第6話タカラジェンヌの食卓

朝いつものように食卓に向かうと葛葉がクーラーボックスを抱えて嬉しそうに走ってきた


「見て下さい これ」中には大きな魚が入っている「なんじゃ、これは」


「青龍が送ってくれたんですの、まぐろに交じっていろんな魚がとれるんですってこハマチでしょうか」

「なぜ魚に助けてくれと書いてあるんじゃ」引っ掻き傷のようなものがついている


引っ掻き傷のようなものがついている


「さあ、なんのことやら・・・・・」 葛の葉は小首を傾げた


ふとゴミ箱を見ると、龍の形をした式神が入っている、式神は妖怪の電報用に使われるものだ


拾ってみると 「タスケテクレ フネガシズム」 と書かれたものがゴミ箱いっぱいに入っている「なん


じゃこれは・・・・・」  「また、たちの悪いいたずらを、ねえ」 葛の葉がころころ笑った


「あいつは龍なんですよ 溺れるわけないじゃないですか もういやですよ 冗談ばっかり、清明様った


ら」葛の葉がにこにこしながら言った 清明がゴミ箱の中の式神ひっくり返していった


「スクリューにしっぽが絡まったと書いてあるが・・・・・」


「ふざけてるんですよ、もう ああゴミがいっぱい捨てなくてはねぇ」


葛の葉はクーラーボックスを置き、ごみ箱を持って出行った


清明が声をかけようと廊下を見ると、着物の裾をからげて、全力疾走しておりその姿はあっと言う間に見


えなくなった入れ替わりに 「おはようございます」いいながら白虎が入って来た


とたんにへやの中が明るくなったような気がする


 白虎の経歴は少し変わっている それは前世が人間だったことだ 


 前世での人間離れした順応性と行動力 決断力 臨機応変な対応力があった


それを買われて転生の時スカウトされたのだ


  屋敷にきてもう100年以上たつがすっかり馴染んでいるので皆そのことを忘れてしまっている


清明はいつも思うが、この人は存在自体がまっとうなのだ、まっとうで公平で、正しい感じがする


 その光につられてかすましがわらわらわらわらわらわーーーあー現れた


すましも白虎が好きらしい


「おはっ」 「おおはっすまし」「すまっすま」 ヘリウムガスをすったような声で白虎の周りに集まっ


た「おちゃちゃチャちゃチャちゃ」インドネシアの ケチャックダンスを踊りながらスマシがお茶を入


れだした 


「おはようございます」 そこに葛の葉も戻ってきて、冷蔵庫を開けた


息を切らして中の缶入りのウーロン茶を一気に飲んだ


「どうしたんです?」白虎が聞いた 「いえちょっと、ゴミ出しがたくさんあって」


「なんだ言ってくださいよ、私がやりますから」 白虎が言った


「ありがとうございますあら、この豚肉賞味期限が切れてるわ、食べる?」言いながらすましにブタ肉を


渡した


「いえーあいえーあ、ですいずあぺーーーーーん」スマシが乱舞しだした


「今日はブタが食べられる サムギョプタルにしてぇ♬」 すましがクルクル踊りだした


「なんか、こいつら数が増えてないか?」 清明が言った


「ああこの間 分裂して増えたみたいですよ 30人ほど・・・」葛の葉が言った 


 「よく手伝ってくれますわよ」葛の葉が刺身包丁を取り出しながら言った


「ね、それより見てください、白虎どの」葛の葉がさっきのクーラーボックスを出した


「うわーこれは立派なブリですな」 


「やっぱりブリでしたの青竜が送ってくれましたの お刺身にしましょうか、それともお刺身は夜に


とっておいて照り焼きにしましょうか? 残ったあらで 味噌汁もできますし・・・・」


助けて の文字は綺麗に消えている


「清明様はどうなさいます?」「せっかくだから刺身でいいんじゃないか?」


「そうですね、朝から贅沢だな」白虎が嬉しそうにうなずいた「ああ」清明はぼんやりと返事をした


そこに思いつめた顔の朱雀が入ってきた


「清明様、今年こそ願書を提出したいんですが・・・・」 「だからそれは何回も言ってるだろう」


「なぜだめなんです私のたった一つの夢なんですよ」  


「は?たった一つ夢って何ですか?」白虎が口をはさんだ


「宝塚音楽学院への入学です」朱雀がきっぱりと言った 


「あそこは、学校も卒業しなくてはならんし、すぐステージに上がれるわけではないんだぞ」


もう30回はくり返したと思われるセリフを言った


 「なぜですか? 朱雀さんなら誰より踊れるでしょう」白虎が口をはさんだ


 「ほらわかる人にはわかるんです、白虎殿は本物です」朱雀が目をキラキラさせて白虎を振り返った


 「いやあ そんな」白虎が照れている


 (まっとうだなんて思って損した 能天気なだけだ)清明は苦々しく思った  


「大体授業はどうするんじゃ、踊りはともかく数学とか出来んのか?」


「数学くらいできますよ」 朱雀が言った


 「相対性理論とかそういうのだぞ」言いながらめんどくさくなってきたが


相手はなかなか引き下がらない


「そういうことをいつもおっしゃいますが、私のようなものにもわかるように噛み砕いて説明してください」


「朱雀さんそんな怖い顔しないで、美人が台無しですよ 


 ねえ自分は顔は永遠にわからないと言ったのはキルケゴールでしたっけ?」


場をなごませようとしたのか白虎が言った


 「あらそれ サルトルですようー」葛の葉が笑いながら言った


「アハハ まちがったなんでだろう」と頭をかいた白虎に朱雀が無表情のまま


 「馬鹿だからじゃないですか?」と言って白虎の動きが止まった


 「ちょっと朱雀」葛の葉がいって白虎を振り向いた


 「ごめんなさいね白虎殿 朱雀はずっとこれが夢でイライラしてるんですよ」


  「いえ」白虎が黙った


そーたいせーりろんなんだっけ?清明はまだ考え込んでいる


「だから光より早いものはなくてえっと」 悩んでいると葛の葉が口をはさんだ


「ねえ朱雀、確かに宝塚は華やかで素敵だけど、そこじゃないとだめなの?


劇団四季とかいろいろあるでしょうそうだ試しに お祭りで踊ってみたらどう二丁目の疑男祭りとか


岸和田の男尻祭りとかあるでしょう」


「葛の葉殿 その紛らわしい 誤字、脱字 やめてくれませんか?」 白虎が言った 


「私は、あの階段で踊りたいの、 尻の上なんて駄目」朱雀が言った


 「それで相対性理論ですが、これをご覧下さい」 朱雀がDVDを取り出してデッキに入れた


布団に横たわった、老人が映し出された「これをご覧下さい」 朱雀がDVDを取り出してデッキに入れた


布団に横たわった、老人が映し出された


「そう そうーーーうううたーあああああいせいりろん そういえば聞いたことが あったかのお」


そして目をつぶった「この言葉を最後に、山田 利吉さん(95)は亡くなりました」


「お前は、それを見殺しにしたのか」清明が言った


「見ごろしだなんて明らかに老衰です とても安らかな、畳で死ねたんですよ 幸せではないですか?


たぶん、私は畳の上では死ねないでしょう、だから一度だけ夢を見たいんです」


「そんな、普通の人間じゃないんだからわしだって畳の上で死ねるとは限らん」 清明が言った


「明様の時は地面がいいですか? ちゃんと埋めて上げますよ、半分生きたまま」 


「生き埋めじゃないか」


「じゃあ、火葬にしましょうか? 半分生きたまま」


 「火あぶりじゃないか」


「ちゃんと、ミデイアムレアにしてあげますよ、つまりこの人は95年生きて一度も、相対性理論とむ


きあっておりません 日常生活に何の関係もないでしょう、税率の計算が速いほうがよろしい」  


「学校と言うのはそうゆうとこなんじゃ、取りあえず学ぶんじゃ」


  「フェルマーの最終定理」たたみこむように朱雀が言った 「あ?」


「数学の最終兵器だそうです 買ってみたんですが1ページもわかりませんでした


清明様ならおわかりですよね」


  「その本はどうした?」


「あんまり腹が立ったので庭に埋めました」


 「ああそうか昨日」


真夜中にザクザクという音が聞こえたので覗いてみたら朱雀が泣きながら穴を掘っていた


 みんな怖くて近づけなかった 


「ねえ、お刺身をいただきましょうよ」葛の葉が言った 


「そうしましょう、鮮度が落ちてしまいます」 


白虎も口をはさんだ「そうだそうだ」清明が言った


「取りあえず、みんな空腹なんじゃ、お前も食べてからにしろ」


 朱雀は唇を噛みしめて下を向いてテーブルに座った その間にすばやく葛の葉が料理を運んだ


「おおこれはすごい」白虎が言った 「白虎殿は最近食欲旺盛ですわね」葛葉が言った


「なんでだろう、そうですね」白虎が言いながら茶碗を渡した「いいことですわ」葛葉がにっこりと立ち


上がってご飯をよそった「でも、なんで青龍は急に親切なんだろう」朱雀がはっとしたように白虎に振り


返った 


「最近すっぱいものが食べたいとかないですか?」


「は?たまにありますが・・・・」 みんなの動きがピタッと止まった


朱雀が青龍が召喚されたときに言った言葉を伝えると清明も青ざめた


「あの、もしかして妊娠してるかも・・・」朱雀が言いにくそうに言った


「は、そんなわけないでしょう、私は男ですよ」と言って清明を見た


「あいつには、できるんですよ」清明がさらに青ざめながら言った


「はは、そんな・・・」言ったが誰も動かなかった


「だから、つまり子供を産む器官ごと植え付けるというか」


「そんなことができるわけがないでしょう」白虎言ったが今まで見たことがないほど、みんなまじめな


顔をしている妊娠・・・・ わしが妊娠 青竜の子を・・・・何か変な風が体をとおり抜けたきがする


いや、いくらなんでもそれはないだろう この屋敷では何でもありだがこれは違う


 いつどこでそんなものが、そんなことが何の記憶もないし・・・


「白虎殿大丈夫ですか?」清明が言った


「だってどうやったら妊娠するんです」無理に笑って答えた


「まぐわったらですよ」


朱雀がずしりと響くような重低音で言った


「だってそうしたらわかるでしょう」「記憶を消されたとか、出血とかありませんでしたか?」


「まさか、そんな」 正気のさたじゃといいつつパニックとう棘がささってきたちょっと待って俺とア


イ ツが相対性理論ってありえないだろう 「白虎殿」遠くで自分を呼ぶ声がする


「ぎゃあ、死んでる」 朱雀が叫んだ


「めだまがなくなってるうう」葛の葉の叫び声がした


「そういう変な言い方ばっかりするのはよせ」清明の怒鳴り声がした



目が覚めると葛の葉が枕元にいて


「お目覚めになりましたか?」とにっこり笑った


葛の葉がわきに置いた手拭いを絞って額に乗せた ひんやりとして気持ちがいい


 「今は何も考えなくて大丈夫です、清明様に見ていただいたんですけど、何もないそうです」


「ああそうですか」 やっぱりそこまではないだろう


「夕食ができたらおよびしますから、それまでお休みください」心臓の上に手の平を乗せた


 何か丸くてふわふわしたものが入ってきて気持ちよく眠りに引き込まれた


白虎が眠ったのを見ると、葛の葉は桶を持って立ち上がった


 部屋を出ると朱雀が待っていて「どうだった?」と聞いた


「大丈夫、ぐっすりねむったから」


「ストレスをためさせてはいけないしな」「そう、ストレスこそ胎教の敵」


「健康な赤ちゃんを産んでもらわねばねぇ」「本当にあの二人の子だったら、取りあえず容姿端麗だろ


う、背も高くなって・・・・・」


「女の子だったら、すごいタカラジェンヌになるかもしれん、しかも男役 」


「私の夢をかなえてくれる」朱雀がぽっと赤く染まった頬を両手で挟んでいった


「語学も教えなければハリウッドに行けるかも」


「ハハハ ハリウッド スター」二人はしばらくうっとりとたたずんだ


白虎が起きて夕食を食べていると葛の葉が言った「これから お時間あるでしょうか」


「はあ」ねえ、それじゃあ産婆さんに行きません?」


「サンバ?」「いえそのサンバではありません産婆、妖怪の医者です、今は渋谷でクリニックをやって


おります」

 

「何でです? 何でもなかったんでしょう?」


「そうなんですけど一応ねえ、念には念を入れて、青竜は何をするかわかりませんし、専門家に見ても


らったほうが 安心でしょう、大丈夫私も付き合いますから・・・・・」


「はあ」 まだはっきりしない頭でうなずくと葛の葉がにっこりした


そのビルは渋谷の奥にひっそりとあった なかなか清潔感のある普通のクリニックだ


「この13階ですの」 「はあ、12階までしかないですが」「これはこう」葛の葉が7階と6階を押した、 

ぼうっと光が上がって13のボタンが現れた「覚えておいてくださいね」


 降りると白衣を着たすらりとした姿が立っていた


「ああ、岸先生立派になって」


「葛の葉か、ずいぶん久しぶりだな」 産婆と言ったので老婆を想像していたのだが目の前にいるのは


長身痩躯の若い男だった


白衣をひっかけて、細いフレームの銀ぶちの眼鏡をかけている 奥にある眼は極めて理知的に見えた


葛の葉が白虎を差した


「ああ気の毒に、相変わらず青竜はやることが無差別だな」診察室に移動する間に(息子さんなんですが


男の先生にしてもらいました、そのほうが気が楽でしょう)葛の葉がささやいた (はあ)答えたが、男


の子供を妊娠しているかもしれない事態にこの気遣いは何の意味を持つのだろうか?


「私はここで待っていますから」と言う葛の葉を残して診察室に入ってシャツを脱いだ 「これは」 先


生は白虎のチョコレートみたいに割れた腹筋を触った


「これは、わかりくい、触診でわかるかどうか まあ、いるとしたらここだろうが医者は腹筋を撫でて


言った、青竜が帰ってまだ二週間だろう」 


「あの」ようやく口を開いた「出産てしないといかんのですか?」 


「まあ、それは授かりもんだしこんな機会は二度とないだろうし、やっとけばぁ」 シャシャシャと言


う感じで急に笑った、笑うと理知的な感じが動物的に変わった  


「こんなに、頑丈なら出産など何の痛みもない 気が付かないかも・・・」ちょっと斜に構えて腹筋を


なぞっている、口元には楽しそうな笑みがうかんだ


「やっとけばってやりたくないんです」


「まあ確かに男の患者はいうがあなたが存在しているのも出産のおかげだからとにかくまだわからない


ので二週間後にまた来てください」医師は言って立ち上がった


「本当にありがとうございます」葛の葉がていねいに頭を下げた「とにかく安静に」言ってから白虎の顔


を見て笑った


 目に淡く金色が混ざっていることに気づいた


いた、その親密なまなざしはみだらだった、また楽しげに見えた


 葛の葉は楽しそうにメモを読み返している


白虎は思考が堂々巡りをし何とか落ち着いて冷静になろうとした 


ビルから出ると


「車を取ってきますからここで待っててください」と言って歩き出した(いまやることだけを考えよう、


まず 車を取って家に帰る)と思いながらコインパーキングに向かった


  葛の葉がガードレールに寄りかかって立っていると、十代と思われる若い男たちの集団が通った


「お姉さんなにやってんの?」 「えっ」と言ってあげた顔を見てびっくりしたらしい


「き、綺麗だな」「遊びにいかない」などと調子づき始めた 


  みんな酔っているらしい  


葛の葉が「人待ってんのよ」言ったが「いやこんな美人はいない」 酔った勢いで騒ぎ出した 


何かに化けてやろうかと思ってたその時白虎が走って来るのが見えて全身が冷たくなった、骨の髄まで


冷たくなった 


(絶対に運動は避けてください走ったりしたらだめですよ)医師の顔がフラッシュバックした


わず半径5キロまでひ響きわたる声で叫んだ


「やめてえええええ、お腹に赤ちゃんがいるのよ」 あまりの大声に、若者達は腰を抜かしそうになり 


半径5キロ以内にいる犬がいっせいに吠えだした


 白虎はくるっと反対を向いて走り出し、葛の葉はぽかんと固まっている若者を振り返った。  


その目からみるみる涙があふれた 「あんたたち、あんたたち、赤ちゃんに何かあったら、末代までもた


たるから、貞子もかや子も連れて悪霊部隊でたたってやる」  言いながらよろよろ走り出した


 あとには あっという間に集まってきた 野次馬と気の毒な若者たちが残された









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清明様の憂鬱 のはらきつねごぜん @nohara

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