輝く色たち。

満月 愛ミ

「沖永良部」色をパレットに。

 パレットには白と黒。

 僕の視界は全てがモノクロの世界だった。心にはとってもシンプルすぎる世界。

 中学2年。一人ひとりガラスの心同士の人間関係と、人生に早くもリタイアの旗を振っていた僕。人生ってこんなものかって思って、人間に対して架空の眼鏡を掛けた。少しでも、今見えているものが幻想的に見えるように。


 そんな僕へ祖母は生きていることは大切なのだと語るが全部右から左へと抜けていくばかりだった。


「あ。ちょっと待ってて、地図はどこだったかしら」


 この時の祖母はいつもと様子が違っていて、どこか楽しそうで。急に現実に焦点を向けた僕はただ祖母の背中を見つめていた。


「あったわ。ほら、ちょっと見てみて」


 地図を広げた祖母が、九州の下の方、鹿児島に指を置いたと思えば、そのまま下へ下へと指をずらしていく。


「鹿児島からここに行ったらね、沖永良部島っていう場所があるの」

「ふぅん、それで」

「私達のご先祖さまのお墓はね、ここにあるのよ」


 お墓って、いつも行くあの場所だけじゃないんだ。ご先祖さま全員が眠っているものじゃないのかと思っていたからなんだか意外だった。

 祖母は自分が亡くなる前に沖永良部島へのお墓参りに行っておきたいということで、それから1週間後に飛び立った。


 僕と祖母は早朝7時に街を出て空港へ。飛行機に乗るなんて初めてだったから、空港からはもう右も左も分かりませんの状態に。飛行機に乗り慣れている祖母の後ろを、僕の気持ちは幼い頃に戻ってしまったかのように、どきどきしながら飛行機のチケットを握りしめて必死についていった。


 指定された椅子に座り(電車やバスとは違って、飛行機にまさか映画館のように指定席があるなんて当時の僕は知らずに驚いていた)いざ、飛び立つという時は僕は怖くなって椅子の肘掛けを両手で握りしめていたものだ。持っていたチケットはジーパンのポケットに閉まって。


 僕はたったこれだけの出来事で、ものすごく感情が動いていたことに気が付かされた。明らかに、幼い頃のように感情が露わになっていたと思う。

 飛び立った飛行機に大分慣れた頃、やっとの思いで外を見た。

 人工の力を使っているとはいえ、空を飛ぶという感覚がとても嬉しいということをこの時初めて知った。見えるものが、全て小さく見える。地に居た時、壮大に感じていたものが、いっぺんに、沢山見える贅沢さ。そういうことを感じつつ、飛行機が降りるというときはまた肘掛けを握りしめていた。


 鹿児島から飛行機を乗り継いで着いた沖永良部島。


 印象は、本当に小さな小さな島。

 迎えてくれる人たちの温かさは今でも忘れられない。相手の歳も相当年上だったのもあるかもしれないが、僕の心は自然と、一人ひとりの人へ向き合っていた。

 自分と遠い親戚にあたる叔父さんに、お墓参りのついでに島を車で案内してくれた。道がガタガタしすぎていて、言葉が扇風機に向かって話すような、そんな音よりももっとひどく、発声することができず、そんな自分やまわりの人の滑稽さにふいに笑ってしまっていた。


 沖永良部島にあった、僕のご先祖さまのお墓は、一見普通のお墓に見えるのだが、地面が砂に熊手か何かで綺麗な模様がかかれていてそんな聖なる場所というか、芸術的な場所に感じた。そんな場所に「普通に踏んで行っていいのよ」と言われた時はなんとも申し訳ない気持ちだった。お参りが終わった後、また綺麗にするのだそうだ。


「いつもありがとうございます。皆がこれからも健康で、幸せでありますよう」


 祖母がそう言って手を合わせている隣で、僕は生きる希望が欲しいなと思いながら黙って手をあわせた。

 お墓参りが済んだ後、叔父さんは僕達を海の見える丘まで連れて行ってくれた。

 その丘がなんと、海から遥か上にあるにも関わらずガードレールもなにもなく、落ちようと思えば落ちられる場所だった。もちろん、命の保証はないだろう。そんな丘まで連れて行ってもらっていた。


 風が強い。空の雲も少し早く流れているように見えた。

 全身に風や潮風を感じていた僕は、下のそよぐ雑草にも意識が向いていた。

 凄い世界だな。全てが新鮮。こんなにも心が踊ったのは何年ぶりかな。

 こんな高い景色から見る世界は一体どんなものなんだろう。海が広がっているのだろうか。

 僕は丘から見える海を見たかったのだが。


「だめ! それ以上いっちゃだめ!」


 丘の先に向かおうとした瞬間、そのままぴくりと身体が動かなくなった。それは僕よりも背の低い、いつもなら頼りない身体である祖母がものすごい力で僕を後ろから抱きしめていて、動けなかったのだ。

 その力が本当に凄まじく、僕は力に自信があったものの、足を一歩前に出すことさえ出来ないほどだった。僕が丘から海へと飛び込むとでも思ってしまったのだろうか。


「それ以上、いったらだめ!!」


 風の音にもまけない大声で言われた。景色が見たいだけだったのだが、それ以上は見れず、結局車に乗ってから景色を眺めることになった。祖母の力には本当に驚かされた。


 沖永良部島でのお墓参りの旅はこれで終わりなのだが、あの時感じた自然と祖母の声は、本当に凄いものだった。


 ご先祖さまが居て、祖母、祖父がいて、父や母が居て、僕がいる。

 長い長い命の旅を経て、僕がいる。


 自然を感じる幸せ。祖母に守られた幸せ。

 これを感じないと、これから先見えるものが本当に全てがモノクロになってしまいそうな気がするから。


 沖永良部島への旅がきっかけで、人生には色がある事を思い出せたのだから。


 架空の眼鏡はもう、いいや。ありがとう。

 ちゃんと、視るから。


 遥か未来まで忘れないように。パレットの隅に自分の好きな色ができた時のために取っておくように。大事にしておきたい。

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