学校テロリスト 24



 

 恩田の光剣の斬突部が急激に縮小した。意図的に間合いを詰めた彼は、光剣に搭載されているその“機能”でケリをつけるつもりだったようだ。超至近距離からの突きに最適なナイフほどの長さとなった光の刃で、恩田は悟の喉元を狙った。


 しかし血の花は仕掛けた恩田のほうから咲いた。互いの体がぶつかり合いそうなこの状況から悟が一手を打ったのだ。突きをかわすため上体を右に大きく傾け、それで生じた旋回力を利用するような姿態でオーバーテイクを振るったのである。狭い間合いからの反撃は、悟がしなやかに右上腕のみを動作させることでおこなわれた。肘の曲げ具合は直角度を保っている。両者が密着するほどのインファイトでコンパクトに斬撃したのだった。


「今の突きをかわして、反撃するとはな。見事だ」


 恩田は斬られた左肩から血を流しながらも立っていた。致命傷を負ってはいない。このテロリストもさすがだった。突きの姿勢からとっさに飛び退いて、悟のカウンターによるダメージを最低限に抑えたのである。


「こっちは今ので決まったと思ったんだがな。あんたもやるねぇ」


 完璧な一刀もとどめに至らなかったのだから、悟の賛辞は本音である。もし恩田がインファイトの間合いを継続してとっていたら、小さい剣の振りでも仕留めていた。攻撃的で獰猛であっても無策で無謀ではない。厄介な相手だった。

  

 恩田の光剣TH-0405には、スイッチひとつで斬突部の長さを変えるためのレンジアジャスターが搭載されている。持ち手が送り込んだ気に特定値の電流を与え、刃物として硬質化させるのが光剣という武器だが、反転電流の原理により斬突部を収縮させる仕組みがそれである。今のようなインファイトの状況では重宝するものだ。携帯性に優れた光剣の進歩はめざましく、市販品には他にも様々な技術が取り入れられている。


 そういった気の利いた物々と比べると、悟のオーバーテイクは最新型であってもアナログだ。備わっているものといえば、峰打ちに使うために斬突部を鈍刀なまくら化できるセレクタースイッチと防水機能、そしてメンテナンスや次期モデルの設計に活かすため使用者本人のクセ等を記録できるメモリーシステムくらいである。“相手や状況によって刃渡りを変えていたら腕がなまる”というのが悟の持論であるためレンジアジャスターも付いていない。“便利はカンを鈍らせる”というのも彼の言である。そして先端技術と逆をゆく孤高のこの光剣は世界中の少年たちのロマンを刺激した。オーバーテイクとは剣聖の戦いの美学を体現した光剣だからだ。


「久々に楽しい戦いだ。しかし長引かせるつもりはないのだよ。名残惜しいがね」


 恩田が持つTH-0405の青い光刃が伸長した。いや、この場合、もとの長さに戻ったというべきか。


「そうだな」


 対する悟の返答は短い。口ではなく腕で語り合う立場なら、言葉はいらないということだろうか。剣聖たる彼は過去に多くの挑戦を受けてきたが、そのすべてに熱い剣で答えてきた。それは、こんな場末の戦いでも変わらぬことである。


 充実を得たかのようにも見える両者の視線が絡み合ったのは、わずか数秒のことだった。今宵四度目の打ち合いはクロスレンジを維持した剣闘本来の間合いでおこなわれた。恩田の左肩は傷ついているが、健在の右手が従える剣のさばきに迷いはなく。青の光剣による連続斬撃はまさに猛攻である。


 悟は、そのすべてを真紅のオーバーテイクでガードした。打ち重なるたびに両者のレーザーのような刀身が歪み、交差した互いの接触部から紅と青の火花が発生する。これは電流により硬質化した光刃間にある電位差がもたらすもので“エネルギー・スパーク”と呼ばれる現象である。剣闘の見た目が派手に映るため、光剣同士の対決の華と言われる。


 このとき、悟は紅い光の斬突部を維持するためグリップに自力で気を送り込んでいる。オーバーテイクには現在では主流となっている電感式スティムレータすら付いていないためである。ただでさえピーキーなブランチ能力を発動させるために自身の体内気脈を循環させながらおこなっているので難しいことなのだが、世界最高のブランチと呼ばれたこの男ならばやってのける。気のコントロールにいっさいの乱れはない。


 木々に囲まれた狭い空間であっても、ところ変えながら斬り合う両者の足取りは速い。幾度にも及ぶエネルギー・スパークが真ッ暗闇の裏山を稲妻のように駆け抜ける。そして青の光剣を握る恩田渾身の片手突きが絶妙のタイミングで暗黒の対角線上に火を吹いた。


「やるな……」


 そして、勝敗を分けたのもこの一瞬だった。賛辞をおくったのはカウンターを喰らった恩田のほうである。


「あんたもな」


 勝った悟は、役目を終えたオーバーテイクの光刃をおさめた。対角線上に繰り出された恩田の突きをかいくぐり、がら空きとなった右の脇腹を斬ったのである。グリップのセレクターは峰打ちモードのDレンジに入れていた。


「一介のフリーランスにしておくには惜しい腕だ……」

 

 意識を失った恩田は前のめりに倒れた。気の供給を断たれ、斬突部を失った彼の光剣TH-0405は、筒状の金属と成り果てて持ち主の手を離れ、斜面を転がり落ちていった。






 日付けが変わった。テロリストたちが射殺、または拘束され、人質全員の無事が確認されてもなお、静林館高校は灯りが煌々としている。校舎内では警察や薩国警備の検分がはじまり、校庭には多数の緊急特殊車両たちがヘッドライトをつけた状態で停車していた。そのうえで地面に置かれた大型の屋外用照明器具がいくつも発光している。深夜であり空は暗いが、学校敷地内はナイトゲーム時の野球場のように明るく、騒々しい。さきほどから、ひっきりなしに入ってくる数台の救急車は解放された人質たちや怪我をしたテロリストたちを運ぶためのものである。

 

 警察関係者から借りたコートを制服のブレザーの上から羽織った豊浦海斗は校庭の、校舎にわりと近い位置に佇んでいた。夜更けのときがすすみ、さっきよりも寒さが増したように感じられるが、それは緊張から解放されたことで体内の熱が気化したからなのかもしれない。背中にかいていた汗はすでに乾いていた。


 さきほど、薩国警備のEXPERたちの手により救出された人質たちをこの場所から見たときはほっとしたものである。八人の女子生徒たちの中に彼のクラスメイトはいなかったが、それでも同じ学舎内の隔てた壁の向こう側で共に学ぶ同窓の少女たちである。安心しないわけがない。同じく人質となっていた英語教師の村永多香子と司書教諭の楠原佳乃も無事だった。


(おかしな話だなぁ)

 

 そう、海斗は思った。自分自身が鹿児島で暗躍するフリーランス狩りの異能テロリスト集団セルメント・デ・ローリエの一員である。それなのに他のテロリストに拘束されていた人質たちの心配をしていたのだから、たしかにおかしな話といえる。


(あまり目立つことはしたくなかったんだけどなあ、あとでレディに、なんて言い訳しようか)


 表向きは薩国警備の見習いEXPERの身である。このあと警察に事情を話し、そして山下町やましたちょうにある薩国警備本部に出向き、いろいろと“上”に報告しなければならないだろう。おそらく朝までかかる。しかし明日……いや日付けが変わっているので今日は学校は休みになるようなので、その点はまだ気楽である。テロ事件があったのだから期末試験が近くとも授業どころではない。勉強に厳格な進学校であっても生徒の心のケアを重視するのは当然のことである。

 

 海斗は停車している一台のパトカーを見た。回転する赤いサイレンは意外と毒々しい光を周辺に撒き散らすものだと初めて知った。それがどことなく流血を連想させるのは、自分が今宵、テロに巻き込まれ、窮地にたったからなのかもしれない。今は見習いでも数年後には正式なEXPERとして配属される。その後、自分は人生でどれだけ多くの血を流すのか。想像すると気が遠くなる。異能を持って生まれた自分は生涯を戦いに捧げることになる。


「よォ、ヒーロー、お手柄だな」


 背後からやけに明るい男の声がした。自分に向けられたものだと感じた海斗は振り返った。


「俺は一条悟ってんだ。君のおかげで一件落着したぜ」


 その声の主を見た海斗は驚いた。自分に声をかけてきた男の名に聞き覚えがあり、そして顔には見覚えがある。かつて、この静林館高校の時計塔をめぐって、セルメント・デ・ローリエの銭溜万蔵と戦った一条悟だった。


「まだ見習いって聞いたが、テロリスト相手にたいした度胸だ。鹿児島の異能業界期待の星だな」


 黒のフライトジャケットにジーンズというラフな格好の一条悟は言った。今年の九月に時計塔の前で繰り広げられたこの男と銭溜の戦いを海斗は見ていたので、顔を覚えている。だが、フリーランス異能者の彼がなぜここにいるのか?

 

「僕は自分ができることをしただけですよ」


 再び緊張した海斗だが、心境を表に出さず、そっけなく答えた。先日銭溜が言っていたこと……この一条悟という人が本当にあの剣聖スピーディア・リズナーなのだとしたら、今自分は父の仇敵かたきの前に立っているということになる。海斗の実父、湯田正勝は旧セルメント・デ・ローリエの指導者だった。そして十年前、湯田を殺したのが剣聖その人だった。


「それが一番大事なことさ。なかなかできるもんじゃないよ」


 飄々と笑う一条悟は細身であまり大柄ではない。女性的な美しい顔立ちの優男である。世間から伝え聞く“最後にして偶然の剣聖”の容貌評と一致する。そして詳細な経歴を公表していない彼が実は鹿児島の出身であると薩国警備内ではよく噂されているという。


「ありがとうございます」


 心のこもっていない礼を述べた海斗は感情を出さぬよう努力した。テロリストたちの目をかいくぐり、懐中電灯で信号をおくって薩国警備のEXPERが突入できる状況を作りだしたのはたしかに自分だ。しかし、戦闘の現場に居合わせたわけではないせいか、あまり当事者意識が芽生えなかったのも事実だった。


 なにより一条悟に対し、あまり心の動きを見せたくなかった。父の仇敵かもしれない男に意地でも弱みを見せたくなかったのか。いや、この男のようなフリーランス異能者を狩ることが目的のセルメント・デ・ローリエの一員として、いずれ敵対する可能性があるからだ。ポーカーフェイスを通す必要があった。


(なるほど、今回のテロ事件で雇われたわけか)


 一条悟の後方二十メートルほどの位置からこちらを見ている鵜飼丈雄の姿を見て海斗は事情を察した。薩国警備がフリーランス異能者に仕事を依頼することは珍しくない。それを憎悪しているのが我らセルメント・デ・ローリエである。薩国警備の実動第七部隊を率いる鵜飼は一条悟とつながっているのだろう。ならば鵜飼もいずれフリーランスへの協力者として粛清の対象リストにのる可能性がある。そして、今回のような大事件で仕事を依頼される一条悟という男は本当に剣聖スピーディア・リズナーその人なのかもしれない。


 海斗はかるく頭をさげると、いろいろと都合が悪くなる前にこの場を立ち去ろうとした。すると……


「少年、長生きしろよ」


 こめかみの横で二本指を立てた一条悟のほうが先に背中を向けて歩きだした。彼は自分が湯田正勝の息子であることを鵜飼から聞き知っているのかもしれないが、もしかしたら新生セルメント・デ・ローリエの一員であることまで感づいているのかもしれない。今の言葉を聞いて、そう感じた。ならば、こちらに有利な戦局を作るため、もっと異能業界の上層に根をはる必要がある。月桂樹の誓いのもと、無益な自由を求める鹿児島のフリーランスたちに鉄槌をくだすため……


 今日の騒動が終わってもなお、事のさなかと同じように光を放つたくさんの車両や照明たちが深夜の校庭を人工的に彩色している。多元多種、そして多色の無機質な輝きの中に浮かぶ一条悟の、まるで幻影のようなうしろ姿を海斗はほんの数秒見送ったが、すぐに平和を取り戻した校舎のほうに目を向けなおし、思考を停止した。テロ騒動で疲れたせいか、なにかを考えることが面倒に感じられたのである。湯田正勝の息子としては仇敵。そしてセルメント・デ・ローリエの一員としては宿敵。そんな相手の背中を見て怨念の炎を燃やすほどの気力体力が、今はもう残っていなかった。






『学校テロリスト』完





 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後にして偶然の剣聖 さよなら本塁打 @sayohon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ