第2話 雪に目覚めし孤独な盾(2)




 ヴィルフレド王子がこの宝物庫から去って、どれくらいの月日が経っただろうか。私は何も出来ず、ぼけっと過ごしている。

 おそらく一年以上経っていると思うのだけれど……人の気配はない。もう、誰もここにはこないのだろうか。


 寂しいなぁ……。

 誰かと話をしたいなぁ……。


 そんなことを考えていれば、毎日眺めていた豪華な扉が静かに開いた。


 ――誰か来た!

 寂しかった私は大フィーバーですよ。


 扉から入って来たのは、金髪碧眼の綺麗な男の子だった。

 年齢は、宝物庫に来たときのヴィルフレド王子と同い年のように思える。この子も、きっと王子様なのだろう。騎士を何人か連れて、この部屋へ足を踏み入れてきた。


「兄上は聖剣を選んだ。私には、それ以上に、自分を強くしてくれる存在が必要だ」

「クリスティアーノ様なら、きっと見付けられましょう」

「母様のためにも、私が頑張らないといけないからね……」


 ぐっと拳を握りしめて、クリスティアーノと呼ばれた王子は部屋にある剣などを手に取って吟味し始めた。私のところまで来てくれるかな?

 ヴィルフレド王子は、私には……目もくれなかったから。ドキドキしながら様子を見ていると、どうやら部屋の中にある全部の宝物を確認するようだった。


「剣か……。兄上を抜かすのに、同じ剣を選ぶのも微妙だな。かといって、弓を選んでしまうと接近戦が弱くなるし、短剣では攻撃力が心許無い気がする」

「王の武器といえば、誰しもが剣を想像してしまいますからね」


 悩んでいるクリスティアーノ王子に言葉を返すのは、騎士の男性だ。きっちりと着込んだ服は、ゲームで見る装備そのもので格好良い。


「私は第二王子だからな。第一王子である兄上が、先に宝物を選ぶのは決まっていたことだ」

「この宝物を受ける資格は、六歳にならないと得られませんからね。逆を言えば、六歳になればすぐにここへ来て自分だけの宝物を選ぶということです」


 なんと! そんな決まりがあったとは知らなかった。

 つまり今ここにいるクリスティアーノ王子も、前回きたヴィルフレド王子も、六歳ということだ。

 こんな小さいうちから権力争いに巻き込まれているのかと思うと、なんだか可哀想。しかも、戦うための武器を選ばないといけないのだから、辛い世界だということは簡単に想像がつく。


「まぁ、私のほかに兄弟が七人もいるんだ。二番手に生まれたことを幸運と思うしかない」


 ――ということは、八人兄弟! さすが王族。多い、多すぎるよ!

 自分にも兄と妹がいたけれど、どちらかといえば兄弟は多い部類に入ったような気がするのに。

 もしかしたら、奥さんが複数いるタイプかもしれないな……。私、そんな国で上手く生活出来るのかなんだか不安だけど――人間じゃないからあまり関係ないのかな。

 だって、剣が恋人を作って結婚をする未来なんて、とてもじゃないけれど想像が出来ない。


「……本当は剣を選びたかったな」


 ぽつりと漏れた、クリスティアーノ王子の声。その小さな声は、きっと騎士たちには聞こえていない。私にだけ、聞こえてしまったのだと思う。

 そう言って、クリスティアーノ王子は部屋をくるりと見回す。


 真面目な視線は、不意に私へと向けられた。まさか、パートナーに選んでもらえるのだろうか。金髪碧眼王子の相方も、なかなかにいいかもしれないぞ? ふふり。

 予感は見事に的中し、その小さな手が私へと伸ばされた――の、だが。


「なんだこの汚い盾は……。とてもじゃないが、宝物には見えないな」


 ――え? えっえ?

 軽蔑するような瞳のクリスティアーノ王子。汚い盾とは、いったい何のことを言っているのだろうか。この部屋には盾なんてなかったはずなんだけど。

 けれど、現実はとてつもなく非情だ。騎士たちも私に視線を向けて、「確かに微妙な盾ですねぇ」と苦笑しやがったのだ!!


 ――つまり、私は剣じゃなくて…………盾だったのだ。


「そもそも、盾では戦うことも出来ないからな。本当は、剣で勝てたらよかったのだけれど……」


 寂しそうに、儚げに微笑む美少年。だがしかし、私は忘れない。汚い盾だと私に向かって言い放ったことを。


 王族だから王子と敬称を付けていたけれど、お前ごときクリスティアーノで十分だ! いや、むしろ勝手にクリスと呼び捨ててやるまであるね!

 クリスめ! 私が盾だと教えてくれたことはまぁ、感謝してもいい。しかし、私を選ばないという愚かな行為はきっと後悔する。

 間違いなく、私は高性能の盾。汚い姿はもちろん、仮の姿だと信じている。


 いや、間違いなく仮の姿だと私は断言しよう――根拠はないけれど。


「魔法の杖に、アクセサリーか。魔法も使えるが、これは駄目だな。もっと、直接的に力を示せるものがいい」


 そう言いながら、クリスは壁にかけられている双剣をその手に持った。


 黒い、漆黒の、闇のような深い色だ。絶対に強いやつだと、私が見てもすぐにわかった。――選ばれた武器たちは、王子たちの声を聞くことが出来ているのだろうか。

 そうだったら、その武器たちは人と会話をすることが出来るということだ。それはとても、魅力的で、羨ましい。


「では、名付けの儀式を行いましょうか」

「ああ」


 クリスは双剣を手に持って、部屋の中央へと立つ。

 双剣をぎゅっと握りしめ、クリスはその美しい瞳を閉じた。そして前回のヴィルフレド王子のときと同様に淡い光が部屋を舞う。


「双剣、お前に私とともに歩むための名を与える。――ダリア。それが、名だ」


 女の人に贈るような名前だなと、私はなんとなしに思う。

 しかし、漆黒の刃下には、赤く大きな花が咲いていた。確かに、それはダリアのように見えなくもない。


 ――羨ましいなぁ。

 そんな風に思っても、汚い盾と言われてしまった私はどうしようもない。

 汚い盾というのが本当ならば、私には一生パートナーとなってくれるような人は現れないのではないだろうか……。そんな不安が、頭をよぎる。

 私の不安なんてどうでもいいというように、騎士たちは次々にクリスを称える。


「素晴らしいです、クリスティアーノ様!」

「この双剣であれば、ヴィルフレド殿下の聖剣にだって太刀打ちすることが出来るでしょう!」

「ああ。ここまで無事に来られたのも、お前たちのおかげだな。帰りもダンジョンを抜けるまで、サポートをよろしく頼む」

「もちろんです」


 満足げに双剣を持ちながらも、「本当は一人で戦いたいのだが……」とクリスが呟く。

 しかしそれを制するのは、一緒にいる騎士だ。「私たちは、クリスティアーノ様の護衛です。使ってください」と告げる。


 うんうん、王子と騎士のいい話はわかった。でも、聞き逃してはいけないことが一つあったよね?


 ――ここ、ダンジョンの奥なの?


 クリスがダンジョンを抜けるまでと言った。つまり、ダンジョンを通ってここに来て、ダンジョンを通って帰るということだろう。

 ……そういえば、ヴィルフレド王子が来たときは、ここで休んでから帰っていた。

 宝物庫で休むのかと思っていたけれど、この部屋から出たら休めないという残念な現実があったのかもしれない。


「戻ろう。早くダリアを体に馴染ませたい」

「わかりました」


 しかし、クリスはあまり休むことなく部屋を出て行った。

 大切に抱きかかえられている双剣のダリアが、少し羨ましいと――思った。


《システムリリース!:一定以上の魔力を確認しました》



           ◇ ◇ ◇



 ひーまーだーなーぁー。


 どうせなら、ここにある宝物たちと会話が出来たらよかったのに。

 いや、そもそもここの宝物たちは本当に意思があるのかという疑問が浮かぶ。私は意思があるけれど、ほかの宝物にもあるかまではわからない。


 そして、わからないことはもう一つ。

 クリスが帰ったときに、《システムリリース》という声が脳内に響いた。が、それだけで――何かを出来るようになったとか、体に変化があったとか、そういうことはいっさいなかったのだ。


 まるで神のお告げを聞いてしまったような、そんなドキドキがあった。自分が選ばれた勇者とか、そんなありきたりな考えしか浮かばないけれど。

 でも、システムというのはあまりファンタジーっぽくない。どちらかというと、科学的要素に近いのではないだろうか。


 これは、もしかすると私の前世が日本人ということに関係があるのかな?

 魔法やダンジョンもあるこの世界だから、科学的というよりは、ゲーム的という表現をした方がしっくりするかなぁ。

 この謎が解けたら、自分のことをもっと知れるような気がする。とはいえ、あれ以降脳内に声は響いていないから糸口すら掴めはしないけれど。


 仕方がないので、また独りで過ごす日々が始まった。早く扉が開けばいいなぁと思いながらも、開く気配はない。

 と、思っていれば――ゆっくりと扉が開いた。今度はどんな王子が来るのだろうと、私の意識は扉へ釘付け状態になる。


「ふぅ。みんな、疲れていませんか?」

「私たちは大丈夫です」


 うす桃色の可愛い髪をした、お姫様だった。

 連れているメイドさんたち、だろうか……。その返事を確認し、彼女はよかったと微笑んだ。かと思えば、一直線に宝物庫にある杖を手に取った。

 迷うそぶりすら見せずに、その杖を大切そうに抱きしめる姿はまさに姫そのもの。


「ルーリーと名付けます。私とともに、この世界を優しさで溢れさせましょう!」


 ぱっと淡く輝いて、王子二人のときのように名付けの儀式が終わった。しかも最速だ。そして休む間もなく、お姫様は出て行ってしまった。

 ……名前もわからなかったなぁ。


《一定以上の魔力を確認しました!:メニューを開くことが出来ます》


 ――おっ?

 また、あの謎の声が脳内に響いた。なるほど、メニューを開けるらしい。

 とりあえず、頭の中でメニューを開くことを考えてみた。


――――――――――――――――

《緑王の盾:システムメニュー》

 魔力ポイント:600

 物理防御力:Lv.1

 魔法防御力:Lv.1

 魔力吸収:オン

 光合成:オフ

――――――――――――――――


 むむむむ。むむっ?

 これってもしかしてもしかしなくても、私の盾としての性能だよね。


 そしてもう一つ、気になるワードを発見した。

 システムメニューの前に、さらっと書かれている〝緑王の盾〟という名称。おそらくこれは、盾としての名前だろう。

 私にこんな格好いい名前があったなんて、知らなかった。ちょっと自慢気にドヤ顔をしたかったけれど、残念なことに私には顔がなかった……。しょぼん。


 とりあえず、防御力がやばいくらいに低いということはわかりました。

 そして次に気になるのは、オンになっている魔力吸収だ。魔力が600ポイントある。

 もしかしてもしかしなくても、今まで来ていた人たちの魔力を勝手に吸収していたのだろうか。地味にありえると思いつつも、メニューをいじることは出来ないようだ。

 魔力吸収よ、オフになれ! と念じても、まったく動いてくださらない。


 …………ふむ。ま、まぁ、私を選んでくれなかったんだから……ちょっとの魔力を吸収してたとしても、問題はないよね!


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