第4話 銘酒を盗む 怪盗編②【vs冥帝シュランケン】

「さて、これで二度目となる訳だけど慣れたか?」

「どうにもこうにも妙な感じだな」


 ショータイム一号とシュランケンは隣り合ってコクピットに座り、それぞれのシートにつけられたレバーを握りしめる。

 一号の側のモニターには出力、レーダー、火器管制といった様々なデータを示すグラフが並んでいる。


「やるべきことは分かっているな?」

「こいつは……」


 かたやシュランケンの側のモニターにはそういったグラフや計器の類は少ない。その代わりにチーズやレーズンの盛られた皿が並んでいる。

 柿ピーも完備だ。


「存分にりたまえ、君のために用意させた」


 シュランケンは全てを理解して喜色満面の笑みを浮かべる。


「――――ああ、いくぜショータイム! 駆けつけ三杯だ!」


 シュランケンは用意されたつまみを口に流し込むと、瓢箪開栓と共に飲酒!

 人面でいう所の鼻から下を覆っていた装甲マスクが開放、ジャンカイザーの『口』が開いた。

 なんということだろう!

 あろうことかジャンカイザーが歌い始めたのである!


『ジャンカイザー♪ノンデー♪ジャンカイザー♪ノンデー♪ヘーンシンヘンシン♪ガッタイ☆タイ♪ヘーンシンヘンシン♪ガッタイ☆タイ♪』


 龍仙瓢箪の軽快な囃し歌コールがジャンカイザーの頭部から響き、各関節から炎が噴出し!

 機神の全身、漆黒の装甲が赤く染まる!赤く染まる!赤く染まる!


「出来上がったぜ!」

「それは重畳!」


 緑の瞳、王冠の如き三本角、異界より来る異能の機神!

 今宵纏うは龍の力! 謳えその名を真紅の鉄巨人!


「――酔龍械党ジャンカイザー・ロゼ!」


 ロゼは近くの電信柱を引き抜くと即席の武器として構える。

 一連の変形は最初からプログラミングしたようにスムーズで、先んじて動力炉に接続されていたショータイム二号は驚く。

 自分が知らない間にまた機体に頭のおかしい機能を付け加えられているのだ。

 彼女は思考を電気信号に変換してショータイム一号の脳内に直接流し込んで秘匿通話を開始する。


『ちょっと一号! なんなのよこれ! 機体の操作系統に見慣れないシステムが加えられているわ!』

『前回の彼との共闘時に採取されたデータを元にして、ジャンカイザーには他の新人類ニュータントの異能と呼応する機能を付与した』

『ちょっと待って、それって根源人種ルート・レースのロクロー……』

『細かい話は後だ二号。まずは目の前の敵、な?』

『今回は誤魔化させないわよ?』

『分かってる。飛ぶぞ!』


 一号の操作でジャンカイザー・ロゼは軽々と宵の空を飛ぶ。幾つもの建物を超え、まるでカンフー映画のワイヤーアクションのように巨大怪魚人の前に降り立った。

 その着水はとても静かで、巨大怪魚人が現れた河には水柱一つ立っていない。

 むしろ、突如として現れた謎の機械巨人を目の当たりにした人々の歓声がうるさいように思えるくらいだ。


「さあ、操作は任せたぞシュランケン」


 シュランケンは試しに自らの意思をジャンカイザー・ロゼに伝える。

 するとジャンカイザー・ロゼは電信柱を棍のようにして、頭上で振り回しながら片腕で構え見得を切る。

 その動きは何時にもまして滑らか、まさしく武術の達人そのものだ。


「オーケー!」


 一方で、怪魚人は突如として現れた機神を相手に警戒して静かに様子を伺っている。黒くぬめった体表面に眼球を発生させ、集まる野次馬たちを静かに睥睨しつつ、目の前のジャンカイザーへの警戒は決して怠ってはいない。

 本来ならば、サブパイロットのショーが周囲の人々の安全を図るべきだったろう。


「また随分と滑らかに動くようになったな?」


 だが、シュランケンのこの言葉がショータイム一号からそのような思考を奪い取った。


「説明せねばなるまい! このジャンカイザー・ロゼver1.1は前回の戦闘を通じてバージョンアップをしたのだ!」

「バージョンアップ?」


 シュランケンが電信柱を構えながら怪魚人へと飛びかかる。水しぶきが派手に舞い上がった。

 それを確認してシュランケンは縮地を応用したすり足中心の歩法へとシフトし、周囲に集まっている野次馬に余計な被害が及ばぬように配慮する。

 しかしその間にもショータイム一号はシュランケンの気遣いに気づくことなく説明を続ける。


「電流による出力を全て疑似重力に変換することで多少は慣性を無視して動くことができる。そう、巨大ロボットであっても人間のような挙動をすることが可能なんだよ! まさにスーパー! まさにグレート! これによりジャンカイザーは子供の頃に見たアニメのスーパーロボットよろしく完璧な二足歩行戦闘機械となったのだ!」

「ふーん……それで、普段の出力が足りない分は……」

「朱天怒雷芭から湧き出る無限アルコールだ! パーフェクト! まさにパーフェクト!」

「この前の婆さんのアイディアそんなに気に入ったのか?」

「僕は泥棒だぞ? 一々知財だの権利だのを気にするとでも思ったかい?」

「……知ってた」


 ショータイム一号と軽口を交わす間もシュランケンは電信柱を使って次々とカンフーアクションを決める。

 まず怪魚人の全身から伸びる触手を小刻みに棍を振り回すことで次々打払い、膝と腰の撥条バネを活かして一気に肉薄。そして手首の回転を活かして抉るようにして巨大怪魚人を貫く。

 追い詰められた巨大怪魚人が無造作に放った右の拳には、横から手を添えて軌道を逸らす。しかる後に至近距離まで更に詰め寄って肘打ちを放つ。

 それもただの肘打ちではない。

 ジャンカイザー・ロゼの人間の関節部にあたる部位は自壊可能構造クラッシャブルストラクチャーとなっている。つまりジャンカイザー・ロゼは一瞬だけ足首、膝、腰を自壊・再構成することで人間と同等……否、それ以上の柔軟性を持つことができるのだ。

 そう……今! まさに今! 隠密戦闘の為に使われるジャンカイザーの自壊・再構成機能に新たなる役割が与えられた!

 

「一気に決めるぞ!」

「応ッ! 頼んだぞシュランケン! そして二号!」

「リミッター解除するわよ、そろそろ私も息切れだからシュランケンちゃんも頼んだからね!」


 貴方には想像できるだろうか?


「龍酔拳・禁じ手!破壊王!!」


 総重量実に42.38tのが繰り出すをッ!

 

「「うおおおおおおおおおお!!!!」」


 シュランケンとショータイム一号の叫び声が重なる。

 ジャンカイザー・ロゼの掌底が巨大怪魚人を捉える!

 ご覧あれ! 

 名状しがたきその肉体はインパクトの直後、螺旋状に捻れ狂い! そして中空の一点へと収縮して漆黒の球体へと変わる!


「吹き飛べ!」


 ショータイム一号の叫び声と同時に爆発四散するその名状しがたき漆黒の肉体!


「あっ!? 待てショー!」

「え?」

「何やってるのよショーちゃん!?」

「しまっ――――」


 ウカツ! 川べりに野次馬が集まっていることをショーは忘れていた!

 しかし! なんということだろう! 怪魚人の肉片が集まりつつ有った野次馬に降り注ぐことはない!


「――――まあ、合格といったところでしょうか」


 凛、と。

 ショータイム一号の耳に鈴のような声が聞こえた。

 河が突如として形を変え、野次馬を守る水壁へと変化する。

 肉片は受け止められ、大惨事は回避される。

 野次馬達はどよめき、今の事象を引き起こしたであろう新人類ニュータントを皆が探し始める。


「今回は私が引きずり込んでしまった事件ですし、これくらいのお手伝いはしても、採点に問題は無いですよね……ジョージ社長」

「ふん……あんたの裁定なら文句は無いさ。俺は所詮人間に過ぎんからな」

「あらあら、良かったわ」


 だがその能力を行使した新人類ニュータントを見つけることは誰にもできない。音波、光波、様々なものを操り身を隠す彼等を見つけることは、誰にも。

 二人組は群衆の前で姿を消すジャンカイザーを眺めつつ言葉をかわす。


「これでインソムニアの柱はまた一つ守られましたね」

「世界は未だ夢を見ることを許されず……か」

「もうこの星は夢を見てはいけない筈だったのよ」

「だが現に俺たち新人類ニュータントは此処に居る」

「私のような星の意思を汲む者達にはわからない何かがこの星に起きています。シュランケン、ショータイム、彼等のような若い戦士達が必要になる何かがきっと起きる筈です……」


 二人の姿もまた消える。

 そして、誰も居なくなる。


 *****


「かんぱい!」

「乾杯!」

「かんぱーい!」


 シュランケンを招き、ジャンクガレージではささやかな酒宴が行われていた。

 

「この前の氷結と今回の事件の礼をしようと思ってね。僕の個人的なコレクションだ。思うままに飲み干してくれ」

「こいつはなんて酒なんだい? 随分と華やかな香りがするが……」

「ザ・マッカランカスクストレングスレッドラベルの旧瓶だ。こいつは特に良いものだよ」

「噛みそうな名前だな?」

「ショーったらそんなもの隠してたのね! ずるいわずるいわ!」

「わかったからクーちゃんも呑みなさい。ちゃんと分けてあげるから」

「はーい!」


 ショットグラスに注ぎながら三人はチビチビと酒を飲み進める。


「これは面白い酒だな! 口の中で甘い香りがしたかと思ったらあっという間に消えちまう! 濃い筈なのに思わず進んじまうぜ!」

「ははっ、楽しい相手が居れば酒が進んでしまうね。特に今日は何時になく進むよ」


 そう言ってショーは笑う。

 自分のコレクションの中でもかなり貴重な一本だったが、ショーもクーも不思議とそれが惜しいとは思わなかった。


「確かに! そういやだけどさ」

「どうした?」

「クーさんが師匠の一族だとは思わなかったよ」

「それは確かにな」

「私だってびっくりしたわよぉ! はい親戚ですって言われても信じられないというかなんというか……写真を見せられたからまあ信じないわけにも行かないようなきがするけど……うぅん」

「まあゆっくり向き合っていけば良いさ」

「ショー達は今後はどうするんだ?」

「僕達はネオシセンに行ってクーちゃんのルーツでも探りに行ってみるかなあ?」

「今ならまあ師匠の紹介で龍にまつわる遺跡とかも探せるかもな」

「そういうこと。頑張って日本を守ってくれよ、シュランケン」

「そんな大したものじゃないって! 俺はあくまで自分の生まれ育った街を守っているだけだ」

「それがこの国を……いや世界を守ることだと思うけどなあ」

「よせやい照れるぜ」


 かくして三人はショーがコレクションしていたウイスキーを日が明けるまで飲み続けた。

 二日酔いのはずの三人の顔は不思議と爽やかだったという。


【第四話 銘酒を盗む 完】

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怪盗事務所ジャンクガレージ 海野しぃる @hibiki

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