ここは津、パパにちゅう

ふたぎ おっと

ここは津、パパにちゅう

「ほっかいどう――しゃっぽろ、あおもり――あおもり、あきた――あきた……」


 リビングから舌足らずな声が聞こえてきた。

 もうすぐ五歳になる娘が、都道府県パズルを手に、各ピースに書かれた都道府県名と県庁所在地を次々に唱えていた。数年前に上の子に与えたときは全然喜ばれなかったのに、この子はすっかり気に入った様子だ。


 リビングの入り口で眺めていると、娘が私に気が付いた。


「あ、パパ! きいてきいてー。いまけんめいおぼえてたんだよー」


 娘があまりに良い笑顔で胸を張るので、私は思わず緩みそうになる顔を寸で抑えた。


「それならパパがテストしようか」

「してしてー。どこでもこたえるから」

「ようし、じゃあここは?」


 私は適当に一つピースを指さし娘に聞く。

 娘は少し首を捻ってから、


「ながの――ながの」


と答えた。


「お、よくできました。それじゃあこれは?」

「えーと、ふくしま――ふくしま」

「正解。よし、じゃあ次は少し難しいぞ。これは?」

「えーとえーとえーと……みやぎ――しぇんだい」


 即答とはいかないが、娘は私が指差すピースの都道府県名と県庁所在地を次々答えた。

 どうやらパズルピースの形と地名を一緒に覚えている様子。実際の位置関係までは分かっていないみたいだが、大人でも全部正確に答えられない人が多くいるというのに娘のこの賢い成長ぶりは、なかなか将来が楽しみだ。

 あぁでも将来となったら……いやいや、まだまだずっと先の話だ。


 そんなことを考えていたからだろうか。

 娘から返ってきた答えに、私は思わず魔が差した。


「しが――おおちゅ」

「相変わらず舌回らないなぁ。大津――おおつ、な」

「おおちゅ……おおちゅ……」


 娘は何度も言い直そうとするが、どうしても「つ」を発音できない。ぷくっと膨らました娘の頬を突きながら、私はもう一県指差した。


「じゃあここは?」

「みえ――ちゅ」

「パパのここには?」


 言いながら頬を近づけると、「ちゅっ」と娘が唇を押し当てた。


 瞬間娘はきゃーと照れたようにはしゃぎ私は思わず頬を緩ますが、直後に突き刺さった上の子の視線に背筋が凍り付いたのは言うまでもない。

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