第1話


「――ここか。」


路地裏の壁に張り付くように存在している、色褪せ、所々メッキが剥げた長方形の扉。それを目の前に、学ラン姿の少年、天成たかなり 斎哉ときせはゴクリと唾を飲み込む。

ここまで来るのに長かった。明らかに怪しそうな謎めいたおばさんにここへの道のりを教えて貰ったのは良かったが、何分簡単なようで複雑な進路だったせいで何度も迷いかけたのだ。でも、これでようやく…


「…まずは、3回。」


握った手をそろりと扉に近づけて、斎哉は控えめに叩いた。



――コン、コン、コン



暫しの静寂。しかし、その静寂はいつまで経っても破られることなく、斎哉は自らのため息により破る事を余儀なくされた。

やっぱりガセネタだったか。

淡い期待を持っていたが故に気分が一層落ち込んだ。開かない寂れた扉を見やり、斎哉が方向転換をしてその場から立ち去ろうとした、その時。


「そこに居るのは誰?」


左へと続く路地から声が聞こえてきた。斎哉から姿は見えないが、声の感じからして女性だと思われる。コツ、コツ、というヒールの音と共に斎哉の目の前に現れたのは、真っ赤なワンピースに黒のセミロングヘア、赤いハイヒール、という何処ぞのキャバクラにでも居そうな格好をした若い女だった。女は大きな紙袋を抱えながら斎哉に目を向ける。


「君は迷子なの?」


その問いに斎哉は首を横に振って意思表示をする。「なら、お客さん?」と女は再度尋ねて、斎哉はそれに頷いた。斎哉の返答を見た女は端正な顔に眉間を寄せ、シワを作って悩む素振りをみせる。


「おかしいな、ノリさんに言ってなかったっけな…まあいいや。君、お客さんなんだよね?ここの店の。」


女が顎で先程の扉を指し示す。「あっ…は、はい。」とコミュ障を前面に出したような返事をする斎哉に、女は柔らかく笑いかけた。妙に艶やかに感じる女の表情に、斎哉は年頃の男子よろしく動悸を覚える。そんな斎哉に気付かず女は扉の取っ手に手をかけて、くるりと斎哉の方へと振り向いた。相変わらず重そうな紙袋を片手に抱えながら、女は先程とは打って変わって悪戯っ子のような幼さが混じった表情で、斎哉に笑いかける。


「ようこそ、カフェ"マルム"へ。」


キィイ、と高い音を立てながら、寂れた扉はついに開かれた。


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