味を持ったとき、その子の前に現れて、白水晶を渡す。

 もちろん、そうじゃないパターンもあるわ。支部長はさらに説明をしてくれた。

「ほかのエンデュミオールから直接譲り受ける場合なんだけど、その場合は絶対にと言っていいほど、譲り受けた子は才能があるの。無意識で分かるのかもしれないわね。私の場合もそうだったわ」

 支部長は、30歳までエンデュミオールをしていた。引退して正規職員となり、5年後に支部長となったのだと聞いていた。その彼女から見ても、長谷川には才能がないという。

「いま私が変身しても、彼女の上をいけるわ」

 そういうものなのか、という感想しか湧かない。でも、この非常時に、一人でも多くフロントの人間がほしいと思うのだが。

「これが、失敗したらリセットできるならね」

 支部長は困った顔で言う。ゲームじゃないの。年頃の女の子に、身体を張らせているのよ、とも。

 確かにそれは思う。支部で留守番していて彼女らが帰ってきたとき、現場で彼女らの戦いを見ているしかないとき。隼人は思う。

 彼女たちはなぜ闘うのか。



「え? ボランティアを始めたきっかけ?」

 突然切り出した隼人に、3人は目を見合わせた。

 ゴールデン・ウィークも終わり、季節は春から夏へと移り変わろうとしている。大学の構内を行き交う学生の服装も、だんだん夏仕様に変わりつつある、そんな火曜日の昼。隼人たちはあの時以来久しぶりに学食でテーブルを囲んでいた。

 かの束縛大好きリサカレ@優菜が旅行に行っているため実現したこの昼食会を好機と捉えて、隼人は3人に聞いてみることにしたのだ。3人は、三者三様の答えを返してきた。

「あたしは高2のとき、偶然目撃したんだよ。で、いろいろあってフロントになったんだ」

「るいは、大学の1年次に、優菜がボランティアのためにお着替えしているのを見ちゃって。んで、面白そうだし、あたしのやってるキックがそういうのに使えるかな、って」

「わたしは中2のときね。隣のお姉さんがフロントだったのよ。その人が着替えて家から飛び出していくのを偶然見て、というか見てるところを見つかっちゃって、それが縁でボランティアすることになったの」

 3人の説明を聞いた隼人は唖然としていた。

「どした? もしかして、感動してるのか?」

 優菜が怪訝そうな顔で見てくる。

「絶句してるんだよ」

 隼人の顔に困惑の色が強くなった。

「そんな、て言っちゃなんだけど、そんなきっかけで始めて、いままで続いてるのか?」

「なんだ悪いか?」

 優菜の機嫌を損ねたようで、にらまれてしまった。

「いや悪くないけど、もっとこう、例えば『月の光に導かれ』とか『父よ母よ妹よ』とか……」

「例えの意味は分からないけど、要するに、もっと重い理由でこの業界に身を投じてると思ってた、ってことでしょ?」

 るいのフォローに頷く。彼女はさらに、フロントスタッフをやっている人の中にはそういう復讐目的の人もいるらしいこと、よってあまりフロントの人に理由は聞かないほうがいいと補足してくれた。

「それに、使命感ならばっちりあるぜ。この日本を守る、ていうな」

「そうね。それで十分だとわたしは思ってるわ」

 理佐も優菜の意見に賛成する。

 ほぼ毎日傷だらけだけどね。るいが笑って隼人にウィンクしてくるが、彼には意味が分からない。

「時々隼人君が傷の手当てしてくれるから毎日頑張ってる、ってことよ。約2名がね」

「! ば、ばか言うな!」

「そうよ! 勘違いしないでよね!」

「うわぁ、見事なツン発言だね。で、場面が変わって2人きりになるとデレるんだ」

 るいは楽しそうに2人をからかい始めた。

「してないしてない! ところで隼人君?」

 理佐が強引に話題を変えてきた。

「わたしの後ろから、物凄い思念を感じるんだけど」

「え? 思念?」

 理佐の対面に座っていた隼人は、彼女の肩越しにひょいと向こうをのぞき、すぐ首をひっこめた。

「優菜ちゃん、そのサンドイッチ、俺のおにぎりと交換してくれよ」

「だめだ! このハチミツバターサンドは死んでも渡さん。ていうか、話をそらすな!」

 優菜はその方向をちらと眼で指して隼人に逃げを許さない。

「お前のオプションだろうが、あの双子。なんとかしろよ」

「たまにるいとすれ違うとき、あの子達のどっちかが、すごく切なげな表情で見てくるんだけど」

「あの子たち、あなたのなんなの?」

 と理佐も隼人を問い詰める風情。

「なんなのって、ゼミの仲間ですが」

 そう隼人が答えると、眼の前には呆然と彼を見やる女の子3人がいた。

「どうした? もう満腹なら、それ俺に――」

「絶句してるんだよ!」と優菜。

「呆れてるのよ」と理佐。目頭を押さえている。

「るい、そういう鈍感はよくないと思います、はい」

 るいも呆れ顔だ。

「なんなんだよ、いったい」

 ここで隼人は携帯を見て、立ち上がった。

「んじゃ、また」

 また、火曜日恒例のヤボ用か? そう聞く優菜に隼人は頷く。そもそもヤボ用とは何かと理佐が食い下がってきたが、隼人は答えを変える気はない。

 ごめんな。有無を言わさない表情で隼人が返すと、3人はそれ以上の追及をあきらめ黙ってしまった。


3.


「行っちゃったわね」理佐は憮然としている。

「水臭いよな、いつもいつも」優菜は少し怒っているようだ。

「うん、るいたちに、まだまだ隠し事をたくさんしてるにほひがする」

 なぜか眼をキラキラさせたるいを真ん中に挟んで学食の出口へと向かっていた理佐たちは、背後からかけられた声に、最初は気づかなかった。

「あの、あのっ」

 ようやく気づいて振り返ると、そこには双子の片割れがいた。その表情は真剣で、眼は既に潤んでいる。

「あのっ、は、隼人君が行ってるボランティアの方たち、ですよね?」

 3人が頷くと、もう一人の双子がそばに来て、さらに質問を重ねてきた。

「隼人君が毎週火曜日の午後どこに行ってるか、知りませんか?」

 思わず顔を見合わせた3人だったが、やがて優菜が代表して答えた。

「あたしらも知らないんだ。さっきも聞いたんだけど、ヤボ用だ、の一点張りでサ」

 その言葉に、左の双子がうなだれる。それを気遣う右の双子。いたたまれなくなった優菜が声をかけた。

「えーと、隼人と同じゼミの人なんだよね?」

 その言葉に、左の双子が反応する。

「はい、あの、うち、唐沢っていいます」

 続いて、右の双子も自己紹介する。

「あ、で、うちは、唐沢っていいます」

「いや一緒やん」

 すかさずつっこんだ左の双子に、右の双子が応じる。

「なんでやねん。全然違うがな」

「いやいや、うちら双子やし。よそ様からは同じに見えてんねんで」

「まったく、みんな目ぇ、節穴やな。こんな大人の香りむんむんやのに、うち」

「どこがやねんな、その幼児体型で大人て。うち、よう言わんわ」

 右の双子の目がキラリと光る。

「あんた、うちをけなすちゅうことはやね、自分で自分を幼児体型呼ばわりしてんのよ?」

 衝撃を受けたらしい左の双子を見て、右のは畳み掛ける。

「ほれ見い、やっぱうちは大人やな」

「なんでそないな結論になんのよ」

「しつこいな自分。ほな、よそ様に聞いてみよか」

 双子は眼前の3人に問う。

「「どー思います? この人?」」

「……なんで漫才が始まってるの?」

 理佐は必死に笑いをこらえている。るいはすでに陥落。優菜は笑いながらも、話を進めようとした。

「えーと、とりあえず、詳しく話を聞こうか。あのさ、名前、教えてくれない?」

「「だから唐沢です言うてるやん」」

「下の名前だ! もういい! 左から双子A、Bな!」

「「モブ扱いはいやや~!」」と異議を申し立てて腕をパタパタさせる双子。

「あははは、抗議までユニゾンしてる」

 理佐はついにこらえきれず笑い出した。



 5人は生協の建物の上にあるカフェテラスの一角に陣取って、自己紹介のあと、情報を交換しあった。

「なるほど、そのヤボ用が始まったのが、5ヶ月くらい前から、か」

 腕組みをしてまとめ始めた優菜に、隼人がバイトをいっぱい入れ始めたのも5ヶ月くらい前であることを美紀が補足してくれた。そこへるいの爆弾発言炸裂。

「確か、隼人君が彼女と別れたのも、5ヶ月前だしね」

 一同驚き詳細を問いただしたところ、食堂のおばちゃんが隼人に『彼女いないの?』って聞いたら、『5ヶ月くらい前に別れてから、いませんよ』と隼人は答えたらしい。

「へぇ、そうなんだ。ゼミのほうでは、その関係の話は何か聞いてる?」

「うん。男子からの又聞きやけど、12月くらいに別れた、って聞いた」

 真紀の答えを聞いた優菜があっさりとまとめに入った。

「ふーん。じゃあ。答えは出たな。女ができた、ってことだろ」

「……えーと、美紀ちゃん、違うの?」

 理佐が美紀の表情に気づいて声をかける。

「うん。それは違うと思うの。なんでかっていうと、うちらのゼミの男子が、独りもんだけで飲み会しよるのよ」

「うわ、寒」

 優菜はいかにも寒そうに自分を抱きしめて吐き捨てる。

「あはは……でね、その飲み会に、毎回、隼人君が出席してるようなんよ」

 美紀の証言に5人は黙考していたが、今回はるいが速かった。

「じゃあ――風俗、だね」

「イヤ~!!」

 真紀と美紀に加えて理佐が悲鳴を上げる。優菜は真っ赤になってしまった。

「イヤったって、ねぇ」

「あたしに振るなよ……まあ、自分の彼氏なら嫌だけど……」

 るいと優菜の会話に、猛然と理佐が食って掛かる。

「嫌に決まってるじゃない! 風俗通いしてる男なんて!」

「……理佐、なんでお前そんなに必死なの?」

 優菜からの当然のツッコミにしどろもどろになる理佐。

「だ、だって、嫌じゃない。じ、自分の知り合いの男子が、そんなところに通ってるなんて」

 そんな理佐を、真紀がじっと見つめている。

「なによ?」

「理佐ちゃん、カレシいるよね?」

「それがどうしたのよ? 一般論の話をしてるのよ、わたし」

「ふーん。うちには――」

「2人とも、ちょっと本題から離れすぎ」

 美紀が姉と理佐をにらんで2人を黙らせてから、るいに反論してきた。

「るいちゃんは断言したけど、証拠は何もないやん? うかつなこと言わんといてほしいわ」

 ごめん、と素直に謝ったが、そのまま引き下がるるいではない。

「でも、バイトいっぱいして、お金、なにに使ってるの? そこらへんは聞いてない?」

 美紀はそう質問されると、困った顔をして黙ってしまった。代わりに真紀が答える。

「授業料と、家賃とかの生活費を自分で稼いでる、って聞いてるで。それであかんの?」

「それはあたしらも聞いてる。でもそれって、去年の12月から始まったことじゃないんだろ?」

「そう、そこやねん。お金、なにに使ってるかを教えてもらってへんのよ、うちら」

 美紀がまたしょんぼりしてきた。

 しばしの時が沈黙のまま流れたこの場に、またも爆弾を投げ込んだのは、るいだった。

「よし、尾行しよう」

「もしもし? るいさん?」と慌てる優菜。

「分からないなら、調べればいいじゃない」

 るいは、にっと笑って続ける。

「るいは、隼人君が風俗にお金を注ぎ込んでると思ってる。理佐と美紀ちゃんは、それを覆したい」

 わたしを混ぜないで、と理佐が即否定するが、るいは、ハイハイと手を振って取り合わない。

「今日はもう無理だから、来週みんなで尾行しよう。5人いれば、なんとかなるでしょ」

「5人とも隼人に面が割れてるから、注意しなきゃな」

 優菜は乗り気だ。理佐が目を吊り上げて抗議する。

「わたしを混ぜないで、って言ってるじゃない」

「じゃ、あたしら3人はちょっと早飯して、正門辺りで張ってるか。真紀ちゃんと美紀ちゃんは隼人と昼飯食って、隼人を少し後ろから尾行して」

「「了解」」

「んじゃ、また来週」

 理佐の抗議は暖簾に腕押し、優菜の一言で密議はお開きとなった。


4.


 夕方、支部に出勤した隼人は、倉庫に積み上げられた資材の山に声を失った。そのまま後からやってきた横田に質問する。

「なんか最近、資材が増えてません?」

 横田は苦笑しながら言った。

「火曜日に男性スタッフが来るってんで、表のボランティアさんが必要最低限のものしか運ばなくなっちゃったみたいだね」

「あはは、なるほど」

 隼人も苦笑し、じゃあキリキリやりますか、と資材を運び始めた。横田も黙って隼人に倣う。

「そんなのおかしいじゃん。申し入れするべきですよ」

 長谷川がぶーたれるのを横目に働いていると支部長が来て、

「横田君、ちょっといいかしら」

 とそのまま横田を連れていってしまった。

 しばらくすると、長谷川が頭を抑えてしゃがんでしまった。隼人が気遣いの声をかけると、長谷川は急に頭痛がするから、悪いけど休憩してくるね、と言って控え室へと消えた。

 支部長との帳簿のチェックを終えて横田が戻ってきたときには、もうかれこれ1時間は経っていた。横田があわてた表情で隼人に声をかけてくる。

「ごめんごめん、遅くなっちゃって。……あれ? 長谷川さんは?」

「長谷川さんは、途中で頭痛いって言って、控室に行きましたけど」

 控室には、長谷川の姿はなかった。横田がほかのスタッフに確認したところ、30分ほど前に、頭痛のため早退します、と言って帰ったらしい。

 横田が苦い顔をしている。温厚な彼には珍しい表情だ。実際のところ、長谷川は遅刻と早退の常習犯であり、サポートスタッフのリーダー・横田にとってはいつものことながら、悩みの種である。

「まあしょうがないじゃないですか、頭痛なんだし」

 隼人がお茶をすすりながらこの場にいない長谷川をフォローすると、横田は苦い顔から苦笑に変わった。

「隼人君は寛大だね。長谷川君もそうだといいんだけど、あの子は自分にだけ寛大だからなぁ」

 隼人も苦笑し、またお茶をすする。

 しばらく2人で世間話をしているうちに、隼人はふと思い出したことを横田に聞いてみることにした。

「横田さん、今さらなんですけど、このボランティアって警察とかにはどう見られてるんですか?」

 出動の際に警察から許可が出ていることは、この1カ月のボランティア活動の中で見聞きしていた。しかし、現場に警官が来るわけでもない。というか、これって普通に治安維持活動なんじゃ。

「そう、僕らは治安維持活動ボランティアなのさ」

 横田は、なぜか笑顔で説明する。

「あの妖魔は、警官が持っている拳銃でも倒せるんだ。まして、自衛隊なら楽勝さ。バルディオールの相手はちょっと無理かな。でも」

 この国で警官や自衛官が、たとえ隠密行動とはいえ発砲できると思うかい? ただでさえ銃アレルギー、軍事アレルギーのこの国で、もしばれたら。そして、もし誤射や流れ弾で一般人に被害が出たら。横田はそう続けた。

「でも、ぼくら一般人ですよ?」

「一般人じゃないよ。ボランティアさ」

 横田がにっこり笑う。いや、そこは笑うところじゃないような。

「一般人じゃないのさ。だって、女の子が変身して、悪の組織と闘っているんだよ?」

 つまり、自己責任で、いざ問題が起こった時には切り離し可能な、ファンタジー満載のトカゲのしっぽ。横田は、そう結んだ。つまり、横田の笑顔は『笑うしかない』ということなのか。

「実はね――」

 隼人が考え込んでいると、横田が切り出した。戦えるのは、僕たちだけじゃないんだと言う。

「え? それって、味方がいるってことですか?」

「ちょっと違うな。というか、僕も詳しく支部長から教えてもらっている訳じゃあないんだけど、どうもああいう妖魔と闘っている一族が、この日本にいるらしいんだ」

「……またファンタジー満載な情報ですね」

 隼人が眉に唾をするのを見て、横田が笑う。

「僕を疑われてもなぁ。僕は支部長に聞いたことをそのまま話しているだけだし」

「じゃあ、なんでその一族とやらと一緒に戦わないんですか?」

 戦力は多いに越したことはないわけだし。隼人の素朴な疑問に、横田はなぜか声をひそめる。

「会長が嫌がっているらしいんだ」

「会長が? なんで?」

「さあ? 僕も支部長に聞いたけど、教えてくれなかった」

 自分の組織が乗っ取られたり、その一族に利用されるのが嫌なんじゃないかな。それが、横田の推測だった。

「あ! いたいた! 1階階段脇の車いす、全部運んでくれって指示出てましたよね?」

 永田が2人を探しに来た。2人はそろってさぼりが見つかったように首をすくめ、次にお互いを見て笑い合うと、仁王立ちする彼女の元に向かうべく立ち上がった。


5.


 そして翌週の火曜日。優菜たち3人とミキマキはいま、大学のある浅間市から電車で30分ほどの、隣野市にいた。駅近くの喫茶店は午後3時過ぎということもあって客もまばら。そして、眼の前には、ターゲットの隼人。

 隼人を尾行してたどり着いた先、それは、隣野市民病院。彼はそこの病室の1つに入っていった。大部屋らしく、複数の入院患者の苗字が並ぶネームプレートに、みんなは『神谷』の名を見つけた。

 隼人と同じ苗字を発見したわけだが、まさか踏み込むわけにもいかず、通りがかりの看護師に尋ねても、個人情報保護を盾にあいまいな返答しかもらえなかった。いささか落ち込んで、駅へ向かうバスを待っていたところを隼人に見つかった、という次第だ。

 バスで戻った駅前の喫茶店で、隼人の説明が始まった。

 入院してるのは、隼人の妹だった。詳しくは隼人も説明できないなかなか厄介な病気らしい。そのうえ、もともとその妹――くるみという名前だそうだ――は体が強くなくて長引いてるようで、入院してかれこれ5ヶ月くらいになる。

 それで、父親は店やその金策で忙しいし、なごみは店の手伝いその他でやっぱり忙しいしで、毎週隼人が見舞いに行っているとのことだった。

 なごみって誰と理佐が尋ねると、隼人はにやりと笑って説明した。

「君ら、駅からつけてきたんだろ? 手にほうきを持った女の子を見なかったか?」

「ああ、隼人君がなでなでしてた、あの子か」

 なぜか渋い顔の理佐ではなく、るいが反応する。

 電車を降りた隼人が向かったのは、いかにもという感じの地区。そこのはずれにある風俗店の前で、隼人は1人のきれいな女の子と話しこんでいた。その子は親しげに、からかってきたらしい隼人の腕を小突いたり、そっと手を添えたり。

 隼人の表情もまた、いままで5人が見たことのない、柔らかい笑顔だった。隼人の手が女の子の頭をなでると、彼女はまさに陶然という表情でされるがまま。瞳が潤んでいるようにすら見えた。そうして5分ほども話していただろうか、最後に女の子は隼人に小ぶりな花束を渡すと、店の中に入っていった。……

「あの花束は、お見舞いのだったんだね」

「そう。上の妹。あいつから通報があったんだぜ。『お兄ちゃんのあとをつけていく女の子が5人います。』ってな」

 隼人はまたにやりとすると、真顔に戻って説明を続けた。

「で、親父には金がない。なごみが大学受験を控えてるから、なおさらな。そういうわけで、俺がバイトしてくるみの治療費を払ってるんだよ」

 美紀が驚いて、全額払ってるのかと隼人に尋ねると、隼人は首を横に振った。

「いや、大部分、だな。親父も負担してる。今のところなんとかうまくいってる……ああ、でも3月はきつかったか」

「どうしたん?」今度は真紀が尋ねる。

「くるみの手術があってさ。手術代をひねり出すために、深夜のバイトも毎日入れて、足りない分は飯抜いたり、大家さんに家賃を待ってもらってやっと払えたんだ」

「そんなことしたら、体壊しちゃうじゃないの! なんで相談しないのよ!」

 理佐が声を上げると隼人が一瞬きょとんとしたが、苦笑しながら彼女に答えた。

「落ち着けよ、3月だぜ? まだ君らと知り合ってないよ」

 腑に落ちて赤面する理佐を尻目に、今度はミキマキが声を上げる。

「じゃあ、なんでウチらに相談してくれへんの?」

「せやで、水臭いわぁ」

 ごめんな、と隼人は謝りながらも、きっぱりと言う。

「自分ちのことで、みんなに迷惑かけたくないんだ。正直言うと、説明が面倒くさいってのも、ある」

 隼人の無情な言い草に涙目になる美紀を見かねて、隼人に食って掛かったのは、優菜だった。

「そんな言い方ないだろ。そりゃ確かに面倒かもしれないけどさ、逆に話がなさ過ぎたからみんなが心配して、今日の行動に到ってるんだぜ? お前がなにか悪い奴らにたかられてんじゃないかって――」

「同伴出勤がどうとか言ってなかったかお前? バス停で」

 言葉に詰まった優菜を見て笑うと、隼人はテーブルにコーヒー代を置きながら立ち上がった。

「ま、そういうわけで、くるみが退院するまではバイト三昧だから。ごめんな」

 それから思い出したように皆に口止めをした。

「ああ、それから、支部長と二階堂先生には話してあるからいいけど、ほかの人にはこのこと、話さないように。面倒だから。んじゃ」

 店を出て行こうとする隼人を、美紀が慌てて引きとめようとする。

「どこ行くのん?」

「ヤボ用」

 隼人はにっと笑ったが、美紀の涙目を見て、慌てて訂正の言葉を口にした。

「ごめん嘘。なごみのところ行くんだ。さっきの通報メール、続きがあってさ。『どんな関係の人たちですか。説明に来てください。』って」

 そういうわけだから、じゃ。隼人は店を出て行った。

「……水臭い」

 真紀はまだちょっと怒っている。

「るい、なに清清しい顔してんだ?」

 優菜はるいを見て尋ねた。

「ん? 謎は解けたじゃん。これにて一件落着、でしょ?」

「隼人のあの態度に、みんな少なからずおかんむりなわけだが」

「なんでさ?」

 るいは優菜の食い下がりに不思議がる。

「さっぱりしてていいじゃん。それとも、ああいう暗い話を聞かされるの、好き? それ以前に、みんな、そんなに自分の赤裸々な話を他人にしてるの?」

 押し黙る4人に、るいは笑って出立を促す。

「さ、帰ろうよ。この件はこれでお開き。ね?」

 まだ納得いかないといった様子の面々であったが、尾行と詮索は終了となった。

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