【書籍版】緑王の盾と真冬の国 一章
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第1話 雪に目覚めし孤独な盾(1)
気付いたら、意識だけの存在になっていた。
最初におかしいなと思ったのは、目が覚めてすぐ。
まず、目を開いているはずなのに何も見えなかった。
声を出そうとしても、口の感覚すらなかった。
いったいどこにいるのかと思ったけれど、周りの音が何も聞こえなかった。
そして――体がまったく動かなかった。
いったいどうなってるの? そう、何度も自分に問いかけた。
記憶が吹っ飛んでいるだけで、実は事故にあってしまったのだろうか。植物状態になってしまい、意識はあるけれど動くことが出来ないのかもしれない。
もしそうだったらと考えると……ぞくりとした恐怖が、体を走る。
――まるで、夜空からすべての星が消えてしまったよう。
一度、落ち着いて考えてみよう。
……自分はごく普通の、学生だったはずだ。
一軒家に家族と暮らしていて、父親はしがないサラリーマンで、母は週に三回パートをしているという、ありふれた家庭。
学校の帰りには友達と遊んだり、兄とゲームをして、せがんでくる妹とは一緒にお菓子作りをしたりした。そんなごくありきたりな生活だったはず――だ?
そこまで記憶をたどり、あることに気付く。
自分に関することがいっさい、何もわからない。覚えていない。自分の脳内なのに、自分自身の情報が何もない。
顔も、名前も、年齢も、性別すらも思い出せない。
家族の顔や、自分が好きだった芸能人やゲーム、得意な授業科目。そんな日常的なことは、覚えている。けれど、自身を表す記憶が何もない。
私はいったい、誰――……?
◇ ◇ ◇
目を覚ましてから、いったいどれくらいの時間が経っただろう。
何日とか、そんな可愛らしい単位でないことは確かだ。
どうして自分が意識だけの存在なのかは、わからない。けれど、階段から落ちて頭を打ってしまった! とか、そんな展開だけはご免こうむりたいなと思う。
誰かを助けて自分が身代わりに――なんて、ドラマチックな展開も期待は出来ないだろうけれど。
意識が目覚めてから、どうにか体を動かそうとしてみたけれど無理だった。
眠ってみようとしたけれど、意識を閉じることも出来なかった。つまり、眠れない。
人間にとって、意識があるだけで何も出来ないというのはとてつもなく辛い。そう、思っていたのだが――私の精神は、特に崩壊をしているわけでもない。
大声で喋ることが出来たら、まだ良かったのに。いっそ狂ってしまえば、楽だったのに。
自分を嘲笑うような思考回路になってきたところで、私の世界がクリアになった。
――え?
突然、視界がクリアになったのだ。
いったい何が起きたのだろうか……。わからないが、目が見えるようになったという事実だけはわかった。
医学の進歩、万歳! そう叫びたい衝動に駆られ――しかし、見えている空間はどう見ても病院ではなかった。
目の前にあるのは、とても大きく豪華な扉。
縁が金色で装飾され、草木を模ったレリーフはとても見事だった。荘厳という言葉が、これほど当てはまる扉をほかに見たことがない。
私は視線を扉からずらして、ほかには何があるのだろうかとゆっくり観察する。
扉もそうだが、壁も一般的ではなかった。レンガで造られており、飾られたランプが明かりを灯している。
今、この室内を照らしているのは、どうやら壁のランプのみのようだ。いったいどれだけレトロなんだと苦笑しつつも、まったくこの場所に心当たりはない。
病院ではないし、もちろん我が家もこんな内装ではない。現代の日本とは思えないような部屋の作りに、私は動かない首を気分だけ傾げる。
そのまま視線をずらしていくと、壁には立てかけられた槍や剣。部屋には赤く豪華な絨毯がしかれ、宝物を仕舞っておくような宝箱が何個も置かれていた。
物置というよりは、宝物庫と言った方がしっくりくるだろうか。
でも、なぜ私はこんなところにいるんだろう?
てっきり病院のベッドで寝ているのだとばかり思っていたけれど……。うぅーんと悩んでいれば、静かに、目の前にある豪華な扉が開いた。
「……ここが宝物庫か。もっと殺風景かと思っていたが、綺麗になっているんだな」
「この空間は、魔法の力で保護されていますから」
「そうだったな」
入ってきたのは、男の子が一人と大人が数人。
まだ小さいその姿は、小学校の低学年くらいだろうか。しかしその容姿は、とても目を引くものだった。キラキラと輝く真紅の髪に、黒い瞳。整った顔は、幼いながらに大人びた雰囲気を感じさせた。
金色の刺繡が入ったコートを見る限り、大人たちよりもずっと身分が高いようだ。いい代物だということが一目でわかった。
そしてとてつもなく偉そうな、言葉遣い。
だが、それよりも私が気になったのは――服装だ。
思わずコスプレ? と、ツッコミを入れたくなってしまう。まるで、ゲームのキャラクターが装備しているような服装だ。王子とそれを守る騎士を連想させる。
舞台設定としては、中世ヨーロッパとか、そんな外国だろうか。
しかし、しかーし。
考えなければいけないことは、もっと別にもある。あの男の子と、保護者のような家来のような人はなんと言ったか。
そう、宝物庫・魔法の力だ! 科学的なものが一気になくなったこの気配に、私はいったいどうしたらいいのだろうか。
もはや病院という説は絶望的だ。男の子を観察するしかないかと思っていれば――私が知りたい情報を口にした。
「ヴィルフレド様。この宝物庫からおひとつ、ご自身の分身となる宝をお選びください」
「すべて、代々王家が管理している宝物でございます。ヴィルフレド様の今後を、お導きくださることでしょう」
「ああ、わかっている」
――王家の宝物庫だということが、わかりました。
うん。剣とか、宝箱とか、確かにそういった部屋であるような気はしていました。
そして、私は次の瞬間ハッとする。
大人の一人が、手の甲から血を流していたのだ。この宝物庫で怪我をするということはないだろうから、きっと来るまでに負傷してしまったのだろう。
見渡す限りこの部屋に治療出来る道具はないけれど、持っているのだろうか? 私がそんなことを心配していると、傷ついた手にそっと手を重ねる姿が目に入る。
――痛いの痛いの飛んでいけ~でも、するつもりだろうか?
なんて、思って笑ってしまったのだが――目の前で起こったことは、私の予想を軽く飛び越えていた。
「《ヒール》」
――!!
これは誰でも知っている魔法の呪文じゃないですか!? ドキドキする胸に鎮まれと念じながら、私は傷を負った人をガン見する。
キラキラとした光が傷口を包み込み、それが消えた頃には傷も綺麗に癒されていた。
「何だお前、怪我をしていたのか? 気を付けろ」
まさか本当に魔法があったなんて……。
そう。――魔法という、常識では考えられないような奇跡を見せつけられたのだ。ヒールという王道の回復魔法を使った彼の手は、綺麗な肌を見せた。
「ヴィルフレド様の護衛騎士が、そう簡単に怪我をするな。鍛錬が足りないな」
「精進します」
――騎士! 単なる家来かと思ってしまったけれど、護衛騎士だったのか。つまりは、ボディーガードのような存在ということか。うんうん、そういうのって格好いいよね。
間違いなく、ここは日本じゃない。というか異世界だ――と、私は確信した。そう思ってしまえば、この現状を少し楽しく思うことが出来るようになった。
「ここの宝物は意思を持つというな。全部が全部、そうなのか?」
「そう伝えられていますが、どうでしょう。持つことが許されているのは王族の方々だけですから。ですが、文献には声を聞けなかった方もいたとありましたね」
「そうか……」
ヴィルフレド様と呼ばれていた男の子。王族ということは、きっと王子様なのだろう。
そして、ここにある武器は意思を持つということがわかった。つまりその結論から考えるに――私は、意思を持った宝物になってしまっているのだろう。
いや、おそらく間違いない。それであれば、すんなり納得出来る。
だって、剣は喋れないし、動けない。
突然、目と耳が機能しだした原因はわからないけれど――このヴィルフレド王子が鍵を握っていると思うんだよね。
つまり!
――私は、この男の子に宝物として選ばれるんだ!!
王族が扱う剣が私というシチュエーションは、格好いいのではないだろうか。
まだ子供ではあるけれど、あの綺麗な顔立ちならばそれはすごいイケメンに成長するだろう。そして国王にでもなってしまったら、私は最強の剣として語り継いでもらえる気がする。
うんうん、いいねいいね! 超いいね!!
私がはしゃぎながらそんなことを考えていれば、ヴィルフレド王子が口を開いた。
「……この剣にする」
はいっ! 私を選んでいただきましてありがとうございま――って、それ私じゃない剣なんですが!
慌てて自分を選ぶよう声をかけようとしたけれど、残念なことに私は声を出せないままだ。いったいどうすれば声が出せるのか……!
でも、さっきの騎士の人が言っていた。
声の聞こえない王族もいたって。……つまり、私はヴィルフレド王子と相性がよくない宝物ということなのだろうか。
うーんと悩みつつも、ヴィルフレド王子が手に取った宝物の剣を見てみた。
刃の部分は白銀に輝いており、鞘には宝石を使った豪華な装飾。柄にはドラゴンが模られていて、まさに聖剣と呼ぶに相応しいのではないかと思う。悔しいけれど。
今は見ることの出来ない自分自身に、なんだか夢を持ってしまうような剣だった。意思を持つ私は、きっとさぞすごい剣だろう。
ふふ、きっとヴィルフレド王子も後々私を選ばなかったことを後悔するね!
しかしそんな私の気持ちを無視するかのように、選んだ方の剣を絶賛する声があがる。
「おお。素晴らしい剣ですね、ヴィルフレド様!」
「すぐに名付けの儀式を行いましょう。部屋の中央にお立ちください」
「ああ」
おおっ?
ヴィルフレド王子が部屋の中央に立ち、まだ小さな手で大きな剣を持つ。
「聖なる剣に、私と共に進むための名を与える。――アルヴィ。それがお前の名だ」
ヴィルフレド王子がそう告げた瞬間、ふわりと部屋の中が温かい光に包まれた。
これが儀式――? 予想していなかった展開に、私の心臓はドキドキと早鐘のように鳴る。もちろん、心臓なんてないのだろうけれど。
初めて見た儀式は、キラキラとしていた。
主人と宝物を結ぶそれは、見ていてとても幻想的だった。しかし同時に、とても儚く切ない気持ちにさせられる。
私にも、いつか選んでくれる人が現れるのだろうか――?
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