学校テロリスト 23
先制攻撃を仕掛けたのは恩田だった。高々と飛んだ彼は青の光剣を振りかざし、上空からの斬撃を狙った。無謀にも見える行為だが、腕に自信があるのなら悪い手ではない。戦いとは本来、攻めて攻めぬいてこそ勝利に近づくものである。
悟は右手のオーバーテイクに気を送り込んだ。あっという間に真紅の光刃が形成される。
光剣同士の接触時特有の、水面を思いきり蹴ったときのような共鳴音がした。上空上段からの恩田の一撃を悟が受け止めたからである。一瞬で終わったファーストコンタクトののち、着地した恩田のほうから離れた。悟は追わず。両者の間合いは開幕前のものに戻った。
「真紅の光剣……いまどき剣聖気取りか?」
さきほどと同様の片手中段の構えをとる恩田。
「なぜそう思う? 本人かもしれないぜ」
悟はオーバーテイクを右手下段に置き正対している。恩田が言うような、人気者だった剣聖スピーディア・リズナーの真似をする者は今も多い。藤代アームズからはオーバーテイクに形状を似せたスピーディアモデルの光剣が市販されており、世界中で売れている。
「強運の持ち主で知られた“偶然の”剣聖が死んだとは信じられんが、こんな片田舎にいるほど落ちぶれてはいまい」
そう語る恩田は十六年前、剣聖候補にあがったこともあったと鵜飼が言っていた。一歩間違えれば悟ではなく彼が日本人初の栄誉を担っていたかもしれなかった。現在四十歳。鍛えた技術と積み重ねた経験により、剣客としての円熟味を増したころであろう。
再度、恩田は斬りかかった。次は連続攻撃である。左右から上段中段の斬撃を繰り返し、そして悟はそのすべてをオーバーテイクで受け止めた。
「君も
攻撃を中段した恩田は、また離れた。防御する悟の動きから異能の質を察したようである。ブランチとは、身体の特定部分を任意強化する異能力、もしくはそれを持つ異能者そのものを指す。体内に、枝のように広がる複数の気脈を持つとされていることから、そう呼ばれる。
「ああ、あんたと同じだよ」
答える悟は、今の恩田の斬撃のうちの一本をわざと強く弾いたのだった。剣を持つ右手に一瞬気を集中させたことで多方向性気脈の持ち主だと示したわけである。悟は、恩田もブランチだということを聞いていたので、自分の異能力の質も明かした。これで条件は対等となる。ここまでが戦士たる両者の“挨拶”だった。
「では、本気でいかせてもらおう」
そして同種の異能を持つふたりが、そんな物騒な挨拶を終えたとき、脚に気を集中させた恩田が猛スピードで斜面を駆け上がった。手の内を探る必要がなくなったため、今度が本気の一手となる。その速さと鋭さは電光のそれに似る。
急速接近した恩田の一刀は横なぐりに悟の左面を狙った。このときには既に気脈の方向を脚から光剣を持つ右手に変えている。対する悟はオーバーテイクを握る両手に気を込め、これを受ける。木々に囲まれた狭い空間の中の、動きを制限される戦いであるにもかかわらず、恩田は攻めの姿勢を崩さない。二撃三撃と繰り返した。悟はそれらを捌く。
両者の接近戦は続いた。斜面での戦闘は平地でのものと感覚が異なるが、達人同士のこのふたりの動きから地形的な有利不利を論ずることはできない。前を向いて登る恩田も、後ろ向きに登る悟も、動きは俊敏である。
何十度目かの攻撃ののち、恩田は前に低く飛び、上段から悟の面を狙った。飛び斬りである。鋭く、かつ力強い一撃だが、悟は脚に気を集中させて退がり、間合いの外に出た。さらに恩田は光剣を振りかざし追撃したが、悟は一瞬にして右手に気を込め、オーバーテイクで受け止めた。気がのった強烈な剣を、同じく気がのった剣で防いだわけである。
両者のような多方向性気脈者同士の戦いは、当然細かい気の転換の繰り返しとなる。戦闘の中で体内気脈の方向を変え、強く打ちたければ手に、速く動きたければ脚に、そしてときにはそれ以外の任意箇所に気を集中させる。こういった彼らの複雑な戦いかたは“スイッチ・バトル”、または“パワー・コンバージョン”と呼ばれる。多方向性気脈者は数が少なく珍しい存在のため、滅多に見られるものではない。この場に異能者マニアがいたら歓喜したであろう。しかし今、夜の帳がおりきった裏山に観客はいない。
恩田の光剣をすべて受け切った悟は、右手のオーバーテイクを振った。腕をあまり動かさぬコンパクトなスイングである。スキをつかれる形となった恩田は自らの光剣で防いだものの力負けし、後ろ向きに斜面を滑り落ちた。
「狙っていたか。転倒を避けるので精一杯だったよ」
だが、恩田もさすがである。ホバークラフトのように滑っただけでバランスは崩さなかった。立っている。
「うまく反撃したつもりだったんだが、あんたも一筋縄ではいかねぇな」
恩田のことを素直に称賛する悟。かつて剣聖と呼ばれた彼は腰に気を集中させ、上体のひねりで斬撃を見舞ったのである。戦う上での障害物となる木々に囲まれている中で、最大限の力を発揮できるよう腕の動きを最小限とした。悟のような多方向性気脈者ならではの攻撃法であるがセンスを必要とする。
「どうやらただのフリーランスではないようだな。本当に剣聖なのではないかと一瞬疑ったよ」
「おほめにあずかり光栄だ」
このとき、殺し合いのさなかにいる両者の口もとに笑みがあった。太古のころより異能者という人種は戦いの中に生きてきた。その遺伝子を受け継ぐ彼らには命のやり取りでしか沸騰しない血が流れているのであろうか? いや、ただ強き者と出会い、そして剣を交えることに熱い充実を感じているだけなのかもしれない。
三度目の近接がはじまった。前へ動いたのは恩田。彼は青の光剣を打ち振るい、猛攻を仕掛けた。前進する歩幅は大きく、そして手数あまた。一見冷静なタイプに見えるが、攻めの剣を勝利への信条とするようだ。悟は斜面を後退しながら、オーバーテイクで受けにまわる。
平衡感覚をたもつことが難しい土の斜面での激しい攻防だが、両者の剣が狭く密集した周囲の木々を傷つけないのは不思議なことである。彼らは互いしか見ていないはずなのだが、枝木に触れることはなく、衣服すら汚さない。いったいどのような剣さばきと身のこなしをすればそうなるのか。それは余人の理解の範疇を超えたものと言える。
幾度めかの斬撃ののち、攻める恩田は脚に気を集中させ、前進の速度を増した。これまで光剣の長さに合ったクロスレンジを維持していたが、さらにその内側に入ったのである。両者の体と体が密着しそうなインファイトの立ち位置は剣戟においては窮屈な間合いとなる。突くにも斬るにも近すぎる。
だがそのとき、恩田の光剣の斬突部が急激に縮小した。その“機能”を活かすこと……それが瞬時に間合いを狭めた彼の意図だった。超至近距離からの突きに最適なナイフほどの長さとなった光剣で、恩田は悟の喉元を狙った。
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