学校テロリスト 22


 

 テロリストのリーダーである恩田敏高は静林館高校の校舎三階の窓を全身でぶち破り、そのまま飛んだ。着地した先は二階の校舎間をつなぐ渡り廊下の屋根の上である。そこを一気に駆け抜け反動をつけると、足に気を込めて思いきり跳躍して地面に降りた。ここは裏庭となる。事前に学校内および周辺の地理は頭に入れてあったため方角はわかる。彼は北へ向かうつもりだ。


 もうひとりの異能者であり、テロリストの中心人物だった猿渡とは打ち合わせができていた。もし立てこもりが失敗に終わった場合、別々に逃走し、後に落ち合う予定だった。通常人の仲間たちはおそらく全員が射殺もしくは拘束されただろうが、自分が生きていれば再起の機会がある。


 真っ暗な裏庭に降りた恩田は走って静林館高校の裏山へと向かった。そこはテロリストたちから見れば死角だったため、用心して校舎裏の数ヶ所に監視カメラを置いていた。テロが失敗に終わった今となっては自分の逃げ道となる。木々が生い茂るこの裏山を駆け上がり、逃走する。夜闇にまぎれた俊敏な異能者を捕らえることは薩国警備であろうとも難しい。


「よォ」


 しかし、裏山の中腹まで駆け上がったところで、真っ暗闇に似合わぬ明るい声がしたため恩田は足を止めた。前方に人がいる。女性的な顔をした優男である。


「薩国警備のEXPERか? いや、違うな。ただの野良犬か?」


 恩田は訊いた。裏山を登っていた彼が斜面の下方となる。声の主が上方。周囲は木だらけで、本来ここは裏山というより雑木林と呼んだほうがふさわしいのかもしれない。


「当たり。俺は一条悟って名の、しがない鹿児島の自営異能者フリーランスさ」


 木々の中に立つ悟はフライトジャケットのポケットに手をつっこんだままの姿勢で答えた。


「薩国警備の連中があんたを捕まえてくれれば、ギャラだけもらって俺は御役御免だったんだが、そうはいかなかったらしいや」


 結局トラブルに巻き込まれる自分の体質を嘲笑いながら悟は頭をかいた。薩国警備のテロ対策班が突入したことを畑野茜からの合図で知ったあと、鵜飼だけがこの裏山から校舎へと向かった。悟のほうはここで待機していたわけである。


「なぜ裏庭に薩国警備の見張りがいないのか、と感じてはいたのだよ。私をここにおびき寄せる算段だったようだな」


「そうなのか? あん野郎にゃろう、最後まで俺を利用しやがったな」


 鵜飼を呪う悟の口調は、とぼけているようである。銃で武装したテロ対策班が突入しても恩田と猿渡を仕留められないことは想定済みだった。その両者が共に逃走した場合は校舎内で鵜飼と他のEXPERたちがカタをつける手筈だった。しかし恩田は猿渡とは反対の方角から逃げたため、いまこうして悟が対面する形とあいなった。これもまた想定の範囲内である。


「まァ、話は変わるが、現代社会の目ってのは、あんたらテロリストには厳しいもんさ。一生追われつづけるお尋ね者生活ってのはなにかと大変だろ? おとなしくお縄についたらどうだい?」

 

 あまり効き目のない勧告だと知ってはいるのだろうが、いちおう悟はそう言った。


「それは出来ぬ相談だ。我々には“崇高な目的”がある」


「そりゃあ、あんたらが標榜している異能者の人権とやらのことか?」


「今の世界は大きな“変革点”に来ているのだよ」


「変革点?」


「我らの先祖は神から授かりし偉大な力を持ちながらも、見返りは求めず通常人に奉仕することのみをその生き方の本筋とした」


 異能人権団体『アルバア・スァマ・タハールフ』を本体としたテロリストのリーダーたる恩田の言うとおりである。古来より異能者は別世界からやって来る人外の存在から人々を守るために生きてきた。そして彼らは人の世のしくみすべてを通常人の裁量に委ねた。異能者たちは功あっても決して政治に関わらなかったのである。


「それでよかったのさ、俺らはしょせん、人外を追ッ払うために生まれた変異種にすぎねぇ。人権が認められただけマシじゃねぇか」


 大多数の異能者は悟と同様の考え方をする。国政の舵取りを担うことよりも、人々を救うことを生涯の使命とし、それで食っていく。戦うこと以外の人生の選択肢を持たず、そして歴史の教科書にものらない彼らは危機に陥った誰かのために生きてゆく道を選んだ。関わった誰かの記憶にだけ残る存在であってもそれでいいと心に決め、その道を歩んできたのである。


「ならば通常人がおさめたこの世界はどうなったか? 原型をとどめず破壊された自然、深刻化する貧困、解決することのない差別、これらの問題を先送りにした結果、よりいっそう人外を呼び込む環境を作り出してしまった。だから今こそ変革が必要だ」


 逆にこちらは恩田のような活動家を称するテロリストがよく言うことである。人外の存在は負の気に侵された人の心の闇に巣食い、実体化する。人外の存在の温床となりやすい現代社会を作り出したのは世界を主導する通常人たちだと主張し、テロをおこす。


「血の気が多い俺ら異能者が政治家になってたら、もっととんでもない世紀末ヒャッハーな世界になってたと思うぜ?」


「我らは政権にすがりつきたいのではない。ただ世界の変革を求めているのだ」


 世界中に存在する異能人権活動家は決して世界を征服したい、とは言わない。いくつか用意された方便を使う。恩田は“変革”という言葉を好むようだが、“世直し”、“浄化”などと言う者もいる。そのどれもが結局は異能者による世の中を作ることを目的としているのである。


「しかし、その手段としてテロが許されるわけじゃねぇよ。そんなものがまかり通る世の中なんてぇのがあったら、それは無法の世界さ」


「通常人は人外があらわれたときには我々を頼り、そして平和が訪れたら我々が持つ権利のすべてを剥奪してきた。自らの都合を優先してきたのは通常人だ。話し合って解決する問題ではない」


 恩田の、この言葉もまた事実であり史実である。力を持つ異能者たちに、かつては選挙権すら与えなかったのが通常人たちだった。近代から戦後、現代にかけて、異能者たちはずいぶんと社会に溶け込んだが、今でも一部の権利は持たないままである。その最たるものが職業選択の自由であり、彼らは戦う以外の生きかたをすることはできない。


「それでいいんだよ。俺らのようなはみ出し者が町村役場に勤めても、クソの役にもたたねェさ」


 それでよい、と答えた悟は恩田の言葉の裏にある心理と、そしてヤツなりの真理を読みとっているのだろう。しょせんは無法のテロリストが語り並べる綺麗事にすぎず、また異能者は神のつかいなどではない。社会は少数派の異能者ではなく大多数の通常人が話し合って、良いと思うほうへと動かせばよい。それが剣聖として大衆の人気を得ていた悟の考えかたである。


「会話は平行線をたどる一方だな」


 恩田は、つなぎのポケットから一本の筒状の機械を取り出した。それはシンプルな形をしたシルバーメタリックのグリップである。


「ならば君を排除せねばならん」


 その、恩田の宣戦布告とともに、柄の先端から青く光る直線状の斬突部があらわれた。それは東京にある日本最大の武器メーカー時島ときしまインダストリーのロゴがうたれた光剣で、型番はTH-0405と刻印されている。市販品であるが、裏のルートで流れていたものだろう。


「やはり光剣ホーシャは日本製に限る。最近仕入れたものだが、すぐに手に馴染んだよ」


 恩田はTH-0405を片手中段の高さに置いた。時島インダストリー製の武器は世界トップレベルの精度を持つと評されるAIオートチューナーを標準装備している。使用者のクセから斬突部の微妙なしなり具合、持ち手にかかる斬撃時の負荷伝達量を自動計算するもので、何度か素振りするだけでオートチューニングされる。基本的には試運転シェイクダウンが不要であるとされ、その汎用性の高さから世界各国の異能者機関に輸出されている。そして、そういう逸品が裏市場に出回っているのも今の世である。


「それには同意するよ」


 悟はフライトジャケットの懐に手を入れ、ホルスターからオーバーテイクを抜いた。同じ筒状の柄だが、こちらはブラックメタリックの輝きを放っており、より機械的なデザインの無骨な美しさを誇る。鹿児島にある藤代アームズの天才マイスター早乙女さおとめ睦美むつみが設計した光剣で、かつては剣聖スピーディア・リズナーのトレードマークとして知られた。悟に合わせた重量配分が施されたカスタムモデルであり、最近流行りの電感式スティムレータやレンジアジャスターなどといった最新機構は備えていない。すべてが使用者のマニュアル操作によって動く光剣である。


 木々に囲まれた裏山の斜面にて、両雄はしばし沈黙した。かたや異能業界のスーパースターたる身分を隠し鹿児島に潜伏している伝説の男、かたや女子供を人質にとる無法のテロリスト。ただし正邪善悪の物差しで測れる者たちではない。そのような枠を超えた男たちである。


 斜面の下方から恩田が飛んだ。彼が初手に選択したのは空中からの斬撃だった。青の光剣が深夜の曇天に弧を描く。狙いは剣聖の面である。



 


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