第4話 逢魔が時の猫3

何かはよくわからなかったのは悪意のようなものが感じられた


 反対側に走る 「先生」という声とともに自分の腕が引っ張られた


ドンと壁のようなものに当たった 周りが見えないので手探りで移動する


 固い壁の手触りが続く


 その間に影が追ってくる 彼らは焦らなかった


近くで見て愕然とした


時代劇から抜け出してきたような侍の格好をしている 刀を構えそれからゆっくりと間合いを詰めた


 壁の感触を確かめながら進んだ それだけしか現実を確かめるすべはない 冷たくうつろな現実だが受け入れなければ


恐慌をきたせば気がふれるような気がした 


  集中して強さと勇気を持ち続けなければ、でも今自分に何ができる?


そのと気何かが反射して自分の前にふわりと何かが下りてきた


 女が二人薙刀を構えている


「この子に手を出すことは許しません」 甲高い声がした、縮緬みたいな着物がひらひら跳ね上がった


 一旬ひるんだように見えた影が、その姿を見てげらげら笑った


 「お前らに何ができる、おとなしく引け、引けば助けてやる」 女たちは相手をにらんだまま動かない


「しょうがない」と言って影が近寄ってきた


 その時、ざっと何かが落下した


 「何やってる」 その影が言って立ち上がった


小柄な若い女だった 短いカーキ色のコートに同じ色の冗談みたいなものすごい高いハイヒールを履いている


 黒い髪が風に舞った


 「お姉ちゃん」すくんでいた少年が叫んだ


 女たちもほっとしたような表情になった 


「結界を破ってくれて助かった」 朱雀が言った 


「邪魔をするな、お前刀を持ってないじゃないか」


  「あまいねえ、アメリカのスーパーで売ってる青いケーキより甘い、それにお前らんとこの大将はしつこいね、本当」


無表情のまま、のんびり言って突っ立っている姿はひどく無防備に見える


言いながら背中で行けと合図した 二人の女がすばやく移動する、一人が自分の手を取って(こちらへ)と唇だけ動かして


言った


 その手がやけにぬるぬるするのが気になったが考えたりおびえたりしている暇はなかった


「待て」誰かが叫んだ


 その時朱雀がハイヒールのかかとをトンと蹴ったと思ったら物凄く早い回し蹴りを放った


近くの影が胸を切り裂かれて倒れ掛かるところにもう一度回って蹴った、ハイヒールのかかとがキラッと光った


 刀を持った腕がスパンと切れて飛んだ


 朱雀は飛び上がって腕を掴むと刀だけもぎ取って腕を捨てた


 それから逃げる女たちを追いかけようとしたもう一つの影の背中に刀を投げた


 刀は背中に突き刺さって胸から突き抜けた


ぎゃあっと叫んでそれが倒れる


 もう一人が抜き打ちに刀を浴びせたが朱雀のほうが一瞬早い、すべりこむようにして靴のかかとをまわした

足が切れた


 倒れこむときに振り下ろされたヒールから飛び出た刃先がきらめくのを見た「こちらへ」さっきの女が自分の手を引いて走る


少年のほうは違う道に消えていく 「先生が大丈夫だからその人は味方だから」


 離れるときに少年が叫んだ


もう何も考えられず気が付くと自分の家だった


 部屋に入ると「どうぞ、ご安心ください」 と言って何かぶつぶつ言って手を動かした


「私はここで見張っております」 言って部屋の隅に座った


 改めてみてその異様な風体に気付いた


オレンジの薄い縮緬のような幾重にも重なった見たこともない着物を着ている


 「あの」 言いかけると「わたくしは中蘭と申します、わたくしのことは気にしないでください、家の外に出ないよう」


言ったきりうつむいて黙った


 チュウラン と聞いたときに何か引っかかるものがあったが何かわからなかった


気付いたのはしばらくたってからだった


 チュウラン 蘭中  あの大きな金魚にそっくりではないか


「眠れませぬか?」 「ああちょっと」


 答えるとふわっと近くに来て額に着物のそでを当てた、湿って生暖かい水の匂いと感触がした


とたんに睡魔が来て眠ってしまった

(まったく 新しいのに) 朱雀は玄関先に座ってパンプスをごしごしとこすった


 清明がどたどた走ってきた


「ああ朱雀、葛の葉を見なかったか?さっき半狂乱で暴れながら出ていったらしい、なんなんだ」


 「ああ、みませんけど行先は大体わかります」


 「どこじゃ」


「稲荷様のところです」「あ」  「あいびっくゆあぱーどん?」 清明が青ざめながら言った


 「なんですか 今の英語ですか?」


朱雀は玄関に上がりながら言った 「稲荷様のところです」


  清明がよろよろ後ろに下がった 「しっかりしてください」言いながら手を伸ばして引っ張るのかと思たらどんと押した


清明がひっくり返り後ろにあった障子に倒れこんだ


 障子がバリバリ破れその間で二つ折りになったままその姿が消えた


台所に入ると白虎が見たこともないような大きなピザを食べている


 「なんです それ」


 「いや、葛の葉殿がいないのでデリバリーを取ったんです、どうですか、たくさんありますから」


「どこからです」というとメニューを差し出した


 すましハットトリックピザと書いてある

 


「なんか油スマシがピザ屋を始めたみたいなんですよ、なかなかいけますよ」


 トッピングには タコキムチ、 コーラ飴、などがあるほかはいたって普通だが、その時清明がよろよろ入ってきた


「朱雀、お前何やっとる、早くあいつを連れもどせ」


 「どうしたんです、血まみれで」白虎が言った


「私がいってもだめでしょう、それより白虎殿に行ってもらえばどうですか」 朱雀が言った


 「そうだな」清明もあまりのピザの大きさにぎょっとしながら言った「スーツじゃないとだめですよ」 


 「さっきからなんですか?」 白虎が不思議そうな顔で言った


「ああ、あのつまりコマちゃん知ってるでしょう、あの子を稲荷様が連れて言ったらしいんじゃ、葛の葉と稲荷様は犬猿の


中で」


「犬猿てどっちも狐でしょうが」白虎が言った


 「いや、物凄く憎しみあっていて、特にあの子が絡むと、マザーエイリアン並の力を発揮するんじゃ」


「そういえば、なんか嫌な予感がするって言って、格闘技を習いに行ってましたよ」 朱雀が言った


 「格闘技」

 

「あの人がぁ?」


「お前なんで止めんかったんじゃ」


「だって内容がね、なんだと思います」


「まさか、いきなり極真空手とか・・・・・」


「そんなレベルじゃありません」


 「なんじゃ」

 

 「驚いたら駄目ですよ」


「わかったから早くいえ」 二人が乗り出して聞いた


 「ボクササイズ」 「はあ」


「あれって格闘技ですか?」 「いやただのダイエットだろう」


 「いいえ、正しくは現実逃避ファンタジーです毎週火曜日週一で、止めるのもめんどくさいでしょう」朱雀が言った


「ああだから最近、水曜日寝込んどったのか」「ぶはっ」 と白虎が噴き出した


 「何で週一のボクササイズで寝込むんですか?人間より駄目じゃないですか」「お久しぶりです、これお土産です」


 青竜は優雅な笑みを浮かべて清明にマグロを渡した「それで何で俺を呼んだ」朱雀の頬を撫でながら言った


朱雀はその手の上に自分の手を重ねて「お帰りなさい」と言った この茶番劇は絶対に欠かせない


 話を聞くと「そうか」と言って立ち上がった


「もう行くのか」と白虎が言うと「一刻も早く言ったほうがいいだろう」と言って笑った


 それからパッっとスーツ姿になった


「どうだ、チャラいか?」


「スーパーハードにちゃらいな、手に負えないぐらい・・・・」朱雀が言って手を出した


 すかさず、青竜がひざまずいてキスした


「ね、一ミリも動じないでしょう」白虎のほうを向いて朱雀が言った


 「なんなら、お前にもしてやろうか」青竜が白虎にちかずいて言った


「いい」 即座に言うと「手を出してください」朱雀が低いが感情の渦が籠っているような声で言った


 「稲荷様に逢うにはそれなりの覚悟が必要なんです」


仕方なく白虎も手を出した


 「くくっ」低く笑って青竜が唇を付けて「それでは行ってきます」と言って出て言った月影が地面を木々をさやかに照らしていた


久しぶりの地上はここちよかった


 屋敷をしばらく見降ろした 懐かしさは感じなかったが絆を感じた


 そしてその絆は強かった


白虎が本や経済や車を知っているように、青竜は地面や風や海を知っている


 夜気に包まれて進んだ


それから葛の葉と稲荷様の愛情についても知っていた


 二人とも長い時を生きいろいろな夢をあきらめてきただがあの少年のことになると別だ


あの子は無垢そのものが人間の形をとっているように見える


 青竜の目から見ればそんなに弱くはない、意思も強そうだが、周りはとにかくかまいたがる


 それからそういうのをわざと汚したり、踏みにじったりして喜ぶ者もいる


二人は何とかして守ろうとする


 夢見ることをあきらめても誰の何の役にも立たないで生きていくのは辛い


鳥居の前で印を結ぶとあたりが白い陽炎となって揺らめいた


 その中を進む とびらがあいて侍女が顔をだし「青竜様」と小さく叫んだ


青竜はその唇に指を当てると、相手は真っ赤になった


  中からキイキイわめき声がする  もう犬笛のレベルになっている

「入ってもいいかな」言いながら青竜はつかつかと中に進んだ


(スーパーハイフェロモン)歩きながらフェロモンをMAXまで高めた



 女官たちはみんなただ見とれている


奥で何かが割れるガシャーンという派手な音がした


 カーテンを開けて奥の間に入ろうとすると女官が近づいてきた


しーと唇に指をあてると真っ赤になってこちらへ と案内してくれた


 「あの子は」声を潜めて聞くと「隔離しました」と答えた


「気を使ってくれてありがとう」 言いながら中を覗き込む、稲荷は台座の上から睨みつけ、葛の葉もすごい目をしている


 それに早口すぎ、高音すぎ何を言っているかわからないレベルになっているいきなり葛の葉が立ち上がり つかつかと台座まで登った


 「なんじゃ、この下郎ここに上がるか、図々しい」稲荷も立ち上がって言った


その時、いきなりぺちゃんと言う音がして葛の葉の右ストレートがさく裂した


  隣の女官がひっと息をのむ音がした


 ものすごく痛くなさそうだったが暴力に慣れていない稲荷は唖然として固まった


葛の葉が凛とした声で言った


「いいですかよくお聞きなさい 人が自分のごく身近な人に対して狭量になるのはこの世界がどんなに複雑で残酷だか知


らないからです  あなたはそこにふんぞり返っているので人の痛みがわからないんです、たまには白夜行とか冥府魔道


とかあるいたらどうなんですか?」


「何を言う お前はえらそうなことばかり言うが、行動がともなっておらん、だいたい暴力で解決するか」


 「解決とかどーでもいいです かかってこいやあ」稲荷が立ち上がって一括した 

「どっこい腹ががらあきじゃあ

 いながら着物をめくって葛の葉のみぞおちをけった


  「ぐは」といってのけぞった葛の葉は歯を食いしばって


稲荷の綺麗に結い上げられた 髪を掴んだ


「はなせこのバカ」 「んぎゅうううううううう」


 わけのわからない高音波を発しながら二人はごろごろと階段を転げ落ちた猛烈な怒りのためにまたつかみ合ったが身体がついていっていなかった


(そろそろ行ってやるか)と思い青竜は部屋の中に踏み込んだ

 「どうしたんです」声をかけると涙でぐちゃぐちゃになった顔をあげて二人がこっちを見た


「せ、青竜」 稲荷がよろよろと立ち上がった


  青竜は足早に近づいてその体を抱きとめてやった


 

 「お前は、マグロ取ってろ、この赤マムシ」まだ激昂している葛の葉に


「マグロならあるぞ、帰ってさばいておけ、それから口が過ぎるぞ」言いながら印を結ぶと葛の葉の口がなくなった


 「ううううううーうう」目を丸くして何か言おうとする葛の葉の額を指で押すとその姿が消えた


 腕の中で号泣する稲荷の顔ををハンカチでぬぐいながら「もう大丈夫です」言うとだんだんと泣きやみだし自分が物凄く


洗練された映画のヒロインのような泣き方に変わった「もう大丈夫」 青竜は言っ


て背中をさすりながら後ろで心配そうに見ていた侍女たちに親指を立ててやった今


はとにかく聞き上手に徹するときであると本脳が告げていたが大変に面倒くさい作業で、時折マグロが恋しくなったそれでも何とか落ち着かせ、いつもの状態に戻すことができた


その時 「稲荷様」と声がして思いつめた 顔のコマちゃんが入ってきた


 青竜が屋敷に戻ると朱雀と白虎が出てきた


「どうなった?」白虎が尋ねた


 「まあ、お茶でも入れてくれ」言いながら青竜はネクタイを緩めながらいつもの食卓に移った


油すましがお茶を入れてくれた 最近は家政婦も兼ねているらしい 


 「あいつは?」葛の葉のことだが 「ああなんか地下に籠って電気のこぎりを振り回してたぞ」朱雀が言った


「電ノコ?」 「心配ない泣きわめきながらマグロをさばいてるだけだ」


「そうか」 青竜はお茶を飲みながらコマちゃんが言ったことを伝えた


 「なんと、けなげな」言って白虎がちょっと涙ぐんだ


「朱雀、地下に言ってあいつにも伝えてくれ、それから今日は休んでおいたほうがいい」


言うと朱雀がうなずいて走って行った


「清明様は?」


 「さっき葛の葉が振り回した、マグロに当たって気を失っている」


 「それじゃあ、しょうがないな、俺も休むか」


 「そうじゃ2、3時間仮眠をとっていけばいい」


 「なあ、思ったんだが」 


 「なんじゃ」


「子供と言うのはかわいいな」 「そうだな特にあの子は」


 「お前、おれの子供産んでくれないか?」




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