第4話 銘酒を盗む 怪盗編①【vs冥帝シュランケン】

「さて、予告状じゃあもうそろそろだが」


 夜の公園をカップ酒片手に徘徊する大五郎。中国カンフー服のポケットから件の予告状を取り出し再度確認する。

 腰には師から譲り受けた龍仙瓢箪『朱天怒雷芭しゅてんどらいば』が白磁の光を湛えて揺れている。


「やあやあ龍人拳士シュランケン。二度目ともなると流石にクドかったかな?」


 公園を照らす街頭の上から声に応じて大五郎は顔を上げた。


「いいや、また会えて嬉しいぜ」


 大五郎はニィッと笑う。

 彼の視線の先には一人の男が居た。

 

「久し振りだね。壮健で何よりだよ」


 オースチンリードのスリーピーススーツ、黒く滑らかに光るシルクハット、そして北風にたなびく黒いマント。

 宵に紛れる異能怪盗、その名はショータイム一号である。


「律儀に予告状なんぞ出さなくても酒なら分けるぜ?」


 そう言って大五郎は瓢箪を掲げる。


「ほれ、でも潰れるなよ?」

「分かってるって。まあ酒盛りはちょいと待ってくれ」


 ショータイム一号は瓢箪を見て苦笑する。

 あれをそのまま飲めるのは龍人の一族であるクーか、特別な訓練を受けた大五郎くらいだろう。

 自分では水割りにして飲むのが精一杯だ。


「だけどその前に一つ聞いて欲しい事があるんだ」

「何だ?」

「今回、何故に俺達がこの公園に集ったかということなんだよ」


 ショータイム一号はパチンと指を鳴らす。

 すると何処からともなく映写機を搭載したドローンが現れて、ショータイム一号とシュランケンの間にホログラムを投影する。

 

「このデータを見てくれ。シュランケン、君が拠点とするこの街は公園で多くの事件が起きている」


 それはシュランケンが戦ったヒヒ怪人、カメレオン怪人、そして彼等を生み出した悪の組織ヘブンセイズの活動記録だ。ショータイムは今回の仕事にあたって大五郎自身ではなく、彼の敵について詳しく調べていたのだ。


「一般人を新人類ニュータントへと変質させる謎の技術を持つ“ヘブンセイズ”。彼等は実に凶悪な、まかり間違えば世界を震撼させかねない超技術を持っているにも関わらず、その活動は多くが君の居る街に集中している。君にとっては故郷だという街にね」

「……待て待てショータイム。どうやってこの街が俺の故郷だと知った?」

「知っている人間に教えてもらったんだ」

「それはつまり……」

「おっと、嘘を吐いていない依頼人について喋る程、僕は悪党じゃないんでね」


 そう言ってショータイム一号はウインクをする。

 だが大五郎にはそれで十分だ。彼の事をそこまで知っている人間は、彼の師匠であるスイルしか居ないのだ。大五郎は全ての事情を把握し、その瞬間に彼が匂わせたわずかな動揺からショータイム一号もまた全ての事情を把握する。


「その顔を見る限り、やはり彼女は君の師匠か。僕も初めて見た時はびっくりしたよ。本人同士は今一自覚していないみたいだけど、なんだからね」

「人が悪いぜショータイム一号。そもそも依頼人については喋るつもりはないんだろうに」

「依頼人が僕に秘密を抱えていた場合はその限りではないよ」

「今回はさしずめ依頼人と俺の関係性が語られなかった……ってこと?」

「その通り。まあ僕の父からの紹介だったから何か有るとは思っていたけどね」

「あんたの父親?」

「ふふ、この話は今回ご足労頂いた事と前回の失敗のお詫びだ。今度君の師匠に会ったら聞いてみると良い。多分君も知っている名前だよ。何か有ったら彼に僕の名前を出して協力を仰ぐと良い」

「良いのか?」

「どうせ僕の親父もグルなんだろう。気にすることはないさ。しかし君の師匠と僕の親父がグルになっている。彼等が共通して僕達に望むことってなんだろうね?」

「修行とか?」

「僕も同じ結論に達した」

「戦い合わせるにしちゃあ稚拙な仕掛けだわな」

「うんうん、全くもってその通り」

「じゃあ別に戦う相手が居るのか?」

「僕もそう思った」

「しかしヘブンセイズや怪人の気配は無いぜ?」

「うん、敵の気配は無い。これは断言しても良い。じゃあ修行として何をさせるのか、あるいは何を戦わせるのか……これはあくまで予想に過ぎないが、?」

「これから!?」


 ショータイム一号はもう一度指を鳴らす。

 ドローンの映写機から投影されるホログラムが変化し、この街の地図になる。

 地図には公園や寺社仏閣の位置が赤くマーキングされている。


「このように君の街は碁盤の目状になっていて、その要所要所に公園や神社、お寺などが存在する。君がしばしば怪人と戦うこの公園はまさしくその要所となる土地だ。召喚を行うにはうってつけさ」

「お、おう……言われてみればそうなのか」

「加えて、この街は昔から酒造が盛んであり、酒造は古くより神事と関連する」

「ああ、それは師匠から聞いたことが有るぞ。良く知っているな?」

「怪盗なものでね、お宝の来歴や伝承については詳しくなるのさ」

「だけど召喚って言われても実感が湧かないぜ?」

「そうだね、それは確かに言い方が悪かった。シュランケン、君は新人類ニュータント新因子ニュートラルが古い時代から存在したことは知っているよな?」

「まあ師匠なんか龍神そのものだからな」

「かつての人間は新人類ニュータント新因子ニュートラル、そして発現する異能を魔術や怪物・神々によるものだと思いこんでいた」

「ああー! 分かった! 召喚って要するにニュートラルを活性化させるってことか!」


 ショータイム一号は我が意を得たりと言わんばかりに頷く。


「その通り! 僕達が集められたのはニュートラル活性化の為だ!」

「だけど俺達は儀式の手順なんて知らないぜ?」

「君の師匠が手順は知っているんじゃないかな? 必要なのは素材。そしてそれは僕達が持ち合わせている。酒……転じて植物を司る龍人の君、火に通ずる朱天と名付けられたその瓢箪、金属に通じ機械を操るこの僕、そして現在の季節は水を表す冬。魔術的に考えれば木・火・金・水、すなわち青龍・朱雀・白虎・玄武の四神相応と呼ばれる魔術的環境を満たしている」

「つまり?」

「こうやって此処でだべっていればもうすぐ何かが起きるってことさ!」


 ショータイム一号がそう言った時だった。


「おおっ!?」


 一号が立っていることすら難しい程に大地が揺れ始める。


「大丈夫かショータイム一号?」

「すまない、武術の心得が無いせいかバランス感覚がなくてね!」


 ショータイム一号がシュランケンに助け起こされている間に、公園から少し離れた河の中から漆黒の影がゆらりと立ち上がる。

 離れた場所に有るショータイム達が見てもすぐに分かるほど巨大な影。

 丸くて、月光を反射してテラテラと輝き、その感情を感じられない魚じみた顔からは長い髭がだらしなく垂れ下がっている。

 人とも怪魚ともつかない超巨大な半魚人。

 人間の原初の恐怖に訴えかけるその濁った瞳、漆黒の鱗、粘液質の身体。街のあちこちから悲鳴が聞こえ始める。

 気のせいだろうか?

 ショータイム達には悲鳴が上がった最初の瞬間、その怪魚人がにたぁ……と笑ったように見えた。


「見たことか! 予想通りだ!」

「冗談じゃないぞショータイム一号! なんか対策はあるのか!?」

「手伝ってくれるかな? ならば問題ない! なにせ今回は被害者同士だ。仲良くいこうじゃないか!」

「今更断るわけ無いだろう? それに……俺達は一度酒を酌み交わした仲だろ? だったらもうそりゃ友達さ」

「確かに! 良いことをいうじゃないかシュランケン!」


 そう言って大五郎は白色に塗られた龍の彫刻入りの瓢箪“朱天怒雷芭しゅてんどらいば”からほとばしる甘露を一息に飲み込む。


「そうと決まれば飲みなおしだ!」

「それじゃあ早速ショータイムだ!」


 続いてショータイム一号は通信機能付き腕時計を構え、待機していたショータイム二号へと通信を開始する。

 二人の英雄はニヤリと笑って同時に叫ぶ。


「――出来上がったぜ、冥帝シュランケン!」


 眼の据わった大五郎がほぼアルコールそのものの息を吐く。息を吐く。

 吐き続ける吐息が色を帯びる。炎の色だ。赤から青へと変わる炎。

 ――青白い炎の龍が、大五郎の口より出でて彼の身体を包み始めた!

 すぐさま彼の身体は龍人へと変貌し、その闘気は炎の柱へと変わり冬の夜空を紅に染め上げる。


「カモン! 機神械盗ジャンカイザー!」


 紅の空の向こうから巨大人型ロボットが自由落下に任せて降ってきた。

 全長55m、漆黒の巨体、王冠の如き三本の角、威風堂々と組んで構える巨大な両腕、骨を変形させたかのような五つの爪。緑色の瞳が巨大怪魚人を睨み、煌々と光を放つ。

 異常事態に気づいた巨大怪魚人はシュランケンとジャンカイザーの方を睨む。

 既にジャンカイザーの肩に乗ったシュランケンとショータイム一号は、ジャンカイザーと同様に両腕を組んで巨大怪魚人と睨み合う。


「で、こいつはどうやって使うんだショータイム?」

「任せ給え。特等席へ案内しよう」


 ショータイム一号が指を鳴らすと同時に、ショータイム一号とシュランケンの足元に大きな穴が空く。


「おっ!? うわあああああああ!」

「ふははははははは!」


 二人はジャンカイザーの中へ吸い込まれていったのであった。

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