第2話 後編

「やあ、フィアンナ。やけに嬉しそうだけど、どうしたんだい?」そう尋ねるマリアに対し、フィアンナは涙の痕が残った顔で破顔して言った。「弟が、弟が生きていたんです!本当に、良かった…!」そう再び涙を浮かばせながら顔を手で覆うフィアンナに、ミヒャエルは言った


  「無事に脱出…『脱走』できて生きていて良かったね!ああ、もちろん、『脱走』は罪だけど」とカーツウェルを見て、カーツウェルは「最近は西側の『脱走支援団体』が活動を活発にしているからな、最近は脱走成功者が多く問題だ」と肩をすくめてみせた。


 フィアンナは自殺未遂をしなくなった。そしてそれまでいくら話しかけても呆然とし無気力であったのが、とても快活になり、それまでの4人の病室は、重苦しい雰囲気だったのが、明るく談笑が尽きない部屋となった。


カーツウェルは様々な知的に面白い話をしマリアは興味深くそれを聴き、ミヒャエルはおどけながら雑誌記者での実体験の話を面白おかしく話し、場を沸かせた。マリアは温かい微笑みと優しさでフィアンナを包み込み、身寄りの無いフィアンナはとても幸せそうだった。


しかし、フィアンナの病状が急速に悪化したのは、『手紙』からちょうど3ヶ月後だった。頭が激痛に襲われフィアンナは苦しみが隠せなかった。「フィアンナ!死ぬんじゃないよ、弟さんが悲しむ、頑張ろう!」とマリアが泣きながら、カーツウェル、ミヒャエルも必死に祈りを尽くしていたが、「私は今が一番幸せです、だから皆さんと居る時間を大切にしたいです」と弱々しく微笑んだ


マリアとミヒャエルは沈黙し、「苦しいのを楽にしてもらうのを優先してくれるようドドクトルに言おう」とカーツウェルはモルヒネの投与を勧め、フィアンナはモルヒネによるターミナルケア…当時は終末期医療という言葉はなかったが…を望んだ。


「フィアンナ、今日は窓からフォルクスパーク・フリードリッヒスパインでも観に行かないかい?」そういうマリアに、後ろで微笑んでるミヒャエルに、優しい顔をしたカーツウェル。

「はい、行きます。よろしければ、皆さんも…」と後ろに話しかけると、「せっかくだし、お供することにしようかな」とミヒャエルは言い、「行きたいのだが検査が13時から入っててね。3人で楽しんで来なさい」そうカーツウェルは言い、「だが誘ってくれてありがとう」と付け足した。


   屋上から見るフォルクスパーク・フリードリッヒスパインはクライナー池やグローセル池も見渡せ、病室から出た事がなかったフィアンナは澄み切った青空で心が「生」の世界に憧れつつ感動を覚えた。


「こんなに外が綺麗で、生き生きしているなんて…」


   感動するフィアンナを見て微笑むマリアだったが、「あっちの方が…『壁』、西ベルリンですよね…」そう呟くフィアンナにを見て、「弟さんは元気にしてるよ!何せ「向こう側」に行けたんだからね!」と励ますように言い、「そうさ、『西側』では『東』の人間を温かく受け入れてくれてるらしい。大丈夫だよ」と落ち着かせるミヒャエル。



「そう、ですね…弟は元気にしていると想います。そう願っています」と淋しげに答えるフィアンナに、ミヒャエルは「そうだ!同志カーツウェルが新鮮な果物をお見舞いに頂いたらしいよ。一緒に食べようと言ったから、あとで食べよう!」と言い、マリアは「それは名案だわ、ミヒャエル。フィアンナも果物好きかい?」と言われて、微笑みの顔でフィアンナは「はい!」と答えた。




   2日後の昼、病室から出ていたマリアが帰ってくると「フィアンナ、私の娘が…、花束を持ってきてくれたんだよ。飾っていいかい?」そう抑えられつつも痛みに耐えているフィアンナに優しく尋ねた。フィアンナは「これが…この、お花を見ているだけで、力が…「生」の力を感じます…」と答え、マリアは「私もさ」と短く答え微笑んだ。ミヒャエルはとカーツウェルも力強く頷き同意の意を表した。


 それから3日後、意識障害を起こし、「フランツ…おじいちゃん…お父さん‥お母さん…」と繰り返すのが精一杯で。それだけの想いを持つ家族への強い想いを見て、マリアは手を握り祈り泣きながら「フィアンナ、私は、私達はここにいるよ。フィアンナが戻ってきてくれるのを待ってる!」「そうだ、頼む、目覚めてくれ…老い先短い私より、先に死ぬなんて、そんなのはあってはならない…」とカーツウェルはかがんでもう片方の手を握り、ミヒャエルは目頭を熱くし涙を耐えた。


 そしてその翌日、彼女の意識は完全に失われた。「ドクトル、なんとか、なんとかできないのですか!?」と詰め寄るマリアに、カーツウェルが制し、「私も素人で分からないが、脳腫瘍でも最も手に追えないものだ…手術すら難しい。フィアンナの痛みを楽にさせるのを優先しよう…」、そう3人が見守った。


その日の深夜3時頃にフィアンナが危篤状態になり、後から思えば苦しみでの呻き声で起きたのだろうが、ミヒャエルが「フィアンナ!?」と叫び、その声にマリアとカーツウェルが目を覚まし、「ドクトル!フィアンナの容態が!」と叫んだ。


その後搬送用ベッドをカラカラと音を立てながらナース達がフィアンナをそれに載せ替え、ドクトルは「処置室へ急げ!」と叫びながら走っていった。3人その後を追い処置室に着いたが、ドクトルはペンライトで瞳孔の検査をし、辿り着いた3人に対して首を振り、「3:27。ご臨終です。私達も手は尽くしたのだが…」と悔しそうに言った。


3人は遺体となったフィアンナに付き添い「フィアンナ…苦しかったね、頑張ったよ、偉いよ…」とマリアが泣きながら語りかけ、「フィアンナ…私を置いて、君が亡くなる…これほど、つらいことはない…フィアンナ、よく、頑張った…」とカーツウェルが目頭を熱くし言い、「フィアンナと見たあの青空に、旅立っていくのを、心から祈るよ、辛かっただろう…」とミヒャエルも目の涙を耐え、3人が見守り必死で冥福を祈り、短すぎる生涯を閉じた。


 3人が重苦し過ぎる、それぞれの想いを胸に病室で横になり、マリアは枕を涙で濡らし、ミヒャエルは窓の外をにらむように見て、カーツウェルは目をつむり、感慨にふけっているようだった。それぞれがフィアンナとの短すぎる思い出にそれぞれが浸っていたが、ナースは死が当たり前なため仕方がないにせよ、彼女の居たベッドを次の入院患者のために治していく中、ふとベッド脇のチェストに気づいた。


「マリアさん、ミヒャエルさん、カーツウェルさん、亡くなられたフィアンナさんからの手紙がサイドチェストに入っていたのでお渡しします」といい、驚いた表情の3人にそれを押し付けるように渡すと病室から出て行った。


 その手紙は次のように描かれていた。


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「親愛なる家族の皆さんへ

 私は父は政治犯として収容されて3歳の時に亡くなり、母は持病の心臓病のため、5歳の時に亡くなりました。弟が全てでした。弟だけが血縁としての家族でした。でも、マリアさん、ミヒャエルさん、カーツウェルさんは、私のお父さんお母さん、そしておじいちゃんになってくれて、本当に嬉しかったです。そして、私のために弟が生きているという手紙を書いて下さった事も。


 実は弟は耳が生まれながらにして聞こえません。手紙を読ませて頂いた後、しばらくして思い出して気が付きましたが、それでも生きていてくれるのを信じられるような、すがるような喜びと、皆さんがどれだけ私の事を愛して大事にしてくださっていたか、涙が出るほど嬉しかったです。


 そして皆さんは私のために家族になって下さいました。その想いがとても嬉しく…だから呼ばせて下さい。お父さんお母さん、おじいちゃん、ありがとう。私のために、愛情を尽くしてくれて。お身体が良くなるのを願っています。         


                 フィアンナ・ハルトマン 」

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『手紙』 露月 ノボル @mirumir21c

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