おかあさんだらけ

腹筋崩壊参謀

【短編】おかあさんだらけ

 昔々、ある所に翔太しょうたくんと言う元気な男の子がいました。


 「ただいまー!」


 今日も賑やかに学校から帰ってきた翔太くん。ところが、玄関で待っていたのはぷりぷり顔のお母さんでした。

 お母さんの右手には、ばれないように隠したはずのテストの答案が握られていました。100点満点のテストなのに、勉強をさぼって遊んでばかりだった翔太くんは30点しかとれなかったのです。


「もう、今日のおやつは抜きよ!」

「そんなー、ひどい!『たいばつ』だー!」

「ちゃんと勉強をしない人に、おやつなんてあげません!」


 へそをまげて台所へ戻ったお母さん。

 こうして翔太くんの大好きなおやつは抜きになってしまいました。


「ちえっ、なんだいケチババア……」


 自分の部屋の中にこもった翔太くんはむすっとしました。


 思い返せば、いつも翔太くんはお母さんに怒られてばかり。寝坊したらすぐにカミナリ、大嫌いなニンジンで遊びだしたら怒られ、散らかした部屋を放っておけばまたイライラ――。


「あーあ、もっとやさしいお母さんがいればなー」



 ――翔太くんがそうつぶやいた時、トントンとドアを誰かが叩く音がしました。

 誰だろうと扉を開けた翔太くんはびっくりしました。だって、そこにはそこにはさっき怒っていたはずのお母さんがにこにこ笑顔でおやつを持ってきていたのですから。毎日楽しみにしていたお菓子がたべられるのは嬉しいのですが、一体何がどうなっているのかとお母さんに尋ねると――。


「わたしは『やさしい』お母さんよ♪」


 ――それだけ言ったっきり、『やさしいお母さん』は部屋を出ていってしまいました。よく分かりませんが、とにかく翔太くんはお菓子を食べる事が出来てとっても嬉しい気分でした。

 ところが、すぐにその楽しい気分はしぼんでしまいました。目の前の机の上に、大嫌いな宿題が見えてしまったからです。いつも先生から沢山出される宿題は、翔太くんがとっても苦手な物の一つでした。


「あーあ、だれかやってくれないかなー」


 ところが、そう言った途端に翔太くんのとなりに突然お母さんが現れました。

 びっくりする翔太くんに、そのお母さんはこう言いました。


「わたしは『宿題をする』お母さんよ♪」


 そしてお母さんは、あっという間に翔太くんの宿題をぜんぶ解いてしまいました。いつもなら自分でやりなさい、と言うはずなのに。

 お礼を言われて、うふふ、と笑いながら部屋を出ていくお母さんを見て、翔太くんは何が起こっているのか少しづつ理解し始めました。面倒な事を頭に思い浮かべれば、それを代わりにやってくれる新しいお母さんが出てくるようになったのです。

 面倒な事を自分のかわりにどんどんやってくれるお母さんがいるなら、毎日のんびりして暮らせる――これはいいぞ、と翔太くんはいたずらげに笑いました。


 お腹が空いた翔太くんは、早速頭の中でお母さんを呼び出しました。美味しいご飯を作るお母さんがいればいいのにな、と。


「わたしは『夕ご飯を作る』お母さんよ♪」


 新しいお母さんは、あっという間に翔太くんの大好物のハンバーグやカレーライスを作ってくれました。たっぷり食べてお腹いっぱいです。

 それからも、『お風呂で体を洗ってくれる』お母さんや『明日の用意をしてくれる』お母さんを呼び出したり、まるで翔太くんは家来を働かせる王様になったような気分になっていました。


「おやすみなさーい」


 『布団をかけてくれる』お母さんに見送られながら、翔太くんはベッドの中でぐっすり夢の中に入りました。


~~~~~~~~~~


 このまま翔太くんは、明日も明後日もずっと、お母さんに任せてのんびりごろごろ暮らせるものだとばかり思っていました。ところが、次の朝、いきなりカーテンを開けられ、眠い目を開いた翔太くんはびっくり。


「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」


 なんとそこには、翔太くんのお母さんが7人も笑顔で囲んでいたのです。顔も服もみんなそっくり、誰が本物のお母さんか見分けがつきません。一体どうなっているのとたずねても――。


 「「「「「「「私たちは、翔ちゃんのお母さんよ♪」」」」」」」


 ――みんな返事はそればかりでした。


 「いったいどうなっちゃったの?」


 背筋がぞくっとしながらも、翔太くんは7人のお母さんの言われるままに朝ご飯を食べに行きました。ですが、なんとそこにもまた新しいお母さんがいました。


 「わたしは『朝ご飯をつくる』お母さんよ♪」


 8人のお母さんに囲まれながらご飯を食べる翔太くんは、昨日の間にたくさん呼び出したお母さんがそのまま残ってしまっている事に、ようやく気が付きました。いくらお母さんが全部やってくれるといっても、こんなにたくさんのお母さんがいてはたまりません。


 「は、8人もお母さんはいらないよ!」


 ご飯を食べ終えた翔太くんは大声をあげましたが――。


 「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」「うふふ♪」


 ――8人のお母さんは笑ったまま、翔太くんを見つめ続けました。どうやら一度出てきたお母さんは、もう消す事ができないようです。このままもっとお母さんが増えたら、家がお母さんでぎゅうぎゅう詰めになってしまいます。

 新しいお母さんが出ないよう、翔太くんは慌てて着替えをしたり歯磨きをしたり、学校へ行く準備をしました。もちろん、お母さんに代わって欲しいなんて思いませんでした。


 ところが、ドアを開けた翔太くんはびっくり。


 「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」


 いつも翔太くんは5人のお友達と一緒に学校へ向かっていました。ですが、友達が待っているはずのドアの外にはお母さんが待っていたのです。しかも、家の中にいるお母さんと全く同じ服に同じ声で5人も。


 「「「「「わたしは『お友達』のお母さんよ♪」」」」」


 なんと、翔太くんのお友達までお母さんになってしまったようです。

 たくさんのお母さんに巻き込まれておろおろとしながらも、翔太くんはそのまま学校へ向かいました。ですが、お母さんの数はそれだけではありませんでした。


 「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」「おはよう!」…


 道行く先々で、翔太くんは次々に現れる新しいお母さんに出会いました。いつも道で挨拶をしてくれるおじさんやおばさんも、会社へ急ぐ人たちも、みんな同じ服に同じ声、同じ笑顔のお母さんになってしまっていたのです。もうこんなのいやだ、翔太くんはこの場から逃げ出そうとしましたが、そこからも新しいお母さんが学校へ向かって次々と現れるので、逃げる事は出来ませんでした。


 そして学校に着いた翔太くんを出迎えたのは、生徒の代わりに校庭をぎっしりと埋め尽くした、何十何百、いえ何千人ものお母さんでした。


 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おはよう!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 学校の中も外も、あらゆる場所がお母さんでいっぱい。校庭はもちろん、廊下も教室も階段も、翔太くんの座る席以外は、どこを見てもお母さん、お母さん、お母さん、お母さん、みーんな服も声も同じ『お母さん』ばかりでした。こんなにたくさん欲しいだなんて一度も考えてもいなかったのに、一体何がどうなっているんだろうか、翔太くんは顔を青くしながら慌てましたが、あまりそんな時間はありませんでした。チャイムが鳴り、何十人ものお母さんと一緒に授業が始まってしまったからです。


「じゃ、教科書を開いてねー」


 そして、『先生』のお母さんが言うと――。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 ――『生徒』のお母さんが一斉にに教科書を机から出しました。それを見た翔太くんも慌てて教科書を出しましたが、その途端に大変な事が起こりました。

 机の上に置いた教科書が、あっという間に机の上に座る『お母さん』に変身してしまったのです!


 「わたしは『教科書』のお母さんよ♪」


 しかも翔太くんの教科書だけでは無く、周りにいるお母さんの教科書も次々に新しい『お母さん』に変身してしまいました。もう教室はどこを見ても笑顔のお母さんでいっぱいですが、それだけでは終わりませんでした。『教科書』のお母さんの横に置いてあった筆箱が勝手に開き、中にあった鉛筆や消しゴム、さらにはその筆箱も次々に新しい『お母さん』になっていったのです。


「わたしは『鉛筆』のお母さんよ♪」「わたしは『消しゴム』のお母さんよ♪」「わたしは『コンパス』のお母さんよ♪」「わたしは『筆箱』のお母さんよ♪」


 更に、気づけば教室の本や黒板、机、椅子、掃除用具までもがどんどんお母さんになり始めてしまいました。


「私は『机』のお母さんよ♪」私は『椅子』のお母さんよ♪」私は『チョーク』のお母さんよ♪」私は『壁』のお母さんよ♪」私は『教室のほこり』のお母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」… 


 そして、外を見た翔太くんは一瞬で言葉を失いました。外に広がっていたはずの校庭も町も、さらに山も雲も、どんどん全く同じ姿形の『お母さん』へと変わり、翔太くんの方へと押し寄せてきたからです!


「お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」お母さんよ♪」…


 翔太くんが無数のお母さんの大群に巻き込まれたのは、あっという間の出来事でした。


 上を見てもお母さん、下を見てもお母さん、前も後ろも右も左も、翔太くんの目に映るのは、同じ服に同じ声、同じ笑顔のお母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん――。


「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」「翔ちゃん♪」……


 「うわああああああん!」


 ――全てがお母さんになってしまった世界の中で、とうとう翔太くんは泣きだしてしまいました。


 「ちゃんと宿題もするしおてつだいもするし、にんじんも残さないから!元のお母さんに戻ってよー!」


~~~~~~~~~~


 「えーんえーん……はっ!」


 気がついた時、翔太くんはベッドの中にいました。よっぽど暴れていたのか、布団が遠くまで吹っ飛んでいました。

 今までの事は全部夢だったのでしょうか。いや、もしかしたら――恐る恐るベッドから抜け出した翔太くんが、リビングを覗いてみると――。


「あ、翔ちゃんおはよう」


 ――いつも通りの姿形のお母さんが、朝の挨拶とともに翔太くんを出迎えました。勿論お母さんの数はたった1人です。

 その光景に胸を撫で下ろしながら、きっと今までずっと僕は悪い事ばかりやっていたから、あんな怖い夢を見てしまったんだ、と翔太くんは考える事にしました。


 「お母さん、ぼくちゃんと宿題やるよ」

 「あら、急にどうしたの?」


 さすがにあんな夢を見たなんて言えません。でも、今日からちゃんと真面目にやる、と翔太くんはお母さんと指きりげんまんをしました。


 「おーい翔太、学校いこうぜー!」


 友達も、ちゃんと元の友達です。準備を整え、翔太くんは元気に学校へと向かいました――。


 「いってきまーす!」


 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「

いってらっしゃい、翔ちゃん♪

」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」…



 ――気のせい、だよね?


≪おわり≫

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