第5話逢魔が時の猫4

ぶはっと白虎がお茶を噴き出した それが油すましに直撃して「ヒイッ」油すましがショッカーのような声を出した「なんだそれは、新しい術か」青竜が言った


「そんなわけないだろう ふざけたこと言うな」


 「おれはいつでも本気だが、女はめんどくさくなってきたしな、お前めちゃめちゃ子煩悩になりそうだし、2時間あれば十分だぞ


 1000年忘れられない2時間にしてやる」


「ななな 何を言ってる」 「ククッ」笑いながらゆらっと立ち上がった


 その時 「青竜」 低い声が聞こえて朱雀が紙を広げて立っていた


「これ覚えてるか?」 青竜の顔色が変わった


 「ああ布団は客間にひいてやったおとなしく仮眠しろ」


言われた通りに青竜が出て言った


「なんです、それは」


 「昔貰った手紙です、白虎殿が持っていてください、魔除けになります「はあ、あいつはどこまで本気なんですか」


 「それはわかりませんが、白虎殿も過剰反応しすぎです、完全にブックマークされましたよ」


「はあ」


 「あいつは幻術も戦闘も超一流ですが、そういうラミアスの剣を持っているのにそれでヤドカリを取る穴をほじくったりす


るのが心底楽しいんです」


 「物凄くわかりにくいたとえですがわかります」白虎が肩を落とした


「ことの重大さがわかってないでしょう、あなたは今日からそのヤドカリなんですよ」 朱雀が言った朝、揺さぶられて目が覚めた 何年かぶりの深い安らかな睡眠で何か今までに溜まった疲れや枷がすべてぬけおちた感


じがした


 それだけでも幸福な気持ちだったのに自分を起しているのは天使に見えた 「おはよう、おはよう先生疲れは取れた」 よく見るとこの間の少年で自分の顔を見てにこにこ笑っている


記憶が湧き上がってきて跳ね起きた、少年が驚いたように目を丸くした


 「どこにいたんだ、大丈夫だったかね」というと「心配してくれたんだありがとう」と言ってまた笑った


「失礼します」 昨日中蘭と名乗った 女が入ってきた 「目が覚めましたか余計なお世話かと思いましたがお風呂も沸かしておきましたので、よかったら・・・・」「ああ」言いながら起き上った、出勤前に風呂なんて何年振りだろう、でも風呂は壊れていたはずじゃあ・・・


ぼんやり考えながら風呂に向かおうとするといい匂いが家じゅうに漂っている


 雨戸が全部引きっぱなしなのが気になったが、よく見ると家の中がピカピカに磨かれている


 悲しく貧しい精神はその家具に宿る 自分で格言を作ったそれらは丁寧に磨きこまれ命を吹き込まれたように


 見える


そして浴室も綺麗に磨かれていた 清潔な湯につかるのは何とも気持ちよかった


 リラックスでき 生き返ったような気分になった



風呂から上がると食卓に色々なものが並べられ小年と中蘭そしてもう一人女が座って自分を見て指をついて頭を下げた


 「葛の葉」と申します


思わず目を見張った 自分はこれほどまでに美しい女を見たことがなかったからだ


 色が抜けるように白く透明で向こう側が透けて見えそうな風情だ「さあ、覚めないうちにどうぞ」


 いつもは駅の立ち食いか、コンビニのサンドイッチで済ましている


自分には最高の食事だった


 シジミの赤だしの味噌汁、焼き魚、ぬかずけ、卵焼きのかわりなのか和風のあんかけのオムレツまであった


どれも非のうちどころのない味付けで食べ過ぎないように量も調節してあった


 食べ終わるとすぐ、ほうじ茶が出てきた


「あの、何が何だかわからないんだが・・・・」やっと昨日からの感想を言った


 「もちろん、承知しております」 葛の葉と名乗った女が言った


「でも説明するととても長くなるのでお帰りになったら説明いたします、夜のお食事の支度をさせていただいていいでしょうか?」


  「ああ」 「それではお支度を遅れてしまいます」


ちょうどいい時間だった


 隣にいって着替えると、くたびれたスーツまでパリッとしている


出かけ際に「今日も手術なのでしょう」 「ああ」 答えると自分の手を取ってぶつぶつ言った


そして 「大丈夫必ずうまくいきます」といってふんわり笑みを浮かべた 3人がそろって「行ってらっしゃい」と言った


  不思議だが心は今までにない感情に満たされていて暖かかった


それから身体にも力がみなぎっていた気分よく病院についた


 朱雀はかげからそれを見守った


 手術も今までにないくらいの出来だった 


   日が暮れてから葛葉は稲荷様のところへ出かけた


 最初はまだ怒っていた稲荷様も葛の葉のいつにない真剣な態度に話を聞き二人は長い間話あった


  帰ると電気がついているのは不思議だった


ドアを開けると「お帰りなさい」と声がした たくさんの声がして コマちゃんが天使の笑顔で走ってきて飛びついた


「先生、先生お帰りなさい」後ろから 葛葉と中蘭 あともう一人中蘭と同じような縮緬のきものを着た女がいる


 こちらは黄色に黒のだんだら模様の帯を締しめている


玉欄と名乗った 


 葛の葉がもう一人呼んでいいかといったのでうなずくと小柄な娘が入ってきた


 顔を見て驚いた


あの霧に囲まれた日一人で、自分の倍ほどの鎧武者たちを相手にして戦った娘だ


 あの時とにかく逃げるので精いっぱいだった


ショックを受けると人間の思考とか間隔は簡単に狂ってしまうことが実感できた


 いつもは起こることを想定してからアクションを起こす


いつも通る坂道で日本刀で襲われるなんて誰が考えるだろう


 帰ってから中蘭 が「心配ありません」と何度も言ってくれたがつい手を取って「無事でよかった」っと言った


朱雀と名乗った女は下を向いて照れたように笑った


 近くで見ると驚くほど幼かった


夕食はすき焼きだった


「お前のここ一番はいつもこれだな」朱雀が言ってみんなが笑った


 でもこの状態は何だろう 自分は確かに正気で仕事もしてきた


帰ってきたらいつも買ってきたものを温めて食べて眠るだけだ


  今日いきなり、大人数で鍋を囲んでいる 尋常でないほど美しい女と天使のような男の子


そうだ、この子が呼び水になったのだ この子の名前それしか知らない、もしかしてひどい犯罪に巻き込まれているのかも


しれない


 なのに不安は感じなかった、それどころかくつろいで楽しんでもいた 、食事がこんなに楽しいの初めてかもしれない


家の中もピカピカになっている


 グラスがあいてるのに気づいて葛葉がどうぞとビールを注いでくれた


 あまり酔わないようにしなくては思いながらビールを飲んだ でもみんなの顔は好意と善意に満ち溢れていて


何とかして自分を喜ばせようとしているように見える


 そんな風に考ええるのはよこしまだし愚かしく感じられた食事が終わり、かたずけがあらかた終わってしまうと何か重々しい空気が食卓に立ちこめた


コマちゃんだけが眠そうでうとうとしだした

 「もう眠らせないと・・・」だれかがつぶやいたので、抱き上げて置くのへ屋に運んだ


その体はくにゃくにゃとして温かく柔らかい


 「先生こちらへ」 葛の葉が招いた 自分がいつも眠っている寝室に入っていく


いつも敷きっぱなしの布団がふかふかになっていた


 お盆を置きお茶を置いた 「もうお気付きでしょうが私たちは人間ではありません」


 葛の葉が自分の目をまっすぐに見ながら言った


 少しも驚かずうなずいた「ああ」わかり切った発見をしたときだけに訪れる落ち着きが訪れた


足りなかったパズルのピースがすとんと落ちて来たような安堵感があった


 その表情を見ると葛の葉はほっとしたように微笑んだ 「心の強いお方で本当によかった」


「そうかね」 


「そうですよ、あなたの心の強さと頭の柔らかさがあの子を呼んだんです、それから私たちも・・・・」


 「あの子はいったい何だね?」


  「猫又という物の怪です、人に仇をなすようなものではありません 弱い、儚い存在です


 あなた様とは前世からの因縁になります、これからすべて説明いたしますが、今の世とはすべてが違っております


 善とか悪とか言われるものはほとんど現代とは真逆に等しく、たくさんの人が何もわからずに死んでいきました」


 葛の葉はそこで言葉を切った、皮肉、突然の落下 、のたうち跳ね回る状況なのに絶対的な勝者はいなかった


「言葉では説明ができません、だから実際に見ていただきたいのです」


 そういって近寄ってきて額を押した 目の前に光の乱舞が見えた夜には人斬りが出るらしいので絶対に人間のエリアに入ってはいけない


葛の葉から言われていたコマちゃんが夜誰もいない道をすたすた歩いていたのは、ふわふわ屍鬼死神が飛び回っていた


せいだ、このころには珍しいことではなかったが今夜は特に多い


 この連中はうるさくからんで来たり、愚痴をこぼしたりとにかくかまわれたいので付きまとって離れない


そのうえ、間の悪いことに空には大名行列がいた、人間が百鬼夜行と呼ぶものだがこの連中もうるさい


  たいていいつもは海や山に籠っているのだが時々行列をになって遊びに来る


何が混じっているのかわからないのでとても危険だと青竜でさえ言う


 不安になって人間の道を歩いた 、稲荷様の偏頭痛のための薬を取りにいかなければならない 大した距離ではない


がこんな者たちに出会うとは思わなかった


 その時、湿っぽい夜気にまぎれて叫び声がした


 コマちゃんは脚を止めて橋の陰に隠れた


数人の男たちがいて一人を囲んでいた 鈍い打撲音がして物凄い声がした


 ひときり・・・コマちゃんはとっさに橋の主柱に隠れた 男たちはすたすたと歩いていく コマちゃんは驚いて思わず声をか


けそうになった、斬られたものはまだ動いている  周りに誰もいなくなってから駆け寄った


 (なんで、とどめを刺さないんだろう) 近くに来た死神に(ね、かわいそうだから連れてってあげればと言うと


(まだ死んでないからねぇ)死神も困ったように言った


  その時(何か来る)と言って死神がコマちゃんを引っ張った

 

そして刀が一閃した うめいていた首が胴を離れ 空を飛び川に落ちて 洗い清められた

 視線にきずいて小さな男の子がいるのを見つけたいつもなら何のためらいもなく切り捨てていただろう、だが不思議なのはその子は切られた首の断面を見ていた骨がそいだようになっている (すごいや)コマちゃんは思った


 そして「おじちゃん天才だね」笑って言った


面食らったのは斬ったほうである そして笑いながら近づいてきた  その時にはもうすっかり毒気を抜かれていて斬ろうとい


う気持ちが萎えていた これはコマちゃんの天真爛漫のせいだけではなく、死神も手を貸したせいだ


  その時人間には聞こえない足音を聞いてコマちゃんは「おじちゃんこっちへ」言いながら手を取って橋から飛び降りた


ふわっと橋から飛び降りると橋の下に隠れた


 何か言おううとすると「しい」と言って唇に手を当てた


バタバタ足音がする、


  二人は身を潜めて待った


それから「もう大丈夫」 コマちゃんが笑って立ち上がった また光の乱舞赤く長い座敷を通ったような気がしたと思ったら、葛の葉の顔があった


 「ほんの少しですがお疲れになりましょう?まだご覧になりたいですか?」


「いや」 ほとんど思い出していた、スルスルと何かがほどけて明確になった


 自分はひるまなかった何とかして力を得ようとしていた しかし認められなかった 激しく短かった人生 


ずっと願っていたことは強くなりたいと言うことだけだった


 強くはなったそして利用された、自分の身分が武士の出ではなかったからだ


 「あなたはあの子を助けてくださった、小説やテレビでイメージがゆがんでしまいましたが、誰もが自分が正しいと思って


いて、でも もうすぐ幕府がなくなるのを承知していたのに、幕府が引いた身分制度を重視した


矛盾だらけの時代だったのですよ」


 (それにしても稲荷のやつあんな小さな子使いに出すなんて、偏頭痛ってなんじゃ)思い出すとまた腹が立ってきた


「それで、私はどうすればいいんだい」その声で我に返った


 「コマちゃんがね、あなたと暮らしたいと申しております」


「ええっ」 と言って絶句した


 「驚くのも当然でしょうが、あれからもっと酷い戦いがあって刀は使わず、銃と大筒での戦いです


  私たちも隠れるのに必死で、コマちゃんは犬神様に守られていたんです


犬と猫なのにね、犬神様もあの子をほっておけなかったのでしょう」


 「何で私と暮らしたいと?」


「ずっと気にしていたんですよ、あなたが幸せかどうか、犬と言うのは基本的に、主人には何かしてあげたいと常に思って


いる 動物なんです、犬神になるような方は特に、あの子はその気質を受けついたのでしょう」


 「私が不幸だと?」


「それはわかりません、でもあの子は言いました、先生はずっと一人だったって、ずっと笑わなかったって」「 でも、その犬神様と言うのは?」


「犬神様には使命があります、あの子はねもう100年以上も生きているんです、あの姿のままで、物の怪もゆっくりですが


 年を取りますから、本当は大人になっていてもいい、でもとてもひどいことがあってあの子の時間は止まってしまったんで


す」「ひどいことって?」


「あの連中をご覧になったでしょう?」


 「あの、武者みたいな?」


「そうです、あれは家来ですが、あそこの藩主に兄弟も母親もみんな殺されました、酷いやり方で、本人は覚えておりません


 記憶は私たちが消しました、それでもまだしつこく狙ってきます


 今回あの子がここに来たのは、いつまでも大きくなれない自分のせいで、犬神様達が身動きが取れなくなっていたのを


気にして私たちを頼ってきたのです、そして先生を見つけたのでしょう」


  (おなかがすいてるんだ) あの時の思いつめた顔を思い出した


「あれは、いったい何なんだ亡霊なのか?」


  「亡霊と言うか念ですね、生きているときから欲望が強くてみずからを食らい、自滅して、それでも目につけたものを


引きずり込もうとする」


「 欲望? 」  葛の葉がしばしぼんやりときずまりな顔になった


  「もう、遅いですし、話しすぎました、明日あの子と直接話してくださいませんか、すぐ決心する必要はありません」

 

 そういって立ち上がって額に手を当てた


「よく眠れますように」笑うとすとんと頭が重くなって眠りに引き込まれた朝起きるとまたいい匂いがして「おはよう、おはよう先生」という声がしたその声だけが元気がよかった


女たちが支度をして同じように笑って送り出してくれるときもコマちゃんは葛の葉の後ろに隠れるようにしがみついていた「話は帰ってからいたします」葛の葉がこっそり囁いた 


 子供が思いつめるとああなるのだなとひそかに思った 自分の役目は話をできるだけよく聞くことだ


物事を単純化する作業には慣れていた 継続というのは最良の薬だった。 特にこういう日には・・・・・・




  今取り巻かれている状況が異常でも順序は守らなくては、今までの仕事が成功したのもそのせいで、何を優先するべ


きかというのはどんなことでもその大きさにかかわらず大事にしなければ、それから仕事に集中した


 帰って夕食が終わりまたみんながふわふわ消えてしまって、真の前に思いつめた顔のコマちゃんがいた


  「思い出したの、先生? 」


「あらかた」  「先生は強いから平気ってみんな言ったけど、普通はずいぶんヘンテコでまさかって思うと思う」


 その声が微かに震えているのがわかった


 「たぶんびっくりしないのは」 そこで言葉を切った、自分は何でこんなにすんなり受け入れられるんだろう


何か大切なことを忘れてはいないか?


 「もう一つの魔法、こっちは誰にも言っていないんだ」 コマちゃんが小さくかすれた何かの羽音みたいな声で言った


 何かが深いところでつながったさざなみのようにすべらかに感情が動いた


 あの時自分は何もかもが気に入らなかった 橋の下に隠れて足音を聞いたとき無意識にこの子を抱きしめていたのを


思い出した


  足音が通り過ぎてから「送ってあげよう」と言った


 少年は黙って自分を見て 「何を怒っているの?」と聞いた


その時、今までぼけていたピントがあって一気に視界が開けた


 「怒ってはいないよ」 確かに怒っていない、自分はずっと不満を抱えてきたがそれが怒りではないと始めて気付いた


 働けば、働くほど周りは自分を遠ざける自分は悔しかったが怒ってはいなかった、認められたかっただけだ


 「おじちゃんは天才だからねたまれるんだよ」その子が自分の苦しげな表情を冷たく透き通った水のような目で見て言っ


た、あの時暗がりで光っていた目は子どもの物ではなかった


大人の物ともちがったが自分の心のすっと奥のほうを見つめていた、とても静かに


 「そうかな」言いながら、自分で選択した行動を無意識にとった


  少年をもう一度ぎゅっと抱き締めた、そのときに何かが流れ込んできて二つの湖が水脈のようにどこか


深い土の中でで繋がった、それは何かの始まりで、絶対的なものも単純な役割のものも存在しないと自分に認識させた


  そんなふうに思えたのは始めてだった、いつも自分の周りをおおっていた膜がすっと溶けた


橋の上に出て「送ってあげよう」とごく自然に言った


 そのまま黙って歩くと自分の胸からふわりと苦しみが蒸発して行く


「ここでいいよ」少年が言って自分を見上げた


 「これ持っててくれる」赤い石を渡した「それがあればきっと変わるんだ」それから普通の子どもに戻って


にっこり笑った


 それが分かった時・・・


はっ顔をあげた あの時と変わらない少年がひどく悲しそうな顔で見た


 「僕が遅くなったんだ」 


 「だからずっと気にしてくれたのかい」


と言うと黙ってうなずいた   


 コマちゃんがもっていたのは稲荷様から貰ったお守りだった


 一回だけ魔法が使えるとにこにこ笑いながらかんざしから引き抜いてくれた物でそれで何か解決すると思った


 コマちゃんは人の心は読めない、でも人の発散する感情が分かった


 その人は今まで見たことないまぜこぜの光と煙に包まれていた、血の匂い、混乱、そして孤独


その人じたいは自分の寂しさにきずいていない、怒りにすりかえられていたのか、それが当たり前になっていたのか


分からなかったが自分をかばってくれただから、コマちゃんは石を渡した


( 稲荷様の力で、少しは寂しくなくなるかもしれない、お願いすればもう一つもらえるかもしれない


そうだ、また会ったとき渡そう)そう思うとウキウキしてきた でもそれには早く薬を持って帰らないと・・・


「じゃあね、またね」コマちゃんは笑って言った


 路地に消えた後ろ姿を見送ると、しっかりと握っていたはずの石は跡形もなく消えていた


 周りを探したがなかった


   次の日その路地に行くと細い塀に囲まれた道に家はなく一番奥に小さなお社があった自分の負い目を何とかして挽回しようとする、懸命さが痛々しいほどわかった、「大丈夫、もう思い出したから・・・」


 言いながら、ぎゅっと抱きしめた、自分の心とつながった部分があるなら伝わると思った


あの時、介錯人が刀を振り下ろしたとき、自分は誰かに手を引かれて空中にいた


 さわやかで、すがすがしい風が自分を抱きしめた、自由になった喜びしか感じなかった


下を見ると首のない自分の体が見えたが、もうどうでもよかった 


 「全然痛くなかったの?」 コマちゃんが驚いたように言った


「ああそうだよ、何も感じなかった」 「そうなの」言いながら表情がぱっと晴れた


  「じゃあ、魔法はきいたんだね」


「魔法?」


 「あの赤い石に願い事をしたんだ、先生が天才だってわかってもらえるように、おじちゃんの首を切った人に


憑いたみたいだ、つまりねあれが先生の力なんだよ」


 ああ、そうだったのかなぜかすんなり納得が言った


 病院でもたまに奇跡と呼べるようなことが起こるが、ああゆうのにもちゃんと種明かしがあったんだな


  でも、正真正銘の奇跡も存在する


 「ここで暮らすかい?」ごく自然に言葉が出た


それからコマちゃんはここにいる これが奇跡でなくて何だろう


 時折、ふざけて聞いてみる 「先生はすぐに、くさい年寄になるんだよ、それでもいいのかい?」



 「そしたらね、毎朝言うよ 、おはよう、おはよう 大好きな くさい、年寄の先生」


  言って少しも変わらない姿で笑う まあそれだけなら美談なのだが それから葛の葉たちがわらわらやってきた



 「 よくぞ決心なさいました」


 葛の葉が涙ぐんで言う


 「もう一つお願いがございます」


 「なんです」



「あの子が狙われてると申しましたでしょう 私たちは極力見張っておりますがそれでも心配で、それでですね


 まあいろいろ相談しましていざというときだけ先生の力を戻したいと思いまして・・・・・」


「私の力って前世のかね」


 「もちろんです でももちろん生活には差しさわりはございませんよ」


 葛の葉は言った「まあほんとに非常時な時ですけど・・・・」


言いながら耳の横でクルクルと指を動かした


「 あの子を本当に助けたいと思ったとき、あなたが使っていた刀と、昔の能力が出てきます、手を前に出して」


 言われたとおりに手を出した」ずしっと手がい重くなったと思ったら刀があった


 感触に覚えがあった  しばらくするとパッと消えた


「あいつらを切るのかい?」 「もちろん」葛の葉はにっこり笑った


 「あれは人間ではありませんし、この世にとどまっていること自体がおかしいのです、切ってやれば本来のところに戻る


のです、絶対的に正しい処置です、遠慮はいりません」

 

「昼間は外科医で、夜は人きりかい?」 なにかすっきりしない気持ちでいうと


  「なーにをおっしゃいます、葛の葉が」ころころ笑った


「やってることは同じですよ、人助けです、人きりなんてね変な呼び方をする必要はありません、その時の価値観や常識な


んて状況でパッと変わります、あの子を助けてあげてください」


 「ああそれはわかる」 葛の葉の理屈もわかるが、あの子が掴まればどんなめにあうかそっちのイメージは受け入れや


すかった


  「この家は、結界がはってあるから安全です、あと見張りも付けますから・・・・」


「見張り?」 「お気になさるようなものでは「ございません 人間とは違ってほかのことは気にしませんから」


 隣から「お支度が出来ました」 と声がした


「さあ、ごはんにいたしましょ」


 「おはようせんせいおはよう」 起きると何か変な音がした


その音のほうに行くと水槽に大きな金魚が二匹いて丸い目がこっちをみた


「お姉ちゃんおはよう」コマちゃんが言って餌を入れると笑ったように見えた余計


な話はまだあってある日 コマちゃんが遊びに来て言った


「 今日はちょっとさむいねぇ、あったかいココア入れてあげるね」


 牛乳を沸かそうとしていた背中にコマちゃんが言った


「ねえねえクーちゃん、えんこおって何」


 「えっ」葛の葉が振り向いてコマちゃんを見つめた


「ねえ、それどこで、聞いたの?」葛の葉が笑顔で言った 


 「うーんとなんかね、先生とご飯を食べに行ったの、そうしたら同僚の先生とかがいて笑って えんこって言った」


コマちゃんは同僚を どおりょ と発音した


「その人たちお酒飲んでた?」葛の葉が優しく聞いた


 「うん、せんせはあまりお店知らなくて、病院の人たちといったところに入った


んだ そしたらどうりょの先生がいて


意地悪そうに笑ったの」


 「へええええ」 葛の葉の目がきらん、正確にはキッラーンと光った


「今度、先生と一緒に連れてってくれる?」葛の葉が言った


 「くずちゃん、口しか笑ってないけど、なんか悪いこと言った?」


「くずちゃんじゃないでしょう」 


  「ごめんなさい、くーちゃん」


「コマちゃんは何も悪くないからね」 グググと喉から低い声を出して葛の葉が笑った


  この子がどんな思いでここまで来たと思ってるんだろう


 コマちゃんの頭を優しく撫でながら考えをめぐらした魔が差すという言葉がある


が葛の葉に言わせればそれは正しくない


 正確には、魔が入る というほうが正しい 葛の葉は鏡を覗き込みながら思った


  入った魔はゆっくりと発芽し、香りをたて、根を貼り 葉を茂らせその人の人


間性を形成するものの一部になる


 念入りにでも濃く見えすぎないように化粧をし絹のシャツの襟を立て、2つ目までボタンをあける


黒ペンシルスカート、足元は冬用のボア付、迷彩柄のサボ、香水はベビードールで思いっきり甘ったるく


 マニキュアはベージュ、羽織るはふんわりと暖かそうなカシミア、これと血の色のガーネットのピアス


地味にならないように下品にならないように、まあ大体こんなに長いこと同じ姿でいると自分に似合うものはわかっている


 あとは適度な流行と洗練 相手のツボと言うか弱点がわかれば完璧


 これで装備は完了  武器はフェロモンの剣 攻撃呪文は女郎蜘蛛の呪い  


集中してフェロモンをマックスまで高めた


  化粧はいい感じに仕上がった


 まあ、隠れ2丁目系でなければまず大丈夫だろう、そういう場合があったら白虎を差し出せばすむことだし・・・「洋服なんて、珍しいね」先生は驚いたように言った


「たまにはね、和服はどうしても目立つんです」葛の葉が笑いながら言った


 「そうだね、和服には似合わない店だから・・・」


3人は昨日の居酒屋向かっていた、


 (いる)葛の葉はにんまりした、地下への階段を降りると、視線が刺さるように感じた


初めに先生とコマちゃんを認めてニヤニヤ笑ったひそひそ言った、その後で葛の葉を認めるその顔から、小さな羽虫の群


れのように何かが抜け出ていくのがわかった


 席につくまで、ずっと視線は続いた、これからは正直な真実を見せる、気配だけで十分、脚フェチの男がいるのか


脚ばかり見ているやつがいる サボを履いてきてよかった、足首が一番きれいにみえる


 胸も膨らませておいたし


 人間のこだわりは変だ、つまり概念と言うやつ、 成功者は少しでも自分を大きく見せたがり、そこに悪意とか妬みが生まれる


  もっと悪いのは無知で知らないことを勝手に自分のものさしで測る、そして成功できなければ、普通を目指す


ものさしはそれぞれ違うし、線の引き方も違う そんなことは本人にしかわからないのに何で無理やり位置付けをするんだろう



葛の葉はにこにこ笑いながら思った、時折横でいっしょうけんめい食べている


 コマちゃんの頭を愛情をこめて撫でてあげる


先生には、尊敬のまなざしをこめて見つめる、どっちも本物、本物で正直で大切な愛情


 だから、守らなければ、自分の幸せまでなくなってしまう


 先生が 「そろそろ出ようか」コマちゃんが食べ終わったのを見て言った


「はい」と言って歩き出すとテーブルから声がした


 「誰ですか?」紹介してくださいよ


「えー」言葉に詰まった、先生の代わりに葛の葉が答える 


 「昔、この子が手術をしていただきまして、母子家庭何で何かと先生を頼ってしまって,


いつもいつも親切にしていただいてるんです・・・・・」


「お母さんなんですか?」


 「ええ」


 店の中はかなり騒がしい、」


 葛の葉はバックを落としたふりをして一番、悪意を持ってクールにふるまっている手前の男に


 だけ聞こえる周波数で低く囁いた


 「素人童貞、これから レオナちゃんか? 向こうは業務だぞ お前、全身からキャンベルのスープ缶より 鉄さびの匂い


がするし速すぎるし小さいのに偉そうだな」


 男の手からグラスが落ちた


「あら、お怪我ございませんでした」 葛の葉は、日本画から抜け出てきたような笑顔で笑ったこれで種まきは終わり あとは成長の過程を待つだけ どんなものが育つかしら、 うふ

朝いつものように出勤すると昨日の連中が自分を見つけて一声に挨拶してきた


  「おはようございます」 いつもは自分を見つけると嫌なものでも見たようにそそくさと行ってしまうのに・・・・


「ああ おはよう」 少し戸惑いながら挨拶を返す


 驚いたことに、昼食の時間まで声をかけてきた、「昨日の人は恋人なんですか?」


「あ、そういうわけじゃないんだが・・・・あの、長い付き合いで、二人とも病弱だから・・・・」


 この辺は葛の葉に教えられていた、答えだが なんだか照れくさくてしどろもどろに、なった


 そして日が暮れるころ、仕立てのいいスーツに身を包んだ長身の男性が尋ねてきた


  堂々として  礼儀正しくナースステーションに尋ねてきて、固まっているナースたちにさわやかに微笑みかけ


岡田先生に紙袋に入れた物を届けてほしいと言った


 中には風呂敷に包まれた重箱が入っていて自分の姉が作ったものだと言った


「こんなこと、をお願いするのは失礼でしょうが、同僚の先生も何か外食ばかりのようで大変心配していまして、本当に心


配性で困っているんです」 自嘲気味に笑った


「こちらはよかったらこれはみなさんでどうぞ」 別の袋を差し出した 


  中には葛の葉がていねいに焼いたローストビーフ、ごちそう各種、 それからゴティバのチョコレートがこれでもかぁ


っと入っている 「お忙しいところ、本当にすいません」 フランクミューラーの時計が光った


それから、ベンツで去って行った


 その後、ナースステーションは蜂の巣をつついたような騒ぎになった


 思い込みを、出来すぎな状況や運や成り行き出なく実力行使でひっくり返す


葛の葉の得意とする作戦は見事に当たったようだ


 自分の部屋の水晶玉からこれを見ていた葛の葉はニヤニヤしながら「チェックメイト」とつぶやいたそれからも葛の葉達はよく来る、来るとすぐにわかる、水槽がからっぽになっていて、オレンジと黄色の縮緬を着た


中蘭と玉蘭が迎えてくれる



 葛の葉が作った料理をみんなで食べて、それから映画をみる たいていコメデイで、朱雀が選んだ カンフーハッスル


は面白くてみんなで笑った


 ほかにはアニメとかだが、そんなものは子供の見る物だと思っていたのにすごく絵が綺麗でのめり込んでしまった


映画がこんなに楽しいものだと初めて知った


 それからコマちゃんは、本をよく読む最初は葛の葉がタブレットを持ってきてそれで注文したりしている


付き合いが悪いく暗い自分は、料理上手な恋人のために早く帰る律儀で寡黙な人に変換されたらしい、今まで自分をあ


からさまに避けていたことなどなかったように普通に挨拶もされる


自分も笑ってあいさつを返す


 朱雀は、歩きながら聞けるんですよと言って小さなアイポットをくれた


仕事の帰りに何が入っているのかと、おそるおそる聞いてみると以外にも、フィガロの結婚とか真夏の世の夢


なんかが入っていた


 それを聞きながら歩くと何か映画の中にいるよう感じられた


通りには人が溢れなぜだかそれが嬉しかった


 行きかう人の顔や髪型に見とれ、ビルや電車や車 すべてが嬉しく美しく感じられた


 張り切って歩き、スーパーの前に整然と積まれた果物の端正な並べ方に感心して、みんなのために林檎を袋いっ


ぱい買って帰った

 気になっているのは、あの落ち武者たちの存在だが、まだ現れない


「先生を警戒しているのですよ」葛の葉が言う


 「とても強くてその能力はすぐ使えるし今はもっと強いんです」


 「それは周りの協力だろう?」と返すと


「それも、ありますがね」葛の葉が外で細く流れ始めた虫の音を聞きながら言った


 「エクソシストってあるでしょう あの逆・・・・・」


ケーブルテレビで見た、コマちゃんが途中で起きてきて「怖い」と言って頭を抱えて逃げたので途中までまでしか見れな


かったが、葛の葉が自分を見ていった


 「天使が取り付いたのですよ」閑静な生活


でも、仕事だけはきちんとした、昔から何かを成すには一人になってもしょうがない、と思っていた


口下手で楽しむことを知らない自分には無理やり友達になってもらうのは苦痛だし、やりかたもわからない


 仕事が終わって質素な食事を終えると心からくつろいだ気持ちになって、毎日はどんどん過ぎた


でも今は違う


 映画を見て笑ったり、音楽に感動したり、時折コマちゃんが大好きなステーキハウスにも行くすっかり、馴染みになった、ウエイトレスが嬉しそうに話しかけてくる


葛の葉たちも、暇さえあれば尋ねてくる


  奇跡的なビフォアーとアフターに見えるだろうが、葛の葉が言ったことを考えれば深く考えるまでもないでもこの子は大きくならないとなると自分だけが年を取っていくのはおかしくはないか


と思って聞いてみた「それは大丈夫だよ」 コマちゃんはいとも簡単に言った


「魔術でもごまかせるしそれにね、僕が急に大人になるかもしれないし・・・・」


 「そんなことがあるのかい?」思わず聞きかえすと


「だって急に成長が止まったんだよ、逆もあるでしょう」言いながら 今読んでいるという本を見せてくれた


 レイ・ブラッドベリと言う作家のたんぽぱのお酒と言う本だったが、主人公はアメリカの退屈な退屈な田舎町に住んで


いる空想好きの少年で、ある日商店の古びたマネキンの指の間に挟まれた紙を見つける


 こっそり中を覗いて見ると ヘルプと書いてあった


その日から、何とかしようと少年は思う 


「それでどうなったんだい」聞くと


「 どうにもなんないんだ、周りは信じてくれないし、でもいつかね その薄暗い店からすごく綺麗な女の人が出てくるんだ


とても嬉しそうに笑いながら、それでね町を出ていく、まだそこまでしか読んでないけど」


 「へぇ、歯は磨いた?」


「いけない」コマちゃんはパタパタ走って行った集中して耳のからますっぐに手を伸ばした


ずしっと重みが加わって刀が現れた


  あれからたまに試している いつ敵が現れてもいいように・・・・


たぶん戦えるとも思う、その刀は手になじんでいた


手を引くとパッと消えた  そのまま布団に入って考えた


 コマちゃんが横に滑り込んできた 「電気消すよ、おやすみなさい先生 またあしたね」と言って笑った


「すこし考えたんだが どこか違う場所に行って暮らしてみようか?」


 「へっ」 コマちゃんが言った「だって病院は?」


「病院は、どこにでもあるし 思い切って外国に行ってもいいかな」 今まで質素な生活をしてきたおかげで貯金はたっぷり


あった


「外国 ガイコクウウ」 コマちゃんが大声を出した


 「まだ、先の話だよ、興奮しない」


「うん」 と言ったが嬉しかったのか自分のシャツにしがみついた


 そうだ アメリカは移民の国だし似てない親子はいくらでもいる、ヨーロッパでもいい


パスポートの問題があるが何とかなるだろう


 それから、急に大きくなったこの子を想像してみた


きっと、王子のような青年になるだろう  そして堂々と光の中を歩いていく


 それから似蔵は自分が微笑んでいるのにきずいた


それに、自分が年を取って死んでもまた会えるだろう、 なにせ前世からの因縁なのだから

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