第3話 雪に目覚めし孤独な盾(3)




 あれから、お姫様の後にも人がたくさん来た。

 ――が、誰も私を手に取ってはくれなかった。


 四人目の王子様は、魔法の杖を。

 五人目のお姫様は、扇を。

 六人目の王子様は、魔法書を。

 七人目の王子様は、妖刀を。


 いったい何人の王子と姫がいるんだー! と、何度心の中で叫んだだろうか。

 もちろん、クリスの情報によって最低八人兄弟だということがわかっているのだけれど。


 別にいいよ。家族が少ないよりは、きっといい。でも、そのたくさんいる兄弟の誰もが私を選ばないとはどういうことなのか。解せぬ。選ばれない悔しさで呪いの盾になってしまいそうだよ。

 嫌な汗が、私の背中を伝った気がする。

 盾はそんなにも需要がありませんか? 攻撃から体を守る大切な装備じゃないですかね、盾って。


 ――はぁ。

 ため息をつきたいところだけど、口のない私にはそれも出来そうにない。


 私が、選ばれていく宝物たちを見送っている間に何をしていたかというと――魔力の吸収だ。

 自分の意志で止めることが出来ないのだから、ずっと魔力を吸収している状態なんですよ。近づいて来た生物、つまり人間の魔力をオートで奪っている状態。

 証拠に、私の魔力ポイントは王子たちが来る度に増えていったのだ。


――――――――――――――――

《緑王の盾:システムメニュー》

 魔力ポイント:1,400

 物理防御力:Lv.1

 魔法防御力:Lv.1

 魔力吸収:オン

 光合成:オフ

――――――――――――――――


 ――が。吸い取っても、使い道がないので魔力ポイントは溜まる一方。

 やっぱり王族に名前をもらわないと、使うことが出来ないのかもしれない。そうすると、汚い盾と罵られた私には……正直、絶望的だ。

 残っているであろう王族は、増えていなければあと一人。自分が選ばれる自信は……これっぽっちもなくなっていた。


 動けないまま落ち込んでいると、軽い音を立てて豪華な扉が開いた。

 ああ、また王族が来たのか。どうせ私を選ばないならば、とっとと決めて帰ってしまえ! そんな風に考えれば、少しだけ、いつも来ている王族とは雰囲気の違うお姫様だった。


 もちろん、豪華な服に、綺麗な髪。可愛らしい姿は王族に相応しいものだろう。けれどどこか怯えている姿は、今までで一番年相応の姿だった。


「はふ……。ここが、宝物庫ですね。たどり着けてよかったです」

「ええ。コルネーリア様のお力です」

「ありがとうございます」


 おそるおそる宝物庫に入ってくるお姫様は、コルネーリアという名前らしい。

 きょろきょろと部屋を見回して、「武器なんて恐ろしいものを手に取るなんて……」と涙目になっている。


 ――もしかして、私を選んでくれるのだろうか。そんな淡い期待が、胸に生まれる。


 王族としての義務か、誇りか。コルネーリア姫は、すべての武器を見るという行為はするらしい。

 剣を前にして、人を傷つけたくないと涙を流す。槍を前にして、恐ろしさに息を吞んでいた。大切に育てられてきた、末姫なのだろうということが容易に想像出来た。


「人を傷つける武器……。お兄様たちは、どうしてこれを手に取るのでしょうか」

「コルネーリア様。殿下方は、この国を守るために懸命に努力されているのです」

「……うそ。ヴィルフレドお兄様と、クリスティアーノお兄様が王位を争っていることくらい知っています。本当は、みんなで仲良く出来たらいいのに」


 寂しそうなコルネーリア姫の声は、この宝物庫によく響いた。


「弟は、人を傷つける武器を選ばなければいいのだけれど……」


 なんていい子なんだろう。そして私を汚いと言ったクリスはやはり最悪だったということがわかる。


「……私は、この指輪を選びます。誰かを傷つける力は、必要ありませんから」


 コルネーリア姫は可愛らしい指輪を選び、宝物庫を去っていった。私は選ばれなかったけれど、このお姫様に攻撃を防ぐための盾を持たせるのは――嫌だなと、思ってしまった。

 可能であるならば、お城の奥で健やかに育って欲しい。


 ――この国、想像していたよりも大変そうだなぁ。

 上の王子二人が王位を争っているなんて、よくある話ではあるのだろうけれど。平和な国で生まれ育った記憶を持つ私には、どれほど大変かまでは想像がつかない。

 もう誰も来ないと思ってたけど、まだ下に王子様がいたんだね。

 もし、これから来るコルネーリア姫の弟が私を選んでくれるのならば――優しい人だといいな。ため息をつき、そう思った。



           ◇ ◇ ◇



 最後にお姫様が来てから、どれくらいの月日が経っただろうか。体感では数年くらい経っているように思うけれど、実際はもっと短いのだろう。


 ――私の前で、再び豪華な扉が開いた。

 ゆっくり、全身を使って扉を押す様子がなんとも健気で――んんっ?


「はぁ……っ、やっとついたぁ……」


 涙ぐみながらひどく安心した顔を見せたのは、やはり六歳くらいの男の子。

 色素の薄い金色の髪に、金色がかった緑の瞳。水晶みたいでとても綺麗だと、一瞬見惚れてしまう。が、その姿に私は驚く。


 男の子は、王族とは思えないほどにぼろぼろだった。紺色の服は汚れ、腕や足には傷が出来ていて血が流れている。こんな小さな子供がなんてことだ! と、怒ったところで私は気付く。


 ――この子、一人だ。


 今までの王子や姫は、騎士やらなんやらでお供の人を数人、連れて来ていたのに。けれど、この子はたった一人……。

 未だ息を整えられていないようで、座り込んで休んでいる。


「疲れた……。けど、ここには誰もいないからいいなぁ……」


 安心したように微笑むこの王子は、儚気でとても可愛い。のだが、不憫な生活を強いられているのでは? ということを想像してしまった。

 護衛もいないなんて、見ている私が泣きたくなってしまう。

 すでに汚れてしまっているからか、床に直接座りうとうととし始めた。完全に瞳を閉じて眠りに落ちるまで、おそらく三分もかかっていなかったのではないだろうか。それほどに、体力を消耗してここへ来たのだ。


 そうだよ。ほかの王子は騎士を連れていたのに、この子は一人。

 ここへ来るまでの道のりはダンジョンになっているらしいから、戦うということもしたのだろう。その証拠に、傷がたくさん出来ている。

 どんな理由があるのかは知らないけれど、たとえどんな理由だったとしても、こんな小さな子を守らないなんて最低だ。

 やはり私は――とんでもない世界に盾として生まれ変わってしまった。


 それから一時間くらいだろうか。眠っていた王子は目を覚まして立ち上がり、自分の宝物を探し始めた。ゆっくりと部屋の中を歩き、自分の目で一つ一つ確認している。

 まるでガラス細工に触れるように、優しく宝物を手に取った。


「どれも、キラキラした武器……。でも、僕は魔法ばっかりで、剣とかは使えないからなぁ……」


 剣を触りながら、王子は首を傾げる。

 そんな様子を、私は微笑ましく見守ってしまう。今まで来た王子たちは、誰もが偉そうだったから。まぁ、王族だから当たり前かもしれないけれど――謙虚な心も大切ですよ、ってね。


 しかし、この子は魔法が得意なのか。それなら、選ぶのは杖や魔法書あたりかもしれない。それか、アクセサリー類。どのような効果かはしらないけれど、きっと魔法などを補助するものだろうと私は考えている。


「怪我をしたら痛いのに、どうして……。いや、仕方がないのかな」


 戦いなんてしたくはない。

 王子の目には、そんな思いが浮かんでいるのだが、すぐにそれを否定した。おそらく、国として戦わなければならない理由があるのだろう。

 それをこんな小さい子までが理解しているのは、とても辛い。


「でも、僕は人を傷つけるよりも……守る力が欲しいなぁ」


 見ていた剣を元に戻して、「ふぅ」と息をついた。

 そのままきょろきょろと部屋の中を見回して、アクセサリー類を手に取った。


「魔力を増幅させてくれるのかな? でも、こんな可愛いのじゃ僕には似合わないだろうし……」


 綺麗な宝石のついたブローチは、間違いなくこの可愛い王子に似合うと私は思った。さらに、将来は絶対儚気なイケメンになるに違いない。

 装飾品が似合わないなんて、断じてないだろう。


 私がそんなことを考えていれば――不意に、王子と私の視線が交差した。

 いや、そんなことがあるはずもないのだけれど。でも、王子は私の方へゆっくりと歩いて来た。そして容赦なく、私が気にしている言葉を言ってくれる。


「盾があったんだ。僕みたいに、独りぼっちだね」


 ――ぼっちでわるかったな!

 と、内心では思うけれど、王子の『僕みたいに』という言葉に胸がずきんと痛んだ。

 やっぱり、この王子は独りで過ごしていたんだ。ほかの王子たちにいじめられたりしているのだろうか、と心配してしまう。


 すっと、小さな王子の手が私を持ち上げた。

 初めて視界が動く浮遊感に戸惑いながらも、ドキドキと王子を見る。


 もしかして、私を選んでくれるのだろうか。何年も、ずーっとここで独りだった私を、外の世界に連れ帰ってくれるのだろうか。

 期待に満ちた瞳で、私は王子の金色の瞳に目を向ける。可愛く微笑んだ王子は、私をぎゅっと抱きしめた。

 無機質な盾だから温もりはわからないけれど、それはとても温かかった。絶対に、この子を守ってあげなければいけない。そんな気持ちが、私の中を駆け巡る。


「僕はハスティアーク。――君の名前は、ハーミア。どうか僕と、ともに生きて」


 泣きそうな声で、王子は紡いだ。

 この子の名前は、ハスティアークと言うのか。うん、いい名前だね、私のご主人様は。私の意思は、すでに決まっている。

 この子を守ってあげたいと、私の心が訴えたのだからそれに従うだけだ。


 ――オッケー! 私が守ってあげる!!


 ハスティアークが私に名付けをした瞬間、辺りが今までの儀式以上にまばゆい光を発した。

 まるで夜が明けたようなその光景は、私の気持ちを高揚させるに十分だった。私はやっと、選んでもらうことが出来たんだ。

 心優しい、この王子様に――!

 嬉しい。すごく、すっごーく嬉しい。どうしよう、もう、私は独りじゃない。

 私の世界が色づいた。



《システムバージョンアップ!:主人の登録が完了しました》

《システムリリース!:魔力ポイントの使用が可能になりました》


――――――――――――――――――――

《主人》

 ハスティアーク・スノウ・フールフェスト


《緑王の盾:システムメニュー》

 魔力ポイント:1,700

 装飾グレード:―

 物理防御力:Lv.1

 魔法防御力:Lv.1

 魔力吸収:オン

 光合成:オフ


《魔力ポイントメニュー》

 装飾グレードアップ:300

 物理防御力アップ:300

 魔力防御力アップ:300

 防御範囲アップ:5,000

 反射リフレクト機能追加:5,000

 魔法攻撃魔力吸収機能追加:10,000

 癒しの結界機能追加:10,000

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続きは、11月10日発売の書籍版『緑王の盾と真冬の国』でお楽しみください!

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【書籍版】緑王の盾と真冬の国 一章 カドカワBOOKS公式 @kadokawabooks

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