第2話

***


店の中に入った俺は言葉を失った。先程目の前にあった寂れた扉から連想するに、中も相当年季の入ったものだろうと、勝手に決めつけていたからだ。店内はだだっ広い訳では無いが、5つか6つ程のカウンター席と丸テーブルが3つ。独特な木の香りとシックな雰囲気が漂っており、何処と無く気分が落ち着く。天井で温かな橙色の光を放つ照明も、その効果を手伝っているのだろう。

そうやって俺が内装に気を取られていると、先程の女性は紙袋をカウンターに置いて、その紙袋の中から2つ小袋を取り出した。ラベルらしきものが貼られてあるが、日本語ではないらしく読み取れない。


「君、紅茶とコーヒー、どっちが好き?」


なんの前触れもなく流れる様に聞いてくる彼女に動揺し、俺は「…へ?」となんともマヌケな声をあげてしまった。そんな反応を気にもせず、彼女はもう一度同じことを聞いてきた。聞こえていなかったと思ったのか、はたまた嫌味混じりなのかは分からないが、先程よりもゆっくりとした調子で。俺は少し考えて答えた。


「…紅茶、です。」


正直に言えば、紅茶もコーヒーも普段はほとんど飲まない。と言うのも、家の都合上、良く出てくるのは緑茶やただの水といった、洋とは程遠いであろうものばかりだからなのだ。それ故に、俺にとっては両方とも未知の世界であるし、好奇の塊だとも言える。しかしながら、コーヒーは苦いものだと以前友人から聞いたことがある。緑茶とはまた違った苦さなんだとか。それなら、と安牌である紅茶を選んだという訳だ。


「紅茶ね。じゃあ、そこのカウンター席に座って待っていてもらえる?」


俺の心の呟きを聞く術の無い彼女は、特別なリアクションをするでもなく、茶色っぽいラベルが貼られた方の小袋を手にカウンターの奥へと向かった。俺は彼女に指定されたカウンターの一席に腰を下ろし、店内を物色…いや、観察するのを再開した。カウンター席に座って初めて分かったことだが、どうやらこの店は上の階へと続く階段があるようだ。さっきは棚で隠れて見えなかったが、大人一人通れるくらいのこじんまりとした階段がひっそりと存在している。電気は点いておらず薄暗い。


「気になる?」


ふわりと薫る芳醇な紅茶の香りと共に、大人っぽくクスクスと笑う声が俺の五感をくすぐる。慌ててそちらの方に目をやると、ささやかな装飾が施された白いティーカップを片手に持ちながら、口許に手を添えて笑っている彼女がいた。早着替えでもしたのか、先程とは打って変わって茶色がベースの落ち着いた雰囲気の服装だ。この店の制服だろうか。


「はい、どうぞ。熱いから火傷しないようにね。あ、それストレートだから砂糖とミルクはお好みで。」


コトリ、とソーサーが音をたてて、俺の目の前に湯気のたつティーカップが置かれた。横には、対になっているであろう白いシュガーポットとミルクピッチャーが。

…紅茶を飲んだことが無いのになんで、そんなのを知ってるのかって? もちろん、ウィ●ペディア知識だ。

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