悠刻のエンデュミオール

タオ・タシ

悠刻のエンデュミオール Part.1

序章 全ては春風とともに

1.


 彼女の目の前には、3体のオーガがいる。あいかわらず、いずれ劣らぬ醜男ぞろいだ。

 ていうか、そもそも性別があるのかな? こいつら。

 そんなことを考えていると、右の1体が動いた。両手の爪を怒らせ、彼女を引き裂こうと走り寄ってくる。

 その突進を、彼女はかわす。続いて真ん中と左も走りよってきたが、これも難なくかわす――はずだった。

「っ!」

 左のやつをかわすときに、わき腹を爪がかすめたらしい。痛みに顔をしかめながら、それでも彼女は攻撃の機会を見出した。今の動きで3体が1カ所に固まったのだ。

 彼女は胸の前で右拳を握り締める。すると、額の白水晶が光を発し、次に、握り締めた右拳の周りに炎が宿る。彼女が拳を緩やかに振り回すと、炎はその軌跡に従って蛇を形作った。拳の炎は蛇頭となり、徐々に巨大化していく。こうして速やかに育てた炎蛇を、

「行け!」

 彼女はオーガたちに向けて放った。獲物めがけて直進する炎蛇に、オーガのあるものは立ち向かおうとし、あるものは防御の構えを見せる。すると、炎の蛇はオーガたちに激突する手前で曲がり、するするっと3体にまきついた。そのまま締め上げ、炎でダメージを与える。

 ふぅ、と彼女は一息つき、体を見回す余裕ができた。

 傷は4カ所。先ほどのわき腹の傷がいちばん深く、まだ出血している。だが、彼女は治癒スキルを持っていない。持っている仲間は、今夜は飲み会。バイトを終えてこちらに向かっている仲間も、治癒スキルはない。

 飲んでる最中に呼び出したら、また怒るんだろうな、るい。

 そんなことを考えている内に、炎蛇はその短い生涯を終え、オーガたちは解放された。結構なダメージを負っているようだが、目は怒りに燃え、今にも噛み付かんばかり。いや、リアルで噛み付き攻撃もある。何より1対3は分が悪い。

(ブランシュが来るまで時間を稼がないと)

 出血の止まらないわき腹を手で押さえながら、彼女――エンデュミオール・ルージュは、再び身構えた。


2.


「……なんなんだ、あれ?」

 神谷隼人かみや はやとの目の前の空き地で、月と街灯の明かりの中、1人の女の子が3体の化物と闘っている。

 化物は、ファンタジー物のRPGに出てくるオーガのような外見。遠目で見て、160センチくらいか。さっき女の子が出した炎の蛇に身を焼かれて、いたくご立腹の様子で女の子に襲い掛かっている。

 対する女の子は、白を基調とし赤い模様が随所にはいった上着に、肘まである白い長手袋をはめ、ドレープの入った赤いミニスカートをはいている。足元は膝まであるブーツで固めていて、一言でいうなら“魔法少女”のようないでたち。

 もっとも、昨今の世知辛い風潮に習ってか、スカートの下には短いスパッツを履いているのが惜しい。――いや、そんなことは問題じゃなくて。

「ほんとに撮影……なのか?」

 特撮にしてはリアルすぎる。

 そう、隼人は、バイトからの帰り道、アパートまであと少しというところで、"映画撮影中"の立て看板とともに、スタッフとおぼしき男性に止められたのだ。

 すぐそこだから、という抗弁にも平謝りされて、しかたなくコンビニで時間をつぶす振りをして回れ右で遠ざかったあと、抜け道を使ってアパートまでたどり着こうとした果てが、この不思議かつリアルな異空間だった。

 こんな夜に撮影用のライトも見あたらないし、女の子は怪我がマジで痛そうだし。などと考えていた刹那、化物の爪が、今度は女の子の左太ももをかすめた。また痛そうに顔をゆがめ、女の子の動きが止まる。そしてここぞとばかりに彼女に群がろうとする化物。

「危ない!」

 隼人は違和感を感じつつも、とっさに彼女を助けるべく異空間に突進していた。目標は、一番近くにいた化物。走りこんだ勢いそのままに、右の拳で殴りつける。だが――

「痛ってぇ!!」

 化物は、想像以上に硬かった。だが、化物が3体とも驚いた顔でこちらを凝視している。隙は作った。さあ、窮地を脱出するんだ! ……あれ?

「?!」

 女の子まで固まってんじゃん!

 そう思った瞬間、隼人の体が左に弾け飛ぶ。さっき殴った化物が、お返しとばかりに彼を殴り返したのだ。身長差があったため、化物の手は彼の右腕を直撃し、彼は1メートルほど吹き飛んだ後、地面に落ちた。

「ぐ……」

 痛みに息が詰まりそうになりながら見やると、入れ替わりに先ほどの化物が崩れ落ちていた。女の子の拳に、炎が光っている。彼を攻撃したことで背を向ける形になった化物に、彼女の攻撃が致命傷を与えたようだ。

 彼女はそのまま跳躍して、残り2体となった化物から離れ、彼の元にやってきた。

 苦痛にうめきながら、隼人は立ち上がる。右腕は痛いが、骨は折れていないようだ。ホッとする隼人に、ホッとできない声が投げつけられる。

「なにやってんだ! 危ないじゃないか!」

 見ると、女の子が整った顔立ちを歪めて、すごい形相でにらんでいる。暗い中でもよく見ると、髪も、大きく活発そうな眼の中にある瞳も赤色だ。その瞳が、さらに険悪な色をたたえて隼人をにらみつける。

「どっから入ってきたんだ?! 危ないからあっち行ってろよ!」

「いやだ」

「なにぃ?」

 戸惑いと苛立ちで髪を炎のように逆立てている女の子に向かって告げる。

「怪我してるだろ、お前。助太刀するぜ」

「いらないってば!」

 そう力んだために傷がうずいたのか、顔をしかめる彼女を見ながら提案した。

「右のやつを引き付けとくから、左のを先に倒してくれ」

「馬鹿言ってんじゃねぇ! 死にたいのか? おい」

 いいや、と答える間もなく、あちらから二人のほうに襲い掛かってきた。隼人がさっと右に走る。

「うおぉぉぉぉぉりゃぁっ!!」

 まっすぐ突っ込む。身をかがめ、左肩を前に突き出して突進し、化物にぶち当たってかちあげた。

 意表を突かれたのか化物は隼人のかちあげをまともに食らって吹っ飛び、後頭部を地面に派手に打ちつけのたうちまわった。彼ももんどりうって転倒はしたが、こちらは織り込み済みだったため、頭を打つことなくすんでいる。

 起き上がりながら女の子のほうを見やると、女の子と化物は、またしてもあっけにとられていた。そして我に返るまでの僅かな差によって、化物には終わりが訪れた。

「はぁっ!」

 女の子の右拳から放たれた火球が、化物の顔を打ち抜く。頭を失った胴体は、そのまま地面に崩れ落ちた。

 隼人の攻撃から立ち直った最後の化物がきびすを返し、よたよたと逃走を開始。だが、

「逃がすか!」

 女の子が両腕を胸の前でクロスさせ、眼を閉じて念じると、額に飾られた白い石が輝き、右手に炎で形作られた巨大な弓が、左手には同様の矢が現れた。女の子は弓に矢をつがえ、

「フラン フレシュ!」

 と叫んで矢を放つ。炎矢は狙いあやまたず化物に命中し、その身を爆砕した。

「おー、すげぇな」

 大技と化物の壮絶な最期にしばし見とれた隼人が、お疲れさんと声をかけようと振り向くと――女の子の姿は消えていた。

「マジかよ……」

 春風が空き地を吹きぬけるのみであった。

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