超高速欠陥転生 『13歳で異世界転生したけど転生がチートってもう無敵ってレベルじゃないよね?』……の後

@track_tensei

超高速欠陥転生 『13歳で異世界転生したけど転生がチートってもう無敵ってレベルじゃないよね?』……の後

 113歳を迎えた勇者、大千住一郎は、異世界の大教会の一室で息を引き取ろうとしていた。

 巨大な医療教会の最上階に作られた広大な病室には、娘の大千住ジュエル97歳、孫の大千住ブロード73歳、曾孫の大千住ニューオーダー53歳、以降、玄孫来孫昆孫までが一堂に会している。

 大千住一郎は豪奢なベッドの上で、皮のたるんだ胸を苦しげに上下させ、血の気の失せた顔でぜいぜいと呼吸をしていた。


「お父さん、もう少しの辛抱だからね」

「爺さん、すぐに楽になるぞ!」

「おじいちゃん、がんばって!」

「それいけジジイ!」

「一息にいけ! 一息に!」


 周囲の親族の熱い視線は、病床の大千住一郎に集中していた。



 *



 大千住一郎だいせんじゅが病床にて息を引き取ろうとした、その100年前。

 不毛の僻地と呼ばれた土地の最奥、広大な荒野のど真ん中で13歳の彼は断言した。


「というわけで、俺達がここに到達した時点で、勝敗すでに決していたわけだね」


 生きとし生けるあらゆるものを侵すという遅効性の猛毒を発生させ、その毒で自らも枯れていくという背の低い植物に囲まれた草原で、大千住一郎が対峙するのは『荒野の魔王』あるいは『毒の魔王』と呼ばれる魔物達の王だ。

 異世界で魔物を従えて不毛の僻地から人類へと侵攻を始めた魔王軍は、現代より転生した勇者によってついに追い詰められ、この荒野で最後と決戦となったのだった。

 3段階目の変身を終えた魔王は、その鉤爪で傍にいた銀髪の騎士を切り払い、毒をはらんだ息を吐き出して周囲を囲っていた傷だらけの戦士や豪奢な恰好の魔法使いを次々と卒倒させた。


「貴様がいる時点で人類は敗北したと言いたいわけか!?」


 元は端整な造りの顔をしていた魔王であったが、空気が震える程の大音声を発して牙をむき出しにする姿は、恐竜を思わせるものとなっていた。


「魔王軍の敗北と俺たちの勝利が決定したのさ。わかっているクセに」


「いいや、貴様の愚行による人類の滅亡は必定! この場にて完全に死ぬるより他に……」


 叫ぶ魔王の頭部に、一郎の遥か後方から飛来した矢が突き立った。数百メートル離れた丘の上に潜んでいたエルフの弓兵からの一撃だった。しかし、毒草の群生地である丘から二の矢は飛んでこなかった。長時間の潜伏に力尽きたのだろう。


「この程度でワシは倒せん……貴様らはここで死に果てるのだ……!」


「ま、確かに、死ぬだろうね。俺もアンタの毒で今マジでゲロゲロ状態だもん」


 魔王は大股に歩いて一郎の目前にまで詰め寄った。3度の変身を経て3メートル近い身長にまで膨れ上がった魔王に対して、13歳になったばかりの一郎は比べるべくもなく小さい。同学年でも特に身長の低い一郎は、魔王の膝に頭が届こうかという程度だ。


「死ね……死を受け入れよ……!」


 大きく足を持ち上げた魔王は、その巨大な足の裏で一郎を踏みつけにした。ズシンと地面が鳴り、へこんだ地面の隙間から赤黒い血が滲み出した。

 一瞬の静寂の後、魔王の後頭部へと一本の矢が突き立った。

 振り返った魔王の視線の先には、数百メートル先の丘の向こうからゾロゾロと歩み来る人間の一団と、その先頭を歩く小さな人影があった。


「俺がさー、今まで来た転生勇者と何かが違うってさー、もっと前の段階で気づくよね普通ー」


 魔王へ大声で呼びかけながら一団の先頭を歩くのは、他でもない大千住一郎だ。


「行け、不死鳥フェニックス騎士団!」


 号令をかけた大千住一郎の背後から、銀髪をなびかせながら一人の騎士が飛び出した。不毛の僻地の隣にあったがために魔物の侵攻を一番に受け滅びた国の筆頭騎士だった男だ。長大な両手剣トゥバイハンダーをナイフが如く軽々と振るって飛び掛かり、魔王に傷を付けていく。

 銀髪の騎士にいつの間にか追いつき、両手に持った段平ブロードソードで魔王の指や関節や目などの急所を的確に攻撃していくのは、歴戦の傭兵と呼ばれた傷だらけの戦士だ。戦の技術を売り物にしていただけあって、派手さも見栄えもないが堅実で実効性のある戦い方をしている。


「ぐぅ……っ!」


 唸り声を上げた魔王が、喉を大きく動かして毒を吐かんとした時、その足元の草むらがジワジワと藤色に燃え始めた。魔王が口を大きく開いて毒の瘴気を吐き出した瞬間、草むらは一息に燃え上がり、熱された空気が巻き上げられて瘴気と共に上空へと散った。大千住一郎の傍に控えた、金糸銀糸で飾り立てられたローブを着た魔法使いの炎の術だ。

 炎に包まれ怯んだ魔王に対して、ここぞとばかりに遠くの丘から二の矢三の矢が飛来した。


「私は、認めん!」


 魔王は全身の皮膚から紫色の毒霧を噴出し、火の勢いを殺していった。炎の勢いが弱まる頃には、魔王の周囲を不死鳥フェニックス騎士団が包囲していた。

 銀髪の騎士。傷だらけの戦士。豪奢な魔法使い。目立たない服装の盗賊。白いローブを着た隻腕の聖職者。

 その後ろには大千住一郎と、黒いローブで顔を覆った男が二人控えている。


現代あっちから異世界こっちへ転生する。異世界こっちから現代あっちに転生する。それが僕の死んでも死んでも転生で蘇るフェニックス騎士団さ。そして、出でよ不死者アンデッド兵団!」


 大千住一郎の号令を受けて、黒いローブの男たちが両手を宙に持ち上げた。

 すると、魔王の足元に散らばっていた騎士団の死骸がムクリと起き上がり始めた。胴を切り裂かれた銀髪の騎士。紫色が皮膚になった戦士と魔法使い。頭のもげた双剣の盗賊。血まみれのローブの聖職者。遠く丘の上ではエルフの弓兵の死体が矢を構え始めたことだろう。

 更に、その長い闘いの中で生まれた騎士団の死体が続々と立ち上がった。その数たるや十数体はあるだろう。戦闘の初期に生まれた死体は、最早もとが人型であることくらいしかわからない有様だ。


「転生の時に残った死体を死霊術で有効活用。有能な戦士が無限に増える。それが死ねば死ぬほど増える死体アンデッド兵団さ!」


「貴様ら……死を愚弄する痴れ者ども……! 我が身を賭しても死の引導を渡さねばならん!」


 不死鳥フェニックス騎士団と不死者アンデッド兵団に囲まれた魔王は、爪と牙を剥き出しにして吠えた。皮膚からは瘴気が溢れ、口からは毒の染みた唾液が垂れる。時間が経てば復活した騎士団も毒で再び倒れてしまうだろう……しかし、ほどなくまた蘇るのだ。


「他にも異世界転生してきた勇者はいたでしょ? 色々とチート使うヤツらがさ。俺のは転生してチートじゃなくて、転生がチートなんだよね。何度でも異世界転生ができる……異世界転生がチートってもう無敵ってレベルじゃないよね! あ、今のラノベのタイトルっぽかった?」


 大千住一郎は照れ臭そうに笑うと、大きく腕を掲げて宣言した。


「では、全軍攻撃! 今こそ魔王を討ち、世界に平和を取り戻す時だ!」


 魔王の叫び声と、騎士団の鬨の声そして、死体の唸り声が平原に響き渡った。




   *



 魔王は丘の上で息絶えた。

 とどめを刺し、亡き国の仇を討ち果たした銀髪の騎士は、長く続く咆哮を発した。仲間たちもそれに続き、己が使命が果たされたことを喜び、世界が救われたことを祝う雄たけびを上げた。


「ま、こんなもんでしょ」


 仲間達の喜ぶ姿を見ながら、大千住一郎はやれやれと首を振って見せた。


「イチローも随分と素直なじゃないわね。魔王を倒して世界を救ったんだから、斜に構えてないで喜べばいいのに」


 大千住一郎の横に立っていた豪奢なローブを着た魔法使いが言った。金糸銀糸が縫い付けられたフードを取ると、下から現れたのは、大千住一郎とそう年の変わらなそうな少女の顔だった。


「そういう君だって、もっと喜べばいいじゃないかマリリン」

「その呼び方はやめてって言ってるじゃない」

「君が俺のことをイチローって呼ぶのをやめたらね。大千住はみんな下の名前が嫌いな家系なんだ」


 ケラケラと笑いながら、大千住一郎は腕組みをして言った。


「しかし、魔王の最後の言葉が多少は気になるかな」

「『人は呪われた。一線を越ゆる時、必ず滅亡の時は来る』……だっけ?」

「そんな感じ」


 顔をしかめて考え込む大千住一郎に、少女は明るい声で言った。


「そんなの、前に教えてもらった現代あっちの世界のおまじないと一緒でしょ」

「へ?」

「『リア充爆発しろ』ってヤツ。万物流転、盛者必衰、これは不幸の手紙です。それだけのことを難しく言っただけじゃない?」


 少女はニヤニヤと意地悪そうな顔でほほ笑んだ。


「それより、魔王退治はなんでしょ。この後は何をするわけ? 秘密にしてないで、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない?」

「いや、それはちょっと恥ずかしいというか、勇者の沽券に関わると言うか……」


 離れた場所で話し込む勇者へ、仲間達が口々に「勇者殿ー!」と叫んで先を促していた。大千住一郎は照れ臭そうな顔をした後、


「俺は地位と名誉でのし上がって金持ちになって、かわいい嫁さん貰って子供と孫に囲まれながら幸せに暮らすぞー!!」


 と叫んだ。仲間達も口々に「国の復興を!」「新天地での信仰の拡大!」「現代での安全な生活!」と叫び始めた。


「うわぁ、凡俗ねぇ」


 少女は顔をしかめた後、


「私はもう転生するつもりはないけど、寿命が尽きるまでは付き合ってあげるわ。私の魔法は一子相伝なので子供は一人だけのつもり。悪しからずね」


 と言ってそっぽを向いた。

 大千住一郎は目をむいて少女の横顔を見つめた後、魔王を倒した時よりもうれしそうな顔をした。


「じ、じゃあさ、名前は女の子ならジュエル。男ならニューオーダーにしてもいい? 子供には絶対地味な名前は付けたくないんだ! 使わなかった名前は孫とか曾孫に付けてさ!」

「……勝手にすればいいじゃない。勇者の子孫なら、ダサい名前付けても勝手にかっこよく取られるわよ」


 13歳、思春期真っ盛りの転生勇者、大千住一郎は飛び上がって大声叫んだ。


「決めた! 俺はこの転生術チートで仕事を立ち上げて、ここにでかい会社を、でかい街を、でかい国を作る! そんで後100年生きて……生ける伝説になるぞ!」




   *



 魔王を倒したその100年後。

 一族の声援を受けていた大千住一郎の呼吸は、徐々に静まっていった。延命術の術者が素早く脈を図る。一郎が小さく、ほう、と息を吐く。しばらくして医者が「ご臨終です」と告げると、大千住一族の視線は一郎の遺体に釘付けとなった。


「お見事」

「いつ見ても惚れ惚れする大往生だ」

「やっぱり転生勇者ってのは、今際の際が綺麗じゃなくちゃいけない」


 一族がやんややんやと騒いでいると、その頭上にダックスフンドの様な生き物がポンと現れた。宙に浮いたそれは毛並みから円らな瞳まで、まるで犬の様ではあるが、犬は唐突に出現する物でも、宙に浮く物でもない。これは異世界で多用される使い魔の一種である。


「お知らせしますチェフ。勇者大千住一郎様は現代へ無事にご転生されましたチェフ。身体は転生で健康状態に戻り、現在保護されて大学病院へ搬送、治療延命の準備に入っていますチェフ」


 使い魔の報告を聞いた術者が「ご転生です」と告げ、一族は歓声を上げた。

 大千住カンパニーの重役である孫のブロードは、満足した様子で頷いた。


「よし! 大千住カンパニーの誇る、異世界転生サービスの良い宣伝になるな! 今すぐ広報を打とう!」


 病室を飛び出して行ったブロードを尻目に、娘の大千住ジュエルは疲れたようなため息を吐いた。


「なんだかねぇ、最近、一郎お父さんが転生する時期、どんどん短くなっている気がするのよ。転生の時はいつもいつも一族を呼んで大騒ぎだし、そろそろ堪えるわぁ」

「一郎爺さんだって歳だもの。転生した直後は元気だけど、しばらくするとやっぱりガタが来るのさ。まぁ、トラックに轢かれようが病死しようが転生したら元通りなんだ。身体にガタが来たら転生したらいい。ジュエルおばさんも気楽に構えなよ」


 ジュエルの愚痴に、曾孫の大千住ニューオーダーが答えた。ブロード程の重役ではないが、ニューオーダーも大千住カンパニーで役職を持っている。玄孫や来孫昆孫達も、それぞれギルドの仕事や学校を休ませて無理やり連れてきているので、一郎が無事に転生したのであれば、早々に解散させてやらねばならない。


「さあ、一郎おじいちゃんは無事に現代に旅行へ行ったからね。今日はもう帰ろう。残った身体は医療教会で処理して貰うから、ジュエルおばさんも、もう行こう。馬車まで手を貸すよ。最近膝が悪いんだろう? そろそろ転生した方がいいんじゃないかい?」


 ジュエルの手を引いて、ニューオーダーは大教会を後にした。



   *



 ニューオーダーは個人で雇っている馬車を走らせて、大千住カンパニーの社屋へと向かった。通り過ぎる街の建物は高くてレンガ造りの5階建て、多くは木造で数階建て程度であったが、街の中央に作られた大千住の社屋は石造りの10階建て……もはや城であった。

 元は不毛の僻地などと呼ばれていた土地ではあったが、大千住一郎が魔王討伐の手柄にこの土地を授けられると同時に毒草を一掃。この土地に街を作り上げ、はや数十年の時が経った。今では他の国の主要都市と肩を並べる、立派な街へと発展した。


「お、勇者様のご家族だ!」

「大千住の旦那! 儲かってますかい?」

「いよ、勇者大千住!」


 街の住人の反応は、称賛半分やっかみ半分であった。人間、獣人、半獣人、オークからドワーフやエルフまで、通り過ぎるニューオーダーに曖昧な笑顔で声をかけていく。ニューオーダーも、それを曖昧な笑顔でやり過ごした。

 大千住一郎は13歳でトラックに轢かれて異世界へ転生した。その折に、それまで偶発ないしは特殊能力の産物と考えられていた転生の理屈を解き明かし、現代と異世界を転生で結びつけた上、情報と人材を牛耳り、財力を拡大するに魔王まで討伐せしめたとされている。

 死んでも死んでも蘇るフェニックス騎士団と、残存する死体を死霊術で操る死ねば死ぬほど増える死体アンデッド兵団の組み合わせコンボは、今でも逆転すぎる発想として称賛と侮蔑で評価を二分していた。

 その異世界転生術を元に立ち上げた、一般人の気軽な異世界転生が魅力の『異世界転生サービス』と、魔王を打倒した安心と実績の軍事力を誇る『異世界転生軍』が大千住カンパニーの主力商品であった。

 人の死を商う、真の意味での「死の商人」というのが今の大千住一郎の二つ名だ。

 大千住ニューオーダーは、そんな「死の商人」の技術と歴史の産物である『異世界転生サービス部』と『異世界転生軍統括本部』の兼任部長代理の職に付いていた。


「部長代理、お疲れさまです。一郎会長の転生は無事に済みましたか?」

「ああ、今回も無事に転生したよ」


 馬車を止めて城の中に入ったニューオーダーは、さっそく部下の樫木下かしのきのしたに出迎えられた。異世界転生サービス部を引き継いだ時からいる部下で、銀縁眼鏡の似合う、現代風のスーツを着たオークである。


「そうなると、一郎会長もしばらくは現代暮らしですね。向こうの医療技術の発達は著しいそうですし」

「単に現代生活が好きなんだろう。異世界こっちが良ければ即戻って来れるのだから」

「異世界の勇者とは言え、生まれは向こうなのですから。現代で思い出すこともあるのでしょう」

「113歳まで現代あっち異世界こっちで馬車馬の様に働いて来たんだから、その程度は良しとするか」

「その通りですよ、ニューオーダー様。そうそう、向こうの転生サービス部から判子待ちの書類を受け取っています。今お持ちしますので、少々お待ちを」

「構わんが、下の名前で呼ぶのは辞めてくれ。大千住はみんな下の名前が嫌いなんだぜ」


 書類を取りに隣の部屋に向かった樫木下だったが、数分しても戻ってこない。ニューオーダーが訝しんでいると、青い顔をした樫木下がドスドスと大きな音を立てて駆け戻って来た。


「部長代理、会長が……」

「一郎爺さんがどうした?」

「て、転生されたそうです」

「分かっているよ。さっき無事に転生したと、俺が言ったじゃないか」

「そうではありません。現代へ転生された後、再びこちらへ転生されたそうです」

「まさか、向こうで緊急事態が……」

「わかりかねますが、急ぎ取締役のブロード様とご連絡を取られた方が良いかと」

「そうしよう。すまん、後を頼む」


 自席を立ったニューオーダーは、半ば走りながら城の廊下を移動した。



   *



 ニューオーダーが城の最上階にある役員室に駆けつけた時、ブロードは宙に浮いたダックスフンドの様なものに向かって声を大にして怒鳴っている所であった。


「すぐに回収班を展開しろ! 転生軍も全隊駆り出せ! 最優先だ! 現代側の大学病院からの転移だから、転生位置の範囲は絞れるだろう! ありったけ導入しろ!」

「了解しましたチェフ。すぐに回収班と転生軍に伝令いたしますチェフ」


 ダックスフンドがポンと消えると、ブロードは来客用のソファーに倒れ込むようにして座り込んだ。


「ブロードおじさん。やはり一郎爺さんが転生したのか?」


 ニューオーダーが駆け寄ると、ブロードは顔面を蒼白にしていた。ハンカチで汗を拭うことさえ忘れている。


「ニューオーダーか。緊急事態中の緊急事態だよ。一郎ジジイが転生したのは聞いたな?」

「さっき部下の樫木下から聞いたよ。どうしたんだ? まさかテロか? それとも悪質な流行り病でも発生した?」

「もっと厄介なものだ」

「それ以上だと、国家間戦争? 核爆発? 隕石でも落下した?」

「いや、もっとヤバい。老衰だ」

「ろうすい……」


 ニューオーダーが今一つ釈然としない顔をしているのを見て、ブロードは渋い顔をして口を開いた。


「ニューオーダーよ。大千住の転生魔術をかけられたヤツが、いつ転生するか知っているな?」

「死んだ時だろう」

「その通りだ。正確に言えば脳の機能が停止する直前だな。その後、身体的な不具合は全て解消されて、現代なら異世界へ、異世界なら現代へ転生する。トラックに轢かれようが、ガス爆発に巻き込まれようか、魔法の炎で焼かれようが、自然死だろうがだ」

「それに何か問題でも?」

「転生した後で、健康になって転生する。だが転生したその場で死んだらどうなる?」

「転生して、即転生する……」

「他の場合なら良い。健康になれば解決だ。だが完全な老衰の場合はそうもいかない」


 その時、役員室の隅からボトンと何かが落ちる音がした。

 ブロードとニューオーダーが振り返ると、そこには床に倒れ込んだ人影がある。


「だ、誰だ貴様!?」


 ニューオーダーが誰何の声を上げると、その床に倒れた人物はゆっくりと顔を上げた。皺が多く皮のたるんだ顔、油の抜けきったボサボサの白髪、現代風の簡易な手術着、他でもない大千住一郎その人である。


「…………」


 何か言おうとしたのか、喘ごうとしたのか、口を開いた大千住一郎であったが、ほうと最期の息を吐くと再び地面に伏してしまった。


「い、一郎爺さんが……死んだ……?」

「転生したのさ。一郎ジジイは13歳の魔王討伐の時、必勝方法として永続的に続く転生術なんてのを自分にかけていたらしいからな」


 ニューオーダーが恐る恐る一郎に近寄り脈を取ったが、手首を触ろうと首を触ろうと脈を感じることはできなかった。身体は力なくグニャリと地面に伏し、それが死体であることをニューオーダーに感じさせた。


「ブロードおじさん。老衰がヤバい理由って、まさか……」

「その通り。100年間誰も指摘しなかった、考えなかった、考えても取り合って貰えなかった、それをすると諸々が破綻するから言うに言われなかった、この『転生チート』の問題」


 再びボトンと音がして、今度は部屋の中央に倒れ伏した大千住一郎が現れた。部屋の隅と中央、大千住一郎の身体は都合2つとなった。片方は死体。片方は死にかけている。

 ブロードは喉から唸り声を上げながら、頭を抱えて声を絞り出した。


「死因が老衰の場合、際限なく転生の直後に転生が起こる。かつ、死体は残る」


 今度は窓際に、ボトンと音がした。




   *




 勇者の転生は止まることなく、その速度は一層加速した。転生の範囲も、大千住の社屋を超えて街へと広がった。街に大千住一郎が現れた頃、転送位置が上方にずれたためか、一郎の身体は空から降り落ちるようになっていた。

 その様子はまるで一種異様な雨のようであった。

 ほどなく、転送範囲のズレは森や山や墓地の方にもずれ込み、一部の地域の大千住一郎はゾンビ化して動き回り、動き回る増える死体ゾンビー軍団となった。大千住一郎が降りしきる中、鎮圧に向かった転生軍の死ねば死ぬほど増える死体アンデッド兵団と、動き回る増える死体ゾンビー軍団の戦いは熾烈を極め、その一帯は言葉そのままの意味において地獄絵図となった。

 そして、戦いが終わり、周囲が動かぬ死体のみになった頃、勇者の転生はある閾値を超えた。





   *





「フンチェフ、いるか?」


 大千住ニューオーダーは、革張りの椅子に沈み込んで力ない声を上げた。大千住カンパニー社屋の『異世界転生サービス部』にも『異世界転生軍統括本部』にも人はいない。全員が大千住一郎の転生の対応のために出払ってしまっている。


「おりますチェフ。どなたかへ伝言か伝令チェフか?」


 名前を呼ばれたダックスフントの様な使い魔が、空中にポンと現れた。声の調子も普段と変わらず、ブロードにどれだけ怒鳴り散らされても動じない理知的な目元も健在である。


「伝言というわけではないんだが……今、まともに話をできそうなのがお前しかいなかったんだ」


「そのお話を誰かにお伝えするチェフか?」


「いや、そういうわけじゃない。お前と話しがしたいんだ」


 フンコフは理知的な目元を引き締めて言った。


チェフわたしからお伝えする事柄は現在お預かりしていませんチェフ」


 ニューオーダーは口元を歪めて低く唸ると「じゃあ独り言を言う間そこにいろ」と言って視線を落とした。


「まぁ、一線を超えてしまった。そういう話だ。大千住もお終いだな……一郎爺さんの死体をどうにかして、会社畳んで、転生術で死なない体をどこかに落ち着けるなり解呪するなりして……そういうことを考えなければならんぁ、と……」


「伝言はありませんチェフが、同じ様な独り言をお預かりしておりますチェフ」


 その言葉を聞いて、ニューオーダーは顔を上げてフンチェフを見た。


「ほう、俺と同じように落ち着いて物を考えることができる奴がいたのか。誰の独り言だ?」


「現代の大千住剛牙ごうが様コフ。勇者大千住一郎様の曾孫に当たりますニコフ」


 ニューオーダーは満足そうに頷いた。現代側の腹違いとはいえ、大千住の血を引いた同じような立場の人間が、自身と同じ様に物を考えていることに少し安心したのだった。


「よし。そいつを聞かせてくれ」


「一線を超えてしまった。もう世界はお終いだ。後はもう、身の整理をするなどして、どこでどう死ぬかを考えるより他にはない」


 フンチェフはそれだけ言うと、理知的な目元でニューオーダーを見つめ返した。


「以上チェフ。誰かへの伝言はありますチェフか?」


 あまりのセリフに呆然としたニューオーダーは、失念していた事柄にはたと気が付いた。異世界こっちで起こったことは、当然現代あっちでも起こっている。勇者は繰り返し転生して、繰り返し死んでいる。生きた大千住一郎を捕まえれば事態を収拾できるような気持ちでいたが、解呪する間もなく老衰で死んでいく人間を相手に、どうやって事態を収めればいいのか……?

 ニューオーダーは、ふと外の音を聞き取った。肉を叩くような、肉を叩きつけるような、鈍い音が途切れることなく続いている。

 慌てて窓へ駆けつけ、重い鎧戸の窓を開け放つと、外は転生勇者で溢れていた。天は一面振り落ちる勇者でいっぱいである。地には勇者の死骸が最早山と積まれている。10階建ての社屋の最上階は辛うじて埋まってはいないが、街も、遠くに見えた森も、すべて大千住一郎の死体で埋まっている。

 遠くからという音が木霊している。大千住一郎が降り落ち、大千住一郎の死体の上に叩きつけられる音だ。


「一線を……超えてしまった……?」


 大千住一郎は、今まさに完全に死のうとしているのだ。転生して復活しても1秒と生きられない程に死のうとしているのだ。これがコンマ1秒となり、コンマ1秒以下になり、そして転生してほんの一瞬も生きることができないようになったならば……。

 目の前を何体もの大千住一郎が通り過ぎ、開けた窓のすぐ下まで死体が積もっているのを見て、ニューオーダーは慌てて窓を閉めた。

 鈍い、肉を打つ音だけが部屋に響く。その音はだんだんと上に上がって行き、頭上から聴こえるようになり、しばらくしてそれも聞こえなくなってしまった。


「誰かへの伝言はありますチェフか?」


 フンコフが変わらぬ調子で喋った。落ち着いて理知的な目元が、ニューオーダーを見つめている。


「誰かへの伝言はありますチェフか?」


 あるいは、誰かがこの状況を打破すべく動いているだろうか? あるいは、現代の誰かにこの状況をどうにかできる技術がないだろうか? あるいは魔法使いの誰かが、戦士の誰かが、あるいは超能力者が、あるいは勇者が、あるいは他の誰かが……。

 ニューオーダーは口を開いたが、言葉にならない吐息が「ほう」と出ただけだった。


「誰かへの伝言はありますチェフか?」


 フンチェフの理知的な瞳がニューオーダーを見つめている。


「誰かへの伝言はありますチェフか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超高速欠陥転生 『13歳で異世界転生したけど転生がチートってもう無敵ってレベルじゃないよね?』……の後 @track_tensei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ