第2話 魔女に見つかった!

「どうして今回は僕を?」


「募集をかけても集まらなくなったんだよ。それでメイヤ、これ、魔女の名前だけど彼女、焦っちゃって。生きている人間をさらって来ようって話になって……僕はまさか彼女がそれを実行するなんて思ってなかったんだ」


「そう言う事だったんだ……」


 つまりハロは魔女が人間をさらってくるって言う話を本気にはしていなかったと。それで本当に僕がさらわれちゃったものだから、これは良くないって思って逃してくれた――って言う事なんだろう、きっと。

 そんな訳で謎が大体解明出来た頃、背後から誰かの叫ぶ声がする。


「ハロ!」


「うわっ!」


 その叫び声が突然聞こえて来たものだから僕は驚いて大声を上げる。それからその声の方向に顔を向けると、そこには見覚えのある人影があった。

 あの時、僕に飴をくれた魔女のコスプレをしたおねーさんだ!お約束のようにほうきに乗ってこっちに向かって飛んで来ている。

 彼女は自分の使い魔であるハロに向かって怒号を浴びせていた。


「あなた一体どう言うつもり? その子を逃がそうだなんて!」


 魔女の言葉にハロはうつむいて何も答えない。僕は彼女のそのオーソドックスな登場に思わず声を上げていた。


「魔女のおねーさん……本物だったんだ!」


「ふふ、そーよう。僕、おねーさんと一緒に暮らしましょうね?」


 ハロと一緒に逃げている僕を見て魔女、メイヤは妖しげな表情になってそうささやいた。その言葉に僕は今の自分の気持ちを素直に訴える。


「い、嫌だ!僕は家に帰るんだ!……か、帰らせてください!」


「ここもいいところよーう?あなたもおばけになったら分かるわあ。ここにいればテストも宿題もないのよ?それにこの国のおばけはみんないいひと達ばかりなんだから♪」


 拒否る僕を見て魔女は急に猫なで声になってこの国の住人になるメリットを伝えてくる。確かにその言葉に魅力を感じないでもなかった。

 でもそれは僕の家族や友達との永遠の別れとも引き換えだって言う事も分かっていた。だから僕は魔女の言葉には耳を貸さなかった。


「急ごう、時間がない!」


「ハロ!あんたは黙ってな!まさか私を裏切るとは思わなかったよ!」


 予想通り、ハロは魔女にきつく叱られている。上下関係で言えば魔女の方が上なだけに僕はこのやり取りが気が気じゃなかった。僕は心配になって彼に声をかける。


「あ、あんな事言ってるよ?」


「帰りたいんでしょ?僕の事はいいから!急いで!門は一年に一度しか開かないんだ!チャンスは今しかないんだよ!」


 なんと、元の世界に戻る境界の門は一年に一度しか開かないらしい。だからハロは必死になって僕を逃がそうとしてくれていたのか。

 僕は彼のその気持ちが嬉しくなって、逃げる足に一層の力を込める。


 そんな条件だからこそ急いで門に向かう僕らに向かって、魔女は恐ろしい言葉を投げかけて来た。


「そう、だからここで足止めすれば君はここの住人と同じになるの。逃さないわっ!」


「ぎにゃあああ!」


 魔女の魔法がハロに直撃する。ダメージを受けた彼は痛そうな叫び声を上げてふっとんだ。


「ハロ!」


「い、急いで、ほら、門がもう見えてる!」


 僕は心配になって足を止めようとしたけど、彼はすぐにそれを止めて先へ進むように促した。僕はハロの気持ちを受け取って頑張って先に進む事にする。


「分かったよ、ハロ!有難う!」


 それが面白くないのは魔女だった。彼女はすぐに走り去る僕にも魔法をかけようとする。


「逃さないって……」


「逃さないのは僕の方だよ!」


 魔法をかけようとしている魔女にハロは体を張って立ち塞がった。その姿を見て魔女は脅しとも取れる言葉を彼に言う。


「あんた……分かってるのかい!主人を裏切った使い魔は……」


「罰を受けるのは分かってる。それでも……それでもこんなやり方は間違ってる!」


「くっ、しばらくそこで眠ってな!」


 魔女はそう言ってハロに魔法をかけた。僕は振り向かずに走っていたからどうなったか分からないけど、どうか彼が無事であるようにと心の中で祈っていた。

 走り続けた僕はついにハロの言っていた境界の門に辿り着く。


「やった!門だ!」


 その門はとても大きくて、威厳を感じるほどに立派だった。特に何の装飾も施されていないシンプルな門だったけど、だからこそ削ぎ落とされた美しさを感じる。

 その大きさは高さだけでも20mはあるだろうか――鋼鉄で出来ているように見えるその扉は人の力ではどうやったって開きそうになかった。

 それから、その扉は扉だけが独立して建っていて、まるで芸術作品のようでもあった。例えるならどこでもドアの巨大版と言った感じだ。


 門に着いた僕は嬉しくなってすぐにその入口を探したけど、巨大な門は完全に閉まっていて、どこにも開きそうな気配はなかった。


「あれ?開いていない……どうして?」


 もしかしてハロが嘘をついていた?

 でも主人に逆らってまで僕に嘘をつくはずがない。きっとこれにはまだ何か理由があるんだ。僕は開かない門の前でどうしたら通れるようになるのか頭を悩ませる。


「まだ夜になってないからだよ!」


 腕組みしながら悩んでいる僕の前に魔女が突然現れる。その突然の登場にまた僕は大声を上げてしまった。


「うわっ!魔女!」


「どうしたんだい?もうおねーさんとは呼んでくれないのかい?」


 妖しく笑う魔女を前に僕は彼女に聞きたかった質問をぶつける。


「どうして、僕なんですか?」


「いや、誰でも良かったのよね。君が私のお菓子を手に取ってくれた、それだけのお・は・な・し♪」


 魔女は妖しい笑みを崩さないまま、僕を選んだ理由を口にする。その答えを聞いた僕は当時の事を思い出してさらに質問を続けた。


「みんなにもお菓子を配っていたよね!まさかみんな……」


「あーそれね?100個のお菓子の中にひとつだけ当たりを入れておいたのよ。ゲームみたいで面白いでしょう?」


 この魔女のカミングアウトに僕は固まる。誰でも良かったって言うのは本当なんだ――そうして僕ひとりだけがこんな目に――。


「じゃあ僕は……」


「運が良かったわねぇ。さ、戻りましょう。おばけのお仲間が待っているわ。彼らにも紹介してあげないと」


 魔女はそう言って僕に手を差し出してくる。その手を取ってしまったら全てが終わると感じた僕は必死にその申し出を断った。


「い、嫌だ!嫌だーッ!」


「あら?そんな態度を取るなら私にも考えがあるんだけど?」


 誘いを断られた魔女の口がぐにゃりと歪む。その顔は絵本で見た事のある邪悪な魔女そのものだった。何をされるか分からない恐怖に僕はブルブルと震える。


「やめろーっ!」


「ハロッ!」


 恐怖に体が硬直していた僕の前にハロが現れる。魔女に魔法を受けてボロボロになった体で駆けつけた彼は僕に希望の言葉をかけてくれた。


「後3分で扉が開く、その時に思いっきり走るんだ!きっと帰れるから!」


「でもハロは……」


「僕の事はいい、大丈夫だから!」


 僕の心配の声にハロは強がりを言っていた。魔女の攻撃を受けてボロボロなのは一目瞭然なのに。

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