桜は一年に一度しか咲けない。その瞬間に出会えた奇跡に心震える。

 かつて神社があった丘の上に、今は小さな診療所がある。

 ところがこの診療所、慢性的な『赤字経営』なのだ。請求書の束を抱え、今月末の支払いにも困るありさま。
 なんといっても患者が来ない。
 そればかりか、どういうわけか妖怪ばかりが集まってくる。

 支払いに頭を抱えつつ、表面上は大人の余裕を見せようとする医師・山吹。
 その手助けをする謎めいた少女・クロコ。
 そして、あまりにも個性的すぎる妖怪たち。

 そんなキャラクター同士のやり取りが楽しい。

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 主人公の山吹は、どこか気弱で頼りなく、裏では腹黒い本音を抱えていたりもする。
 でも、腐っても医師。患者に対してはとことん真摯だ。
 そして、底抜けのお人好しでもある。困っている者がいれば、自分が大損をするのも構わず全力で助けようとする。

 そんな山吹のそばに寄り添うクロコは、どこか不思議な少女だ。
 見た目は中学生くらいだが、頼りない山吹の世話をせっせと焼く。
 山吹の不甲斐なさにため息をつきながらも、毎月のやりくりに頭を使い、ときには「治療費」の取り立てまで行うしっかり者。

 そんな二人のもとに、入れ替わり立ち替わり妖怪たちが現れてはドタバタと騒ぎを起こす。
 とても賑やかで楽しい作品だ。

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 物語は、短いエピソードで区切られている。
 それぞれ完結しているので、とても読みやすい。

 そして、ちょっとユニークな構成になっている。
 どのエピソードも、前半が山吹視点での「事件発生編」、そして後半がクロコ視点での「事件解決編」となっている。視点を変えながらも過不足なく事件の経緯が語られ、解決まで導かれる。二人の視点の違いも面白い。

 また、物語の構成が実にうまい。
 各エピソードにさまざまな妖怪が登場し、ポイントとなるアイテムが描かれ、しっかりとオチまでついている。しかも、その妖怪やアイテムが次の事件の解決に繋がってゆく。
 見事な構成力に唸らされるばかりだ。

 そして、最後の最後に、驚くべき展開がある。
 まさかここで「あれ」が役に立つとは!

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 他にも楽しめるポイントがたくさんある。
 たびたびお菓子が登場するのだが、そのネーミングが面白くて、くすっと笑える。
 また、「牡蠣を食べて当てよう!」というブラックジョークもニヤリとせずにはいられない。(※キャンペーンに当たる、食中毒になるというダブルミーニングになっている。)

 そして、作者の知識の広さにも驚かされる。
「自在置物」や「ウグイスのフン」など、知らないことがいっぱい詰まっている。
 妖怪という使い古された題材を扱いながらも、新しい世界を見せてくれる作品だと感じた。

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 妖怪が好きな人はもちろん、心温まる物語が好きな人におすすめの作品。
 できれば一日一話ずつ、ゆっくり読んでほしい。

 印象に残っているのは、作中に出てきた「桜は一年に一度しか咲けない」という旨の言葉である。
 その開花の一回一回がとても貴重なものに思える。そして、開花のタイミングに出会えることは奇跡のようなものなのかもしれない。
 人と人との出会い、人と妖怪との出会い、作品との出会いも、奇跡のようなものだ。

 ぜひ、作品をじっくり味わってほしい。
 そして、山吹やクロコ、にぎやかな妖怪たちと一緒に、この素晴らしい結末を迎えてほしい。

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