「らしさ」をめぐる悪夢

 さて、それならば移住者を定住へと教え導くよすがとなる「郡上らしさ」とはどのようなものなのか。

 郡上市にある旧町村の記憶をどれほど総合してみても皆目見当もつかないが、それは仕方のないことだろう。

 なぜなら、「らしさ」とは本来、各々の心の中にしかないものだからである。それが他の誰かのありかたについて口にされるのは、集団の平和を守るために異端者を弾き出す場合だけだ。

 かつての郡上には、戊辰戦争で会津側に与して戦った凌霜隊という組織があった。すでに新政府に従うことになっていたものの、幕府軍への保険をかける形で会津へ送られ、若松城の籠城戦で泥と糞にまみれる日々を送ったという。

 開城と共に郡上に護送されて幽閉生活を送り、解放後も周囲から爪弾きにされて他郷へ去る者も多かったというが、そんな大した立場ではないにしても、つい思い描いてしまった光景がある。


 年老いて勤め先に骸骨を乞い、郡上に帰ってくると、美濃市との境に関所があって、見た顔の老人たちがその前に何人も力尽きて転がっている。息のある者に話を聞いてみると、なんでも生き方がもはや「グジョウらしく」ない者は入れないらしいのだ。では、「グジョウらしい」とはどういうことかと聞いてみても、その答えは関所の向こうにあるのだという。幕末の侍の如く、おのれと叫んで斬り込むくらいの度胸があればいいのだが、関所に立つ知らない顔を張り倒す度胸もない……。


 確かに「ふるさと」を離れたのは自分の意思だ。だから、「もう帰ってこなくていい」と言われるのは仕方ないし、気楽かもしれない。だが、それまで自分の中だけで自然に育まれてきたものを、移住者へのカンバンを立てた他所者から「らしくない」と切り捨てられるのはハリヤナイ。

 と、ため息ついて、今日も発車の甲高いベルがけたたましく響き渡る中、満員電車で会社へ行く。

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「フルサト」らしさ 兵藤晴佳 @hyoudo

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