寒風吹きすさぶカクヨム界隈。
その中でも特に日の目を見ない辺境の荒野を、彼女はひたすらに歩き続けている。
「このあたりにいるはずなんだ。最後の更新から推測される地点は、きっと……」
不意に、かすかに光るものが視界の隅に映る。
目を凝らすと、金属が太陽の光を反射しているのだとわかった。金属は、一定のリズムで上下に動き続けている。
「もしかして……彼らのスコップ? そうだ、間違いない!」
寒空から注ぐ弱々しい日光を受けながら、カクヨムという厳しい大地を一途に掘る彼らのスコップ。
彼女は疲れた脚を叱咤し、彼らのもとへと急いだ。
「隊長、疲れましたね。このままじゃ今日も坊主ですよ」
「貴様、諦めるのか! ホコリを持て、ホコリを!」
「もう埃だらけで……あふんっ。ぶたないでくださいよ」
「その埃ではない! 誇りだ、プライドを持てと言っているのだ!」
疲れているはずの彼らの会話であるが、遠くまでよく響いてくる。彼女は声に励まされて急いだ。
そしてついに、その目的地に到着した。
「スコッパーの隊長さんと隊員さんとお見受けします!」
埋もれた中長編を掘る手を止め、振り返る隊長と隊員。
その姿は数十万字もの砂にまみれ、その目元は文字を追い続ける眼精疲労のために落ち窪み、見るも無残な有り様である。
「いかにも、俺はカクヨム界隈で埋もれちまった良作を掘り起こすために日夜勤しむスコッパーの隊長、こいつは部下の隊員だが、貴様は何者だ?」
彼女は目を輝かせた。
背負っていたリュックサックを下ろすと、中から紙の束を取り出す。
「私、あなたがたが書いた感想に感銘を受けて、ここまで探しに来たんです!」
彼女の手にあるのは、まさしく『埋もれちまった悲しみに/作者 犬のニャン太』と題された創作論・評論である。
面映ゆそうな笑みを浮かべ、しきりに頭やら頬やら掻く隊長と隊員。
「貴様は、その、何だ、俺たちの仕事を読んでくれたのか」
「隊長、嬉しい反面、とても照れくさいですね」
彼女は紙の束を大事そうにリュックにしまうと、隊長と隊員に熱弁を奮った。
「読み手よりも書き手の方が圧倒的に多いと言われるカクヨム界隈で、丁寧に中長編を読んでは創作論として紹介し、しかも作品にぴったりの小話まで添えてくれるスコッパーなんて、お二人である犬のニャン太さんを除いてはほかにいません! 私、尊敬しています! 本当に素晴らしいです!」
「そうか。しかし、そこまで誉められると照れてしまうな」
「私、正直なことを言っているだけです。あの、もしよかったら、お二人の感想をもっと読ませていただけませんか? 実は私も一枚、感想を持ってきたので、交換で読んでみたいなって」
「隊長、これは新しい展開ですね! 自分、なんだかワクワクします!」
気恥ずかしそうな仕草で一枚の感想を差し出す彼女。
隊長と隊員はポケットの中に押し込んでいた感想をすべて取り出した。スコッパーの先輩として、より多くの手本を彼女に示してあげようという親切心である。
その瞬間、一陣の風が吹き抜けた。
いや、風ではない。
「ふふふ、聞きしに勝るお人好しだね、隊長さんに隊員さん」
たった今まで素直な態度を示していた彼女の左手には、スコッパーの二人から風のように強奪した感想の束がある。
そして、右手には抜き身の刀。
「き、貴様、騙したな! うっ」
「動くな。動けば斬る」
「な、なぜこんな馬鹿な真似をするんだ!」
彼女は刀を二人に向けたまま、かわいらしく小首をかしげた。
「こういう展開の方がおもしろいから、っていう理由じゃ駄目? この紹介スタイル、一回乗っ取ってみたかったんだよね」
隊長の目の端に、地面に落ちた一枚の感想が映る。
彼女の手からこぼれ落ちたのだろうそれは、彼女自身が書いたもののようだった。
◆スコッパー中のスコッパーによる名著を紹介します。
タイトル:埋もれちまった悲しみに
ジャンル:創作論・評論
作者:犬のニャン太様
話数:19話(最終更新 2016.12.8)
文字数:40,772文字(連載中)
評価:★103 (2017.1.16現在)
最新評価:2016年12月15日 14:12
URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054882000825
検索時:『埋もれちまった』で検索しましょう。『スコッペスト』でもヒットします。
キャッチコピー
腕が折れようと心が折れようと、掘るのだ。ただし筆だけは折るなよ。
感想★★★
タイトルのとおり、数多の作品の中に埋もれてしまった良作を掘り起こして紹介する創作論・評論です。
紹介時点で星の数が少なかった中長編が、その世界観を端的に表現する小話とともに掲載されています。
カクヨムにおいて、レビューの書き手の多くは、ヨムよりもカクをメインに活動するユーザーです。
執筆時間を削って読書に当てるため、数分で読了できる短編にレビューが集中してしまうのが目下の現状。
しかし、そうした高評価の短編の下に埋もれた中長編には、はっとするほどの名作がたくさんあります。
『埋もれちまった悲しみに』はそうした作品を掘り起こし、書き手に勇気と希望を与える貴重な評論集です。
また、既に本作のファンが口をそろえているように、紹介の導入の役割を果たす小話が素晴らしい。
私もこうして書いてみて痛感しましたが、紹介する作品の世界観に忠実でありつつ一つの掌編として成立した小話を書くのは、時間と労力を必要とする大変な仕事です。
スコッパー中のスコッパー、スコッペストたる犬のニャン太さんの熱意と誠意に、賞賛と感嘆が尽きません。
『埋もれちまった悲しみに』に掲載された作品を読んでレビューを書くときには、タイトルの頭に【埋】を付けましょう。
作者様がこっそり喜んでくれるそうです。
ぜひご一読ください!
そして新たな良作のスコップにチャレンジしてはいかがでしょうか?
3話目以降で紹介された作品を読めば、この作品の本当の凄さを感じる事が出来るでしょう。
紹介前のショートストーリーは紹介作品に近い世界観を舞台にしたコメディタッチの仕上がりで、これが読み物として充分すぎるクオリティーの高さです。
ですが、それだけじゃなかった。
凄い。
本当に驚いた。
紹介作品を読んだ人間にしか解らない仕掛けが、いくつも隠れていました。
それに気づいてショートストーリーを読み返すと、なんだかニヤニヤしてしまうのです。
こんな細かい仕掛けを入れ込んで、いったい何人の人がそれに気付くのだろう。
もしかしたら紹介作品の作者さんだけが気付くような仕掛けがあるのかもしれない。俺の気付かなかった仕掛けがまだあるのかもしれない。
こうなってくると俄然、紹介作品を読む気が湧いてくる。
欲を言えば、2話目で紹介された2作品にもショートストーリーを追加してもらいたくなる。
今週末は読書がすすみそうです。
カクヨム内の作品紹介を目的とした作品。その中でもこれは「完結済みの中長編」に焦点を当てたものになっています。
現状のカクヨムはシステム的に長い作品は弱いです。新着が集客としてほぼ機能していないので、長編の強みである「新着に載る回数が多い」というメリットが生かせず、簡単に読める短編や一発ネタがランキングを席巻する。結果、読み手としては「この5000文字は確かに面白かったけどこれに★をつけるせいであの200000文字が埋もれるのはいかがなものだろう」とか余計なことを考えてしまい、書き手としては短編や一発ネタを投稿したり企画ものに参加したりするのに二の足を踏む。
おそらくこういう状況に「納得」出来ていないから、本作の作者さんはこのような作品紹介を行っているのだと思います。僕も同様に「納得」出来なくて近況ノートを書いたことが2回ほどあるので、そういう衝動に駆られる気持ちは分かります。
本作から辿り着いた作品はレビューに【埋】とつけるアイディアは面白いです。そういう目印からこういう活動をしている人がいると広まれば、完結済み中長編にもっと光が当たるのではないかと思います。紹介されたものの中で琴線に触れるものがあったらやってみますね。