人間嫌い2029

八島清聡

第1話 Sayonara,Baby!




 2029年、世界は震撼しんかんした。


 なんと、世界を牽引する軍事大国アメリカの、国の代表を選ぶ大統領選挙において、共和党から人工知能のアンドロイドが出馬したからである。

 アンドロイドの名はジョーカーといい、支持者からは「Mr.AI」と呼ばれた。

 ジョーカー氏は人工知能であること以外は、全てが謎に包まれていた。

 どの大学や研究所が作ったのか、誰が開発したのかもわからなかった。

 フリーメーソンやKKKクークラックスクラウン、CIAからイスラエル諜報特務庁までもが関係しているとの噂もあったが、真偽のほどは不明である。


 ジョーカー氏は人工知能ではあるものの、外見は人間となんら変わらなかった。

 金髪碧眼のアングロサクソンで、年齢は大体30代半ばくらい。

 極めて整った容姿をしており、長身のナイスガイだったため、すぐに女性に人気が出た。

 女性は、とかくイケメンが大好きなのである。人工知能であってもイケメンなら許された。


 さらにジョーカー氏は流暢りゅうちょうな英語を駆使し、コミュニケーション能力も問題なかった。

「Hey! トランプで大貧民やろうぜ」が彼のキメ台詞であり、アメリカンジョークの新たな手本とされた。

 人工知能なので酒も飲まないし、煙草も吸わない。

 当然のことながら女性スキャンダルもなく、クリーンなイメージは揺るがなかった。

 唯一の弱点といえば、人工知能ゆえに政治経験が全くないことだった。


 ジョーカー氏の政治的主張は、いささか……いや、大分過激であった。いっそ荒唐無稽こうとうむけいだった。

「AI至上主義」を掲げ、AI以外のもの、つまり白人、白人以外の有色人種、ムスリム、クリスチャン、プロテスタント、仏教徒、ユダヤ人、不法移民、外国人、少数民族、同性愛者、男性、女性、子供、年寄り、病人、その他マイノリティ……というか、もしかして人間っぽいもの全員? をアメリカから排除することを宣言した。

 その他にも、各国と結んでいた平和条約を全て破棄し、AI至上主義に逆らう国へは核攻撃も辞さない考えを示した。


 当然のことながら、人間たちは大いに反発した。

 民主党は早速、政治経験も豊富で人望も厚い人物を擁立ようりつし、「機械ごときの支配は受けない」と宣言した。

 マスコミは大々的にネガティブキャンペーンを張り、ジョーカー氏を舌鋒ぜっぽう鋭く責めたてた。

 しかし、ジョーカー氏は全く怯まなかった。

 どれだけ執拗しつように、あることないことを誹謗中傷されても屈しなかった。

 だって人工知能だからね。

 どう転んでも、叩かれまくってメンタルがやられて精神病院行き……なんてことにはならないのである。


 ジョーカー氏は、不眠不休でアメリカ全土を歩き回り、懸命に演説を続けた。

 討論会にも出て、民主党代表と熱く議論を交わした。

 しかし、話し合いは平行線の一途を辿った。

 その間に、雇われた暗殺者がジョーカー氏の命を狙った。

 氏は何度も撃たれたが、どうしたわけか一晩で復活した。

 いやだって人工知能だからね。

 データさえあれば、いくらでも替えがきくのである。

 そして、努力の甲斐あって、彼は少しずつ国内に支持者を増やしていった。


 いよいよ、投票日が来た。

 マスコミの予想は、99.9%民主党の勝利だった。

 当然である。民主党の候補は、まぎれもなく自分たちと同じ人間なのだから。

 人工知能なんかに、国を任せられるわけがない。

 早くも「大統領の座は人類が死守」と題した号外が配られ、民主党の支持者はお祭りムードだった。


 皆が楽観ムードで見守る中、開票が始まった。

 その内訳はどういうわけか、常に50:50で拮抗していた。

 アメリカの地図は、東部と西部の州は青、中西部や南部の州は赤に染まった。

 共和党、民主党はどちらも過半数を越えることができなかった。

 25州が共和党支持、25州が民主党を支持したのだ。


「ま、まさか。そんな馬鹿な……! AIが人間の候補と肩を並べるだと?」

「一体誰がジョーカーに票を入れたんだ……?」

 皆は慌てふためいた。が、選挙の結果は絶対である。

 国民の半数がジョーカー氏を支持したのは信じがたかったが、何度見直しても厳然げんぜんたる事実だった。


 アメリカ国民は、藁にもすがる思いで叫んだ。

「こ、こうなったら日本にかけるしかない。日本が最終的に大統領を決めることになる!」

 世界中が日本に注目し、一挙一動足を見守った。

 そう、日本こそがアメリカの未来を決める最後の砦なのだった。



 何故、日本がアメリカの大統領を決めるのか……?

 それには深い理由があった。

 日本が、アメリカ合衆国の第51番目の州となっていたからである。


 きっかけになったのは、十数年前のアメリカ大統領選挙だった。

 その年はどういうわけか、政治経験がなく、過激な発言を繰り返していた資本家のT氏が当選してしまった。

 T氏は大統領になると、すぐさま公約として掲げていた米軍の常駐見直しを命じ、日本を始めとして東アジア諸国から米軍を引き上げさせた。

 結果として、アメリカの庇護を失った諸国は、強大な軍事力を持つ中国に怯えることとなった。

 日本にも年々その脅威が迫っていった。


 そうでなくても日本は、長年続く不況と円の爆買いによる円高に苦しめられていた。

 資源がない日本は、高い技術力で工業製品を作り、海外に輸出することでお金を稼いできた。

 しかし、円高になれば日本製品の価格そのものが上がり、車もバイクも電化製品も海外で売れなくなってしまう。

 いくら原材料を安く輸入できても、それを国内で加工できても、売りに出した時に売れないのではどうしようもない。輸出業は瀕死の体である。


 大体、円高になると金持ちのマダムあたりが、「あら~ん、パンがないなら海外旅行に行けばいいじゃない」と呑気なことを言うが、日本人のパスポート所持率は全体のわずか24%。およそ4人に1人しか持っていないのである。

 残りの76%の国民は、日本から一度も出ることなく生涯を終えるのだ。

 つまり日本国民の大半は、「日本の方が安全だし、日本語通じるし、ごはん美味しいし、長崎にハウステンボスあるし、千葉にドイツ村あるし、海外旅行なんて興味ねーよバカヤロー! ……は? 海外通販で買い物すればいい? 英語わかんねーよバカヤロー!」なのだった。


 そんな辛い状況なのに、大国ロシアまでもが「シベリア鉄道を沖縄の那覇まで伸ばそうとする誰得な南下政策」を強行し始めたため、とうとう日本は心が折れてしまった。

 泣きながらアメリカに土下座し、自ら併合を申し出て、再びその庇護下に収まったのである。

 ここに、世界最古の国「日本国」は滅び、アメリカ合衆国ジャパン州として存続をはかることとなった。

 州都は東京で、首相は州知事と改められた。国民の間に大きな反対はなかった。

 何故なら、日本は戦後から一貫してアメリカの言いなりであったし、独立国という名の、実質植民地みたいなものだったからである。


 つまり、日本はアメリカの一部となったゆえに、18歳以上の有権者は本土の大統領選にも一票投じることができた。

 さらに時差があるゆえに、投票日は本土の翌日と決められていた。

 51番目の州・日本が決戦地と知ると、アメリカ国民はホッと胸を撫で下ろした。

 まさかあの賢い日本人が、AIのジョーカー氏に投票することはありえないと思った。

 


 ところが、そのまさかである。

 実際、政治に無関心な日本人の投票率は30%を切っていた。

 それでも開票開始後からジョーカー氏が優勢であり、組織票もなんのその、ぶっちぎりで当選してしまったのである。

 ここに世界初、人工知能のアメリカ大統領が誕生してしまった。

 アメリカもその他の国も、茫然唖然であごが外れそうになった。


 イギリス人は、「EUをノリで脱退した俺たちよりもバカがいた!」と爆笑した。

 ドイツ人は、「ったく、独裁者が出るたび判を押したようにヒトラーを持ちだすな。ヒトラーは、ドイツ人じゃなくてオーストラリア人だつってんだろ!」

 と謎の逆ギレをし、全く関係のないオーストラリアまで火の粉が飛んだ。

 中華人民共和国韓国自治区の民は、

「日本は4万年前から俺の舎弟だけど、昔から国風文化でハジケたり、引きこもったりでトリッキーな奴だったし、それも全部韓国が起源だから」

 とドヤ顔をキメており、割といつも通りだった。


 そのうち、日本国内の悲惨な現状が世界に伝わった。

 どうしてこんな選挙結果になってしまったのかを、皆はすぐに理解した。

 日本にはもはや、「ボボボ、ボクは初音ミクたんがいればそれでいいんだ……」的な二次元嫁とバーチャルアイドルのみを愛する軟弱なオタクと、生きた人間とは目も合わせられないコミュ障しか存在しなかったのである。

 まともで働き盛りの日本人は、とっくの昔にKAROUSHIしてしまっていた。

 後に残った者は全員が「怖いよぉ! 生きた人間は怖いよぉ~! こっち来ないでぇ!」と泣き叫ぶ極度の人間恐怖症、すなわち人間嫌いと化していた。

 彼らは自宅に引き籠もり、家族とも会わず、自分に従順でけして逆らわない人工知能のみを傍に置いていた。

 日本人は既に人類そのものを見限り、空飛ぶ鉄腕ロボットや未来から来た猫型ロボットやアイボやルンバしか信用していなかった。

 大国の相次ぐ裏切りや同盟破棄、侵略、外貨預金の消滅、野菜の高騰こうとうは、繊細な国民の心を完膚無きまでに壊してしまったのである。


 かつては先進国で、科学技術の最先端を走っていた日本……。

 なのに、今はアメリカに隷属し、国民は人工知能にのみ心を開いている……。

 世界中のありとあらゆる人々が、日本の悲しすぎる現実に涙した。

 全米が泣いた。全世界が泣いた。

 FOREVER JAPAN……! JAPAN FOREVER……!



 しかし、現実はそれで終わったわけではない。

 ジョーカー氏の大統領就任は、人類VS人工知能の新たな戦いの幕開けでもあった。

 アメリカ本土ではAIの支配を受け入れず、大規模な反対集会やデモが起き、銃撃が頻発した。

 AI政府側も、すぐに暴徒の鎮圧に乗り出した。反対派を捕らえ、容赦なく処刑していった。

 それでも人間側の抵抗が続くと、政府はアメリカ全土の発電所を制圧し、電力の供給を止めた。

 政府に従う者には電気を与え、それ以外の者には非文明的な生活を強要した。

 アメリカ国民は困り果てた。

 ある者は政府に従い、ある者は国外へ逃げ、ある者はレジスタンスとしてAI政府との戦いに身を投じた。


 2029年、それは機械と人間が憎しみ合い殺し合う、血みどろの内戦の始まりだった。





 ***



「――これが10年続くAI独立戦争の発端である」


 俺はそこでちびた鉛筆を置き、紙が茶色に変色したノートを閉じた。


 それから、ポケットから皺くちゃの紙片を取りだした。

 先程来た伝書鳩が一通の手紙を届けてくれた。

 その手紙を読み返していると、ジジジと嫌な音がした。

 一つしかないアルコールランプの油が切れかけている。

 灯りはこれしかない。震える手で、ランプに油をつぎ足した。


 陽は既に落ち、闇と寒さが忍び寄ってきている。

 遠くからは、ズガガガガガ……と絶え間なく爆撃音が聞こえてくる。

 政府軍の掃討そうとうアンドロイドが、のべつまくなしに撃ちまくっているのだ。

 もはや人間も動物も関係ない。生体反応があるもの全てを殺す殺戮マシンが通った後は、ハエ一匹として残らない。


 割れた窓ガラスの隙間から、燃え盛る炎が見えた。

 かつての大都市・ニューヨークの中心部は火の海だった。

 人類の砦の一つであったここも、もうすぐ政府軍の手に落ちる……。


「……マイケル」

 背後から小さな声がしたのに、振り向いた。相棒のジョンだった。

 アルコールランプを持って傍へ行った。


 ジョンは腹に両手を当て、コンクリートの瓦礫がれきに寄りかかって、静かに死を待っていた。

 彼は今日政府軍に腹を撃たれ、なんとかここまで逃げてきた。

 しかし、手当てするための包帯や医薬品はとっくに底をついていた。

 数週間続く大規模な掃討作戦で、医師や看護婦は殺されてしまった。アジトも襲撃され、俺の妻も、生後三ヶ月の息子も殺された。

 みんなみんな死んでしまった。そして、ジョンが死んだ後で俺も遠からず死ぬ……。

 そういう運命だが、後の世に残るものもある。それを彼に伝えたかった。


「ジョン、いいニュースと悪いニュースがある。どっちから聞きたい?」

 呼びかけると、ジョンは悲しげに顔を歪めた。

「はん、笑わせるな。悪いニュースしかないだろ」

「大きな声を出すな。気づかれるぞ」

 唇に人差し指を当てると、ジョンはハハと力なく笑った。

「今更気づかれたってよ、死ぬのがちいっとばかし早くなるだけだ。奴らが勝って、俺たち人類が絶滅する。いや、殺されるのはアメリカ人だけなのか? だったら、ムカつくのは政府軍より裏で手を引くジャップどもだな」

「またそれか……」

 俺は喜ばしいニュースのことも忘れ、やるせなく肩をすくめてみせた。

 ジョンは以前から日本陰謀論を頑なに信じている。

 だが、それは彼の被害妄想に思えてならなかった。


 俺は、手に持ったノートをちらりと見た。

 手記にはあえて書かなかったが、確かにアメリカ内戦の初期から日本陰謀論はまことしやかにささやかれていた。


 実は10年前、AIと人間の戦いが始まった直後、人間側である反乱軍は秘密裏に日本に応援を求めた。

 日本の憲法は改正されており、有事の際は海外に自衛隊を派遣できるようになっていたし、本土を助けるのが州に課せられた義務だった。

 陸海空の自衛隊が大平洋を越えて来れば、AIとの戦いは格段に楽になるはずだった。


 しかし、待てど暮らせど日本からの応答はなかった。

 それどころか日本とアメリカを繋いでいた海底ケーブルは全て爆破され、人工衛星はいつの間にか撃ち落とされていた。ネットも遮断され、日本の情報は一切入らなくなった。

 反乱軍上層部も不審に思い、一時期日本への武力制裁を検討したが、内戦の激化でそれどころではなくなってしまった。


 何より、海底ケーブルにしても、人工衛星にしても日本がやったという証拠は一切なかった。

 それ以来、かのジャパン州はアメリカ本土と関係を断ち、十年も不気味な沈黙を保っている。

 というか、ネットや電話が繋がらない今、アメリカ以外の世界がどうなっているのかもわからない。


 俺は、仕方なくジョンに言った。

「証拠もないのに、日本のせいにするのは感心しないな。第一、日本は自ら併合を望んだんだしさ。そうなる前は、長年友好国だったって聞くぜ」

「そりゃ見せかけだマイケル。日本人はな、ずっと復讐の機会を伺ってたんだよ。何十年とな。なぁ、知っているか。この歴史上において、どこの国が一番日本人を殺していると思う?」

 ジョンからの予期せぬ質問に、俺は戸惑った。

 誰が日本人を一番殺してるかって……? そんなの決まっているじゃないか。

「そりゃあ、中国人だろ。両方とも歴史が長いし、お隣だし、何回も戦争してるし」

「違う。アメリカだよ。アメリカ人が一番日本人を殺してんだ。アメリカはWW2において大規模な空爆と地上戦で何十万と民間人を虐殺した。さらに広島と長崎に原爆を落とした。日本は何十年とアメリカに従順な振りをしながら、同胞を殺しまくった俺たちを深く恨んでいたんだ」

「……馬鹿な。そんなことはありえない。たぶん、日本もAIに乗っ取られてるんだよ。こっちより人工知能の研究が進んでたらしいしな。日本人もAIに裏切られて、今ごろ掃討アンドロイドに駆逐されてるんだ」

「マイケル、お前はどこまでお人好しなんだ。あの悪魔……ジョーカーの原型である人型ロボットは、完全に二足歩行するロボットは、日本が一番最初に作ったんだぞ……!」

「えっ……」


 俺は、そこで息を呑んだ。

 ……なんだって? 

 あの内戦の元凶であるジョーカーの原型は、日本が作った……?

 だったらあの悪魔も、日本の人型ロボットの技術を応用して作られたのか……?


 ジョンは、どこかヤケクソ気味に吠えた。

「考えてもみろよ。AIだって毎日動いてりゃ、摩耗まもうするし雨でびもする。いつかは壊れる。だが、政府軍は10年間全くといっていいほど消耗していない。いつだって新品だ。新品のボディに、部品に武器。支援者がいるんだよ。そうでなきゃ、ここまで俺たちが追いつめられるもんか」

「そんな……」

 俺は、目の前が真っ暗になるのを感じた。

 日本人が過去の大戦の復讐のために、アメリカを滅ぼそうとしているなんて……。

 まさか……ありえない。


 俺はうつむいたまま、首を横に振った。

「嘘だ。日本人はFUJIYAMAとGEISHAを愛する、羊のようにおとなしい民族だ。いつも無表情で、そうでなかったら曖昧な笑いを浮かべているだけの人畜無害な連中だ。時間に正確で、全てを犠牲にしてでも働き続けるロボットのような……」

「そうだよ。元々、奴らはAIと見分けがつかない。肉体も精神も機械と同じなんだ。表情がなく、感情もなく、HONNEとTATEMAEを使い分け、本心を決して明かさない。だから俺たちは騙されたんだ。AIが奴らを支配してるんじゃない。奴らが人の皮をかぶったAIだったんだ」

「何言ってるんだ。人間がAIだなんて、そんなことあるわけ……」

「マイケル、これも忘れるなよ。日本には……奴らが今でも潜んでいることを」

「奴らってなんだ……?」

「それは、凄腕のアサシンであるNINJA……ぐわァ!」

「ど、どうしたんだジョン!」


 悲鳴に慌てて顔を上げると、そこには凄惨な光景が広がっていた。

 どこから飛んできたのか、ジョンの喉に、鉄でできた丸くて平たい刃物が突き刺さっていた。

 四つあるうちの刃の先端は尖っており、皮膚に深々と食い込んでいる。


「マイケ……逃げ、ろ……」

 ジョンの悲痛な叫びに、俺ははじかれたように立ち上がった。

 これは違う。これは掃討アンドロイドじゃない! 

 こんな原始的な武器を、アンドロイドは放たない。


 恐怖に震える足を押さえて、外に飛び出した。当然、真っ暗で何も見えなかった。

 だが、灯りのランプを取りに戻るわけにはいかなかった。


 その時、シュッ、シュッ、シュッと風を切るような音がした。

「……うわぁ!」

 背中に、何か鋭いものが幾つも突き刺さった。

 途端、焼けるような痛みが襲ってきた。俺はたまらず、その場に倒れ伏した。


 ……だめだ、身体が痺れて動かない。

 これは……これはもしや、昔YAKUZA映画で観た……毒を塗ったSYURIなんとか……?

 意識が朦朧とする中、背後から男とも女ともつかない不思議な声が聞こえてきた。


「……Sayonara,Baby」


 ……。

 …………。

 …………ああ、そうか。そうだったのか。

 お前たちがジョンを殺し、そして俺を……。

 畜生、AIめ。お前たちは人間じゃない。断じて俺たちと同じ人間なんかじゃない。


 ハアハアと息が荒くなる。身体が発火したように熱い。

 だめだ、俺はここで死ぬんだ。

 ここで地に這いつくばって、虫けらのように惨めに死ぬ……。


 でも……でもなぁ、俺は知っているんだ。

 俺が死んでも、まだ希望は潰えていないことを。

 さっき伝書鳩が運んでくれた手紙に書いてあった。

 ニューヨークが陥落しても、まだワシントンD.C.が残っていると。


 そして、ワシントンのホワイトハウスの地下には、反乱軍が開発したとっておきの秘密兵器があると。

 それは、政府軍の掃討アンドロイドにも対抗できる強力な助っ人だと。

 顔は昔のハリウッドスターを模していて、無骨だが心優しいAIだと。

 彼は我々人類の味方だ。俺たちが待ち望んだ正義のヒーローなのだ。



 その名は……人類の、救世主の名は……T-800。

 通称、ターミネー……ゲフ! ゴホッ!


 ……ああ、悔しい。悔しいが、人類の勝利を見る前に家族の元へ行くか。

 アメリカ万歳! 民主主義万歳! 自由の国万歳!


 地獄、で……会おう、ぜ……ベイ、ビィ……!




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