第2話 日常の食卓②

「葛の葉はどうした呼んでこい」「あいつは今使い物になりません」


「何でじゃ?」


「あの発作がでました、きのうから一人で暴れまわっております」


「あの発作ってもうずっと収まってたじゃろう」いっているそばから葛の葉がよろ


よろ入って来た


 「へーめーはまあ 呼びましたぁ」口にキセル煙管をくわえたままだるそうに歩いている


「お前、何で煙管なんて吸ってる」


「いや、体に悪いって聞いてガンマンな自殺を 」


「なんだ、ガンマンていつから西部劇になった緩慢かんまんだろう、昼間から飲んでんのか?」


「失礼ですな、昼間からなんて、昨晩からですじゃ うぐぐぐ うぐ うあああ な


んであの人が死なねば ならんかったのじゃ 


清明さまが死ねばよかったのに・・・」葛の葉がゆらゆらしながら大泣きし始めた


「なんだと、朱雀コイツをかたずけろ」


「自分でやってください」朱雀が冷たく言った


「こんな役立たずは売り飛ばしたらどうですか?」朱雀がさらに冷たく言ったが


「売れるもんなら売ってもいいが売れないだろう、こんなんじゃあ鼻たれてるし・・・」


清明が困り顔で言った


「ぎゃはははっは、晴明様に突っ込まれてる、お前最低 ぎゃあははははあ」


朱雀が笑い転げて椅子から落ちそうになった


「鼻垂れてるってそこまで言いますか?人の分泌物まで文句言いますか? 分泌するのは悪いことですか?


うっうっ じゃあ帰ります」葛葉はよろよろと歩き出したが、何か思いついたようで朱雀の横で止まった


  「おい、これ吸ってみろ」


「いらん、吸い口がドロドロになってるおぞましい」朱雀が言った


「吸い口を変えてやる 一口吸ってみろ、じゃないと残りの人生、お前に付きまとって分泌しまくるぞ、穴


という穴からどろんでろんなんだかんだねばりつくぞ ねばってねばってねばネバギブアップでろろーん」


 「ああもううるさいな 一口だけだぞ」


  「ふふん」葛葉が着物の袂から吸い口を出して取り替えた


キセルを吸い込んだとたん朱雀の表情が変わった


 「なななな 何この味」 それは絶妙にと言うか超絶においしかった


  「地獄のショップチャンネルで売ってるキノコとベラドンナとかで あと味付けはバニラエッセンス


とかで普通にね 味付けしたんじゃ ハイ清明様もどうぞ」葛葉がキセルを渡した


  「うううまい」恐る恐る吸った清明も絶句した


 「そういえば白虎殿は」涙ををふきながら葛葉が言った


そうだ重大なことを忘れていた


「朱雀、昨日はあの日だっただろう?」


「あの日って何ですか?まさか私のあの日のことですかセクハラですよ」朱雀がじ


ろりと自分を見て言った 

 

「馬鹿かお前は 大体お前が原因だろう 白虎殿のことじゃ」


「あら、あの日の人が帰ってきましたわ うひゃひゃ、相当に機嫌が悪そう晴明様も早く食べちゃって下さ


い」葛葉が外を見ながら言った


「お前はなんで 急に笑ってんのじゃ」


「だって木にもたれて体育座りしてるんですもの」「どれどれ」朱雀も立ち上がっ


て外を見た 


ぼんやりした人影が木に寄りかかってうなだれてだれている


「いいか2丁目とかモーホ、ガチホモ、ハッテンとか言うなよ口を滑らすな」晴明が言った



「晴明様がいいたいほうだいですな」朱雀が返すと そこに白虎がのっそりはいってきた




「あれ皆さん煙管なんてすってなんです、めすらしいですな」


「ああ、白虎殿にもどうぞ、わしがブレンドしました、ワインお好きでしたでしょう、まあまあ


試してくださいてください」


「なんでワインが関係あるんです、おおなんじゃこれは」


「おくちにあいますか?」


「なんです、この味、う、うまい」


「ロマネコンティ」葛の葉が得意そうに言った


「確かに」言いながらキセルをふかしだした


「リラックスしてください、思いっきりもーほぉ」朱雀が「くくく」と笑いだした


 明らかに目つきがおかしい 清明も気分がよくなってきた これなら乗り切れるかもしれない


 と思ったとたん 白虎の眼が鋭くなった


 「わしは昨日あの店のトイレですごいものを見ましたよ」白虎が底光りのする目で何かの宣言のように


言ってみんな青ざめた


もう、一年ほど前になるが 朱雀に誘われて軽い気持ちで飲みに言った白虎は始めて、極めて軽い気持ちで


飲みに行った


家で飲むことはあったが朱雀とはあまり外に飲みにいったことがなかったし、ましてや人間の世界で飲んだ


ことはなかったので 行きつけの店と言われた時、朱雀の姿、形から 西口のホテルの夜景の美しい最上階


のラウンジとかジャズバーなんかを連想してしまった、この始めの一歩のとてもとても駄目な思い込みか


ら、天国と地獄の階段を間違えていたのだが、そのときには分からなかった


朱雀は2丁目に向かった、聞けば良く来るらしい


普通の2丁目ならばまだいい その辺の女の子より可愛く綺麗な子は沢山いる、 みんな、優しく、気づか


い屋さんで親切だ


朱雀も女友達みたいになかよく楽しげで


 話して見ると普通の女の子と変わりない、朱雀が〔彼女達は差別されたりいじめられたりしたことがある


ので一生懸命気を使っているのですよ)と囁かれたとき、確かにけなげな感じがして、すっかり心を開いて


しまった。


 白虎は正義の人なのでそういう差別意識が大嫌いなのだった、そしてこのとき自分がまだ大甘であること


に気づいてもいなかった


 朱雀も白虎も酒が強いだから「もう一軒行きましょう」と朱雀に言


われた時「いいですな」言いながらごきげんで奥地の店に行ったのだ


そして地獄の釜の蓋はゆっくりと開き出した 


朱雀は込み入った道をすいすい歩いて、雑居ビルのようなところに入ったビルはなぜか、静寂に包まれてい


たがいたるところで宴の賑やかな雰囲気が感じられる


 白虎は麻痺と眠気とも関係のないところで陶酔を感じ始めていて、気分は きわめてよかった




朱雀が店のドアを開けると「いらっしゃーい」賑やかな声と音楽が聞こえた


中から華やかな色とりどりのドレスがいっせいに羽化したばかりの蝶のように出てきた


「まあ、お友達」 その中の真紅のドレスを着た女性が自分を見て言った


 不思議なのは暗がりのせいなのか顔がよくわからない  


 白々とさえた肌とその奥に妖しく燃える瞳だけが見える


奥のテーブルに案内された、その時身長が自分と変わらないのとアナコンダのような二の腕が見えたが


まだいい気分だったが思えば その店にはいつまでたっても他の客が入ってこなかった


夜が更ければ更けるほど、何だかめまいのようなぼんやりした感じになってきて、自分にしなだれかかる肩


がメキメキと音を立てて大きくなるのも、うろこみたいにざらざらしてくるのも 酔いと想像力にもてあそ


ばれているのかと思った


正気に帰ったのは、 みんなの目の数がちがっていると気がついたときだった1つ目、3つ目4つ目 断片が


どんどん繋がっていく記憶をたどっていき 思わず身震いした


そのときいい香りが立ち登ってきて我にかえった、 葛の葉が笑顔で「どうぞ」 と言いながらお茶づけを


置いた「お酒ばっかりだと体に毒ですよ、お茶づけお好きでしたでしょう」出汁とわさびのいい香りがした


更に「あり合わせですけど」と言いながら小鉢が出てきた、牛肉とごぼうの時雨煮、、きゅうりとささみの


ピリ辛ずけ やけになってがつがつと食べてしまった


食べてから勝手に煙管に火をつけると、落ち着いてきた、とゆーかなんでもどーでも良くなってきた


開いた皿をさげに来た葛の葉に「私の刀はどこにありましたかね」と言うと 


「は」と葛の葉が青ざめた


「だ・だ・だめですよ腹切りなんて」 慌てて言うので


「いえちがいます、耳を切ろうと思って」 葛の葉と朱雀が顔を見合わせて青ざめた


「何でです」 葛葉が青ざめながら聞いた


「いや、ビンセント・ファン・ゴッホって画家が いるじゃないですか、私は絵心はありませんが 何だか


急に気持ちが分かるんですよ、多分今どんな画家や美術評論家より気持ちが分かってると思います」


 白虎が淡々と言った 


「朱雀さん、あれ2丁目じゃないでしょう、ちゃんとした2丁目に連れて行ってくれませんか?」 


「ちゃんとした2丁目って・・・」


「2時過ぎると従業員が巨大化したり、うろこが生えたり、首がのびたりしない店ですよ、肉食系男子な


らわかりますが人肉食系男子って何です?」清明が横をむいた 


「でも、まあ貞操は守ったわけですしあれは愛ですし・・・・」 


「私は初めて女性(仮)に暴力をふるってしまった」  


「相手は身長が3メートルあるし、胸囲も2 メートル以上ありますしね、正当防衛でしょうでもねえ普段


はみんなおとなしいんですよ、当防衛でしょうでもねえ普段はみんなおとなしいんですよ


まさかあそこまでテンションが上がるとは、本当に白虎殿に憧れていたんですねぇ


最後は泣いて謝っていたし許してやってください」 朱雀が辛そうに言った


「それに何かあったら命をかけて戦ってくれると言っていたし、ものすごい味方じゃないですか


ねえ即戦力、即戦力、ワーオ、ヤッホー」朱雀が無理やりテンションをあげようとした声がむなしく響い



 決局その日にみんな白虎の式神になることになって、代わりに月に一度その店に通うことになった


平均身長3メートルのドレスで着飾った大入道の群れに泣いてすがられたらそのくらいの妥協はしょうが


ないだろう、式神とは陰陽師が使う妖怪や位の低い神だがこの場合は親衛隊とか追っかけに近い、白虎が


黙り込み しばらくの間キッチンは静まり返ったが「実は昨日トイレですごいものを見てしまってねえ」 


また遠い目になって白虎が言った


「まだ、何かあるんですか」 朱雀がうんざりしたように言った、逆切れしかけている


 「いや、カレンダーなんですが、顔はわしでしたが身体はちがっていてねえ、わしはボディビルなんて


やった覚えはないんですがまあみんなすごいポーズをとってましてね」 


「葛の葉さん フォトショップ検定持ってましたよねえ あなたでしょうあれ作っ


たの」


「まさか、私はあほうですもの そんなもの作れるわけありません」葛の葉が作り笑いをしながら言った


「いえ、別にいいんですけど不思議だったのは何で全裸なのに、テンガロンハットとウエスタンブーツは


身に着けてるんですかあとレイバンのサングラスも・・・・」


「ああ、あれは、ちょっと小粋なテキサス野郎を演出しただけで、雨にもマケズ、風にもマケズ、一日に


バッファロー1頭を食べバーボン1本ヲノミ・・・・みたいな、たくましくそれは頼れる男性像を、想定しましてね」


「ハーレーダビットソンに乗る時も全裸ですか?」


 「まあテキサスはあついですしねぇ、 ああもちろん、ただのたぎる筋肉兄さん


ではありません、正義の人です。 彼はマティンルーサー、キング牧師の暗殺を阻


止しようとして単身、ハーレーで乗り込みます、もちろん全裸で・・・」


 「なぜ全裸の必要があるんです」


「それがポリシーだからです、アイデンティティーと言ってもいいですが・・・」


「暗殺を阻止する前に殺されるでしょう、普通に」


「それが狙いなんです、もちろん差別されます、でも自分を犠牲にして差別されながら死んでいったことに


対していまで差別されてきた人たちがあらためてその愚かさに気づいて、そして憎しみが相殺 されるわけ


ですそして愛に変わる」 言ってるうちに葛葉自身も、わけがわからなくなったが、とにかくなんか怒りを


そらさないと、その一心から話し続けた


「なんですかその、気のふれたジョンレノンみたいな発想は」白虎が呆れ顔で言った


「前から思っていましたが葛の葉殿あなたはフォトショップ検定やいろんな資格持ってるでしょう、語学に


も堪能でそれなのになぜその力を世の中の役に立つことに使わないんです」


「でもぉ 、そんな知識とかそう言うものは自分がやりたいことに使う物じゃないですか? というかど


うやったら役にたつのか分かりませんし、でも店の人たちは皆、色々なものを流しながら喜んでくれまし


た」


 葛の葉がおっとりと言って白虎の目が穏やかになったような気がした、実際には生気が抜けているだけだったが


「まあ、そこまで設定を考えて、作ってくれただけありますよ、最初はわからなかったんですがどんどん


カレンダーがカピカピになっていくんです、今では全部かぴかぴになってくっついてしまった」 


白虎が頭をかきむしりながら言った 


 わけのわからないことを話し続けて、なんかサーフボードを万引きしてこいって言われたらどうしよう


とか余計な脳内一人大喜利を始めてしまっていた 葛の葉の脳内ダムが決壊した 


「うわああ フォンデュ、チーズフォンデュパーティじゃあ」


ストレスハイの反動で、 床に倒れてゲラゲラ笑った 


「ぎゃはははは、もう今年は終わってしまった」つられて朱雀も大笑いして床に倒れた


二人は床に倒れて、不思議な踊りを踊りながら笑い続けた。晴明も横をむいて震えている


「おまけに鮭缶とイカをミックスジュースにしたような匂いがするんです」白虎がうなだれて言った


「ちょっとお、何でそんな面白いこと言うんですか?」


「おなか痛い」


 笑いすぎて二人は苦しみだした


「はは、あひゃひゃひゃ」白虎も笑い出した


それから机につっぷしてドロッとした目をしたまま言った


「清明様いま青竜がなんでマグロ漁船に乗ってるか、知ってます?」


「ええ」これには清明もびっくりして立ち上がった 「何じゃ、マグロ漁船てお前たちまた何か、まとまっ


た金が欲しいときはわしに言えと言ったろう」


「知りません」朱雀がきっぱりと言った 


「ホントに何のことやら」葛の葉が不思議そうに言った


「とぼけるな、あいつはこの前は蟹工船乗ってただろう」 立ち上がった晴明の肘が葛葉のキセルに生きよいよくあたった


そのひょうしにキセルから火種が飛んで清明の背中に入ったぎゃああああ」清明が叫んだ


「あら、大変服をやぶかないと、白虎どのお願いします」


「わしが?」ぼんやりと白虎が言った


「男の人の服を破くのはあなたさましか・・・・」


「朱雀、氷を持て早く白虎どの、熱い熱い、早く早く」晴明がのたうちながら言った


晴明様ったらそんなおねだりしなくたって、もほぉ」葛の葉がニコニコしながら


言った


「ぎゃはは、おねだりってつぼった、つぼった、ヘラに入った」朱雀が製氷機の氷をぶちまけた


「あー」ダルそうに立ち上がって白虎が服を一気に破いた


清明がいそいで服を脱ぐと服からこぼれた火の子が葛の葉の足の甲に落ちた


「ぎゃああああ」と叫んで振り払おうとした瞬間


もう片方の足が朱雀がぶちまけた製氷機の氷を踏み、そのまま後ろにひっくり返って後頭部を思いっきり


打った、ゴトンと鈍い音がして葛の葉はそのまま動かなくなった


清明が前のめりに倒れ白虎の股間に顔がぶつかった


「ぎゃああああはは、リアル」それを見た朱雀が指差して更に大笑いしたのでとっさに白虎は思わず晴明の


頭を掴んだ、そのとき氷を踏み滑っって清明の頭を 床に叩きつけてしまったまたごっとんと鈍い音がして


晴明も白目をむいてそのまま動かなくなり、助けようとした白虎も氷を踏んで、体勢を立て直そうとして食


卓の角に頭を打って前のめりたおれ動かなくなった朱雀はまだ笑っていたが白虎が倒れた拍子にすごい勢い


で食卓がずるっと動いた


逃げようとして後ろに冷蔵庫があるのにきずいたが遅く冷蔵庫と食卓の間に挟まって「ぐえっ」と呻いたま

ま二つ折りになって動かなくなったそして誰も動かなくなった


まだ湯気の立っている料理を油すまし達がこそこそ運び出した


食事をしたら近頃凝っている蚤の調教をするつもりだった、いつかサーカスをつくるために、それには涼し


く静かな清明の寝室が一番の場所だ


物事はただ起っていく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る