ごんごのいるまち。

殻半ひよこ

いつものかえりみち。


 北部西部に中国山地、東を向けば美作台地、南に広がる吉備高原。

 四方を立派な自然に囲まれ、岡山県の津山市は今日も今日とて季節を謳う。

 つまり、夏真っ盛り、七月下旬の夕暮れは、まだまだ昼日中のように暑い。


「まあ、慣れたもんじゃけどねー」


 夏は暑くて冬寒い、と言われる盆地の気候も、十六年間慣れ親しんだ身にとっては、とっくの昔に愛着のある環境だ。せっかく四季の豊かな国に産まれたのだし、どうせだから季節の変化をくっきりしっかり味わいたいと私なんかは考える。


「うんうん。冬はびゅーびゅーさぶいけんコタツでミカンが嬉しいわけで、夏はカンカン暑うてこそ、部活帰りの冷たいもんがたまらんのんよ」 


 部活道具のケースを担ぎ、正門から少し歩けば右手側にでっかい川が見えてきた。


 夕の陽を返してなが吉井川よしいがわ。北は三国山を水源に、津山の市街地を渡り、そして遠く瀬戸内海へと繋がる雄大な一級河川。

 その河川敷で、来月・八月の初めの土日に、この辺りではいっとうおっきい夏祭りがある。


 普段は散歩道や休憩所、身体を動かす広場として親しまれる河川敷に、端から端まで提灯が点き、ずらっと出店の屋台が並び、毎年多くの人たちが納涼や花火大会を楽しむ、大賑わいのイベント。

 それこそは、


「……あ、」


 立ち止まる。

 二日に跨るお祭りの、その先触れな設置途中の電飾を、じっと見つめる小さな姿。

 それを見つけた私は、河川敷に手を振った。


「テッちゃーーーーん!」


 名前を呼ばれたその子は、私を見つけると、その手を――


 ――小さくも立派な水かきのついた、緑色の手を振り返してくれた。


 岡山県津山市夏の風物詩、ごんごまつり。

 ごんごとは、この地方の言葉で【河童かっぱ】のことを指している。


            ≪●≫

           (・◯・)



 城見橋を渡ったすぐ向かい、河川敷の近くにはアルネ津山という食品売り場におもちゃ屋に服屋に図書館、おまけに音楽文化ホールまで、色んな店舗が入った便利ですっごいビルがあり、その一階で私はソフトクリームを二本買う。


「あ、ごんごだ」

「ごんごがおるー」

「おかーさん、ごんご、ごんご!」


 手を繋いで歩く私たちを見る、すれ違う人らの目線は“ほのぼの”だ。

 つまり、それくらい馴染んでいる。今や、ごんごが津山にいることは。


「せっかくやし、河原んほうで食べよっか」


 冷たいものは暑いところで、だ。

 店を出て、気持ち駆け足――川べりに辿り着いた私たちは、並んでベンチに座りソフトクリームを食べ始める。

 あまい。つめたい。きもちいい。

 

「おいしい、テッちゃん?」


 こくこくと頷く。

 今こうして、あたりまえに私の前にいる彼は、長い間、津山の人たちにとって“むかしばなし”だった。


【むかしむかし、吉井川には、河童ごんごが住んでいたらしい】。 

 そのように語られていた時期、ごんごはどうして人前に姿を見せなくなったのか、あるいはいなくなってしまったのかの本当のところを、わかっている人はいなかった。


 それでも津山の人たちは、今はもう誰も見たことのない【ごんご】がもう一度川に戻ってくるように、彼らの住処である川をきれいにし、また、そこにいたいと思える楽しい場所とする為に、河川敷でお祭りを続けた。


【よみがえれ川の魂】。

 また彼らに会いたい、という願いを目標テーマにして。


 果たして。

 ごんごは再び、津山の人たちの前に出てきてくれた。

 その光景を、驚きを、感動を、今でも私は忘れない。


 小学生のころ。

 両親と行った、夜の花火大会――そのフィナーレが終わった後、城見橋に設置された【ごんごの滝】の下から姿を現し、喜びの歌を歌ったごんごたちの姿。

 

「あれからもう十年かあ。随分ぎょうさんたくさん経ったのぉ」


 “むかしばなし”は、津山の人たちにとって、すっかりあたりまえになった。

 ごんごは時折顔を出し、川から上がって気まぐれ気ままに人々と縁を結ぶ。

 川に帽子を落とし泣いていたのを助けてくれた、私とテッちゃんのように。


「ね。テッちゃんは今度のお祭り、よぉるん?」


 その表情が、『もちろん』というのがわかった。

 ごんご祭りには花火大会の他に【ごんご囃子】という目玉のイベントがある。歩行者天国にした会場周辺の地区を参加者たちが踊りながら行進していくという、愉快で盛大なパレードだ。


 彼らが戻った十年前から、その先頭にはごんごが行くのが祭りの決まり。

 そして、どうやら今年のそれは、テッちゃんが担当することになったらしい。

 

「おー、そりゃあぶちえらい見せ場じゃねえ!」


 自慢げに誇らしげにテッちゃんは笑い、ソフトクリームの最後のひとくちを食べると、ごんご囃子の振付を踊り始めた。

 沢山練習したことが窺える、きびきびとした動き――私はふと思いつき、持っていたケースを開いて取り出す。

 中学の頃から使い込んだ、金色の相棒。


「いくでー、テッちゃん!」


 ごんご囃子、トランペット・ソロ・バージョン。

 日本のお祭りにしては風変わりな音色を、しかしテッちゃんは嬉しそうに、本当に楽しそうに、喜んで踊ってくれる。

 その様子を見ながら、私は思う。


 別々だったものが出逢い、思ってもみなかったことが起きるのは、こんなにも面白い。

 これからも、この気のいい、やさしい、むかしばなしの友達が、あたりまえにここにいてくれる街である為に。

 また彼らがむかしばなしに戻ってしまわぬように、私たちは、彼らと、彼らの住むところを、大切にしていこう。


 夕暮れの吉井川、トランペットの祭囃子が風に乗る。

 底抜けに陽気な雰囲気に引かれたのだろう、別のごんごが、水面にちゃぽんと顔を出した。


「おいで。一緒にやろ」


 その子は元気に水から上がり、見よう見まねで一生懸命、テッちゃんの振付をなぞり始める。


 トランペットの音色に合わせてごんごが躍るごんご囃子。その面白さに通りがかりの人たちも加わって、散歩をしていたおじいさんが、声を張り上げ見事な歌を添えてくれた。


 夕陽の空に藍がり、今夜最初の星が出る。

 この街は、明日もきっとよく晴れる。

 

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ごんごのいるまち。 殻半ひよこ @Racca

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