愛憎カレー
《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ
愛情というスパイス
「ふ~んふ~んふんふふ~ん♪」
鼻歌を歌いながら、私は両手でオタマをリズミカルにかき混ぜる。
「我が家のカレーはパパ好み~♪ちょっっとピリ辛ちょい甘め~♪スパイス効かせた鍋の中~♪少しの蜂蜜た~らして~♪コトコト煮込むとあら不思議♪我が家秘伝のカレーです~♪」
「母ちゃんただいまー!」
台所に息子のコウタがやってきた。
「わぁ!カレーだぁ!」
「おかえりなさい。早く手を洗って、服も着替えてきなさい」
「はーい!」
ドタバタと足音をあげてコウタは元気よく洗面所へ向かった。
「ふふ、もう。相変わらず慌てんぼさんね」
そんな息子の様子に微笑を浮かべると、私は再び鍋の中のカレーをかき混ぜながら、鼻歌を歌う。
「母ちゃんまた歌ってる~」
着替え終わったコウタが、ひっしと腰にしがみついてくる。
「母ちゃんがその唄歌うときは必ずポークカレーになるんだもんな!」
「あら、ポークカレーは嫌い?」
「母ちゃんのポークカレーは一番大好きだ!」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるわね。さぁ、父さんももうすぐ帰ってくるから手伝ってくれる?」
「はーい!」
コウタは小学二年生でまだ小さくそそっかしいところもあるが、慎重におかずの乗った皿をテーブルに運んでいく。
「ただいまー」
玄関から男性の落ち着いた声が響く。
手伝いを終えたコウタが玄関へと走っていく。
「父ちゃんおかえり!」
そしてそのまま父ちゃんと呼んだ男性に抱きついた。男性はコウタを抱き上げる。
「ははっ、コウタはいつも元気だなぁ」
私も浮き足たつのを我慢して、ゆっくり玄関へと向かう。そこにはビジネス服に身を包み、眼鏡をかけた、いかにも人柄の良さそうな男性が立っていた。
「ジュンイチさん、おかえりなさい」
「あぁ、ユミコさんただいま」
ジュンイチさんはコウタを降ろすと、靴を脱いで風呂場へと向かう。
ラフな格好へと着替えたジュンイチさんはテーブルの光景を見ると、目を丸くした。
「おぉ、今日は一段と豪華だね。なにか良いことでもあったのかい?」
ジュンイチさんの言葉に、私とコウタはきょとんとした後、二人で目を合わせ笑った。
ジュンイチさんはなにがなんだか分からないと言った風に首を傾げている。
「ジュンイチさん、今日はあなたの誕生日じゃない」
そう、今日10月18日はジュンイチさんの誕生日なのだ。
だから今日はジュンイチさんの好物である料理をたくさん作った。もちろん手間はかかったが、それも本人の隠そうとして隠せてない嬉しそうな顔を見ればまったく気にならず、喜びもひとしおだった。
ジュンイチさんは「すっかり忘れていたよ」と照れくさそうに笑っている。その顔がまた少年の浮かべるようなものなので、私は妙に可愛らしく思った。
3人で食卓を囲み、いつもよりも充実した料理を、談笑を交えながら各々つまむ。
特に、カレーはジュンイチさんもコウタも見事な食べっぷりでおかわりしてくれた。
「ユミコさんの作るカレーはやっぱり最高だね」
ジュンイチさんの言葉に、私は満面の笑みを返した。
私が彼と結婚できたのは、カレーのおかげだ。
彼は大のカレー好きで、彼と付き合おうとする女性が多い中、私は見事このカレーで彼の胃袋を掴んだのだ。
彼がプロポーズに「これから毎日、僕のためにカレーを作ってくれないか?」と言ったときには、しばらく笑いが止まらなかったものである。
「さすがに毎日はできませんが、あなたのためにいつまでも美味しいカレーを作って帰りを待ってます」と私が返事をしたのも懐かしい思い出だ。
カレーは彼にとっても私にとっても、思い出深い料理なのだ。
「ユミコさん、今日のカレーは何の肉なんだい?」
「豚肉よ」
唐突な質問に私は戸惑うことなく言った。
「ユミコさんのポークカレーは他のところとは形が違うよね。普通はもっとブロックみたいな固形なのに」
「えぇ。肉に香草をつけて臭みをとって、骨と一緒に圧力鍋で煮込んだのをカレーに混ぜてるのよ」
「そっか、だからこんなに肉がホロホロに崩れるんだね」
「嫌だったかしら?」
「いや。変わってるけど、どこのカレーよりも美味しくて好きだよ」
「ありがとう♪」
片目でウインクをすると、ジュンイチさんも同じように返してきた。なにそれ可愛くて胸がきゅんきゅんしちゃう!
「父ちゃん達ラブラブだぁ!」
コウタが茶化してきたことに、私もジュンイチさんも顔を赤らめた。
*
「ユミコさん、今日は素敵な誕生日をくれてありがとう」
夕食を終えて、小さなケーキを食した後、ジュンイチさんは私にそう言ってきた。ちなみにコウタはお風呂も入ってとっくに寝ている。
「私も喜んでもらえて嬉しいわ。ジュンイチさん、いつも一生懸命お仕事頑張っているもの」
「はは、僕なんてまだまだだよ。でもそうだなぁ、ユミコさんがまたカレーを作ってくれたら頑張っていけるかなぁ」
「本当にあなたはカレーが大好きね。ちょっと妬いちゃうわ」
「なに言ってるんだい。『君の作る』カレーが大好きなんじゃないか」
「もう、からかわないでよ♪」
私は顔を背けて、手をもじもじとさせる。
「僕は特にユミコさんのポークカレーは気に入っているんだ。牛や鶏の肉もいいけど、やっぱり豚が一番だね。なのにユミコさん、ポークカレーは滅多に作ってくれないんだもん」
ジュンイチさんが拗ねるように言う。
「あのカレーに使ってる豚肉はなかなか手に入らなくてね」
「普通の肉じゃあ駄目なのかい?」
「そういうわけでもないけど、やっぱりその肉で作った方が美味しいのよね」
私の言葉に、ジュンイチさんは、
「……そうか。それじゃあその分、普通のカレーにはユミコさんの愛情をたくさん入れてもらおうかな」
にこりと茶目っ気ある笑えを浮かべ、ずいっと顔を近づけた。
「ふふ、言われなくてももちろんそうさせてもらうわ」
お互いにそっと口づけると、私はジュンイチさんに挑発的な笑みを返すことで、恥ずかしさを吹き飛ばした。
話が終わり、背中を向けてテレビを見だしたジュンイチさんに私はそっと忍び寄り、後ろから抱きつく。胸がむぎゅっと潰れるも私は気にしない。そんな行為に気恥ずかしそうに頬を掻くジュンイチさん。
「……ユミコさんは強引だなぁ」
「男ならもっと積極的にしてほしいわ♪」
もう結婚して10年にもなるのに、相変わらずうぶな反応をするジュンイチさんは愛おしくて、ついからかいたくなっちゃう。さっきは自分からキスを迫ってきたくせに♪
『……警視庁への連絡から既に五日が経過した今日、○○市在住のミツエさんの行方は未だに掴めておらず、警視庁は更に捜査範囲を広げ、行方を探すことになります』
「……まだ見つからないみたいだね」
ジュンイチさんが不安そうに呟く。
「……あなたの仕事場の同僚さんなんだっけ?そのミツエさんって人」
「あぁ……、何事もなければいいんだが。ここ近年、女性が行方不明になる事件が多発してるからね。君までいつかそんな目に合うんじゃないかと……」
私は力を強めて、震えそうになっているジュンイチさんをぎゅっと抱きしめる。
「心配なのは分かるけど駄目よ?今日はあなたの誕生日。めでたい日は、ウキウキ気分でいてくれなきゃあ
甘い声で囁くと、ジュンイチさんは深く息を吸って吐いた。
「ユミコさん……。そうだね、僕が気にしすぎても駄目だよね」
「えぇ。だから今日の一夜は、私と一緒に楽しみましょう?」
「楽しむって……なにをだい?」
ジュンイチさんが抱きついたままの私に、顔を向けてくる。その顔には若干赤みが差している。
「ふふっ、それはもちろん……お・さ・け♪何を想像したのかしら、ジュンイチさんは」
「な、なにも想像してないよ!」
顔を背けるジュンイチさんにコロコロ笑いかけ、彼のために冷やしたキンキンのビールを冷蔵庫へと取りに行きながら、私は声に出さずに楽しげに口ずさむ。
私のカレーはパパ好み♪
我が家秘伝の特別よ♪
秘密のスパイスはあなたのために♪
私が注ぐ愛情と♪
あなたに気安く近づいた、雌豚達の愛情♪
愛憎カレー 《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ @aksara
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