第3話 おばけの国からの脱出

 でもここまで体を張って僕を元の世界に帰そうとしてくれているんだから、その想いに応えた方がいいよね。そうじゃないと彼のした事が全部無駄になる。

 魔女はこのハロの態度にすっかり切れてしまっていた。


「ハロォ……あんた、本気で私を怒らせたわねぇ……」


「ハロ……」


 魔女のあまりの迫力に僕は体が動かなくなってしまっていた。頼みの綱のハロもそう何度も魔女の魔法には耐えられない気がする。思わず僕は彼の側に行こうと一歩足を動かした。その様子を見たハロは大声を上げて僕を静止する。


「来ちゃ駄目だ!ここまで来て……門の前まで来て君を帰らせられなかったら……君をここまで導いて来た意味がなくなっちゃうだろ……」


「後悔は地獄でするんだね!」


 魔女は得意の魔法でハロを攻撃する。それは命令に従わなかったお仕置きにしてはかなり過剰な仕打ちだった。


「ギニャァァァァ!」


 電撃のような攻撃魔法を受けたハロは苦痛で顔が歪む。彼の体は小刻みに痙攣し、何かが焼ける匂いまでして来て、それはとても見るに耐えなかった。

 僕は魔女にその魔法をやめてくれるように懇願する。


「やめて!やめてよっ!」


「さあどうする?ハロを助けたかったら大人しくこの国に残りな」


 ハロを攻撃すれば僕の心が動く事を察した魔女は早速それをうまく利用する。その卑怯な手段を前に、僕はどうしたらいいのか分からなくなってしまっていた。

 もう少ししたら門が開くのに。もう少ししたら帰れるのに――。


「僕の事は気にするな!君はこの国にいちゃいけない!」


「でも……でも……」


 攻撃魔法を受けながらハロは精一杯強がって僕を逃がそうとしてくれている。それは分かっている。どうしようもないくらいに頑張って、僕の為に魔女の魔法に耐えているって。それでも僕は……ハロが苦しんでいる姿をこれ以上見たくはないよ……。

 悩んでいる僕を見て魔女は次の手を打って来た。


「おばけ達!新しい住人を逃がすんじゃないよ!」


 魔女の言葉を受けて空にふわふわと浮かんでいたこの国中のおばけ達が一斉の僕のもとに寄って来る。見た目こそファンシーなおばけ達だけど、それが一斉に自分の周りに集まってくると流石にそれは一種のホラー体験だった。


「うわあーっ!」


 その恐怖に僕は思わず頭を抑えてしゃがみこむ。おばけ達は僕に何か危害を加える訳じゃないみたいだけど、このままじゃ門が開いても怖くて動けないよ。

 そんな僕の様子を目にしたハロは魔女の魔法攻撃に耐えながら僕に助言をする。


「大丈夫!落ち着いて!おばけ達は目に見えても触れない、君がまだ人間の内は怖がらせる事しか出来ないんだ!」


「あれ?本当だ……」


 ハロの言葉を聞いて冷静になった僕がおばけ達をよく見ると、確かに彼の言う通りだった。こちら側からも触れないけど、おばけ達からも僕に直接触れる事は出来ないようだ。この事実を知って僕は少し安心する。


「だから勇気を持って!一歩踏み出して!」


「ハロォ!よくもバラしたねぇぇ!」


 おばけの秘密をハロにバラされた魔女は更に激高してハロを責める。その魔法の激しさに僕は思わず目を覆っていた。


 そんな時だった。境界の門が音もなくゆっくりと開き始める。門から漏れる光はおばけの国全体に広がっていく。それはまるで夜の暗闇を引き裂く朝の光のようだった。その光の強さに僕の周りを漂っていたおばけ達は一斉に離れていく。


「うわっ眩しい!」


 その光の眩しさに僕も同じように動けないでいた。するとすぐにハロの声が飛んで来る。


「早く!行くんだ!」


「でも、ハロが!」


「そうだよぉ……君が門を出ていったらハロはどうなるかしらぁ?」


 門の外に出れば僕は元の世界に戻れる――。それはハロも望んでいる事。

 だけど――このまま門の外の僕が出ていったらハロは――ハロは一体どうなっちゃうんだろう?魔女は決して彼を許さない。僕のせいでそんな――。


「行けって、言ってるんだ!」


 躊躇している僕をハロは残っている力を振り絞って精一杯の力で突き飛ばした。その勢いで僕は門の外へ放り出される。


「うわっ!」


 このハロの突然の行動に驚いたのは魔女も同じだった。どうやら不意を突かれた魔女は何か手違いをしてしまったようだ。


「わっ、バカッ!」


「ギニャウ!」


 魔法の過剰な力の暴走にハロは黒焦げになってしまった。元々黒かったけど。叫び声を聞いた僕は思わず振り返った。


「えっ?ハロ?」


 振り返った僕の目に映ったのはピクリとも動かなくなったハロの姿だった。その姿を見て僕はもう一度大声で彼の名前を叫んでいた。


「ハローッ!」


 結局僕は最後までハロに助けられてばかりだった。門の外に出た僕は現実世界に戻っていく。あれほど大きかった境界の門はどんどん遠くなっていく。

 助かった安堵感とハロを犠牲にした後悔が僕の心の中をぐるぐると回っていた。


「全く、馬鹿だよ。折角壊れないように力を調整していたのに」


 黒焦げになったハロは本来の姿に戻っていた。そう、ハロは元々魔女が魔法をかけて命を吹き込んだ人形だったんだ。


「あんたがひとりで淋しそうだったから友達を連れて来たのにさ……」


 魔女はそう言ってもう動かないハロに話しかける。僕をこの国に連れ込んだ本当の理由は淋しそうにしていた彼の為だったんだ。


「そんないい顔してたら怒るに怒れないじゃないか」


 魔女の胸の中で人形の姿に戻ってしまったハロは、それでも自分の目的を達成出来て満足した顔になっていた。そんな彼の顔を見て、魔女はもう一度彼を強く抱きしめるのだった。


 気がつくと僕は街の真ん中で倒れ込んでいた。周りの人が僕を助けようと騒ぎ始めている中、何事もなかったように僕は立ち上がる。その様子を見てみんな安心したのか、人だかりは徐々になくなっていった。

 心配してくれた人にお礼を言って僕は商店街を歩いていく。


「ハロ……」


 ふと僕は空を見上げて、僕を助けてくれたあの勇敢な黒猫の事を思い出していた。星の出ていない夜空はずっと黙っているままだった。

 気を取り直してまた歩き始めた時、僕はあるファンシーショップのディスプレイの前で立ち止まる。


「あっ!」


 そこにはハロそっくりに黒猫のぬいぐるみが飾られていた。僕は何だかそれがすごく欲しくなってそのお店に入っていった。


 今夜はハロウィン。年に一度おばけ達がこの世に現れて彷徨い歩く日。僕はこの日、新しい友達と出会ったんだ。


(おしまい)

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おばけの国から大脱出 にゃべ♪ @nyabech2016

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