エピローグ

 中学二年の夏の思い出です。捨てられた本が猫おじさんのおかけで戻って来るという、夢みたいな出来事でしたが、考えてみれば根本的に何が解決した訳でもありません。ただこの日を境に、私はどこか変わったように思います。神社の手水舎というお清めの場で起こったことに、何かしらの意義があるような気もします。それと単純に、猫が好きになりました。

 母があれほど推理小説を毛嫌いしていたのは、ずっと後に知った事ですが、父が推理小説狂ミステリマニアだったからのようです。母が過激な行動に出たのも、半分くらいは父への当てつけだったのかもしれません。母には言えませんが、いつか父と語り合える日が来たらいいなと、思ったりもしました。

 あの騒動は田辺さんが仲介してくれたお陰で何とか収まりました。私が成績を落とさないことを条件に、何とか読書の安寧は保障されました。一段落ついてから、田辺さんは二冊の本をこっそりプレゼントしてくれました。

〝黒猫 / エドガー・アラン・ポー 〟

〝黒猫館の殺人 / 綾辻行人〟

「これでばっちりですね、苗さん」


  私は、田辺さんに与えられたぐらい多くのものを、人に与えられる人間になりたいと思います。


 工藤さんとは今でも連絡を取り合っています。彼女は某有名出版社の編集者になり、日々推理小説を世に送り出す、幸せそうな生活を送っています。新刊が出ると必ず私にメールをよこすのですが、その文面から、昔と変わらない興奮した表情が見えてきて、私はいつもふふっと笑ってしまうのでした。



 猫おじさんはその年の秋にふっと姿を消してしまいました。今頃彼は何をしているのでしょうか。あの頃何をしていたのかさえ良く分からないのですから、推測すら叶いません。けれどもやはり、猫と戯れているのでしょう。




 自由と猫と、幸せを──





fin.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫おじさん 鴉乃雪人 @radradradradrad

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ