女流歌人の恋心が眠る場所。あ、ついでに能因法師もね。
高槻市に
わが街の歴史を彩るのは男ばかりと思うなかれ。
8世紀末に始まる平安時代。天皇を中心とする朝廷が京の都で牽制を振るい、貴族文化が華やかに花開いた時代に生まれた一人の女流歌人がいる。
彼女の名は伊勢。「古今和歌集」や「小倉百人一首」の情熱的な恋歌で知られる三十六歌仙の一人である。
伊勢が晩年を過ごした庵の跡地に建てられたのが、高槻駅前にほど近い古刹。その名も「伊勢寺」と言う。
ちなみに、私の実家はこのお寺の檀家だったりする。子供の頃から法事で幾度となく訪れたが、由緒あるお寺だったとはつゆ知らず……子供心に「古〜いお寺!」と思っていた事だけはしっかりと覚えている。
伊勢は貴族の娘として生まれたが、父の身分は高くはなかった。時の関白太政大臣(実質上の公家の最高位)の娘で後に宇多天皇の中宮となる
才色兼備の伊勢は、内裏に出入りしていた多くの貴公子の求愛を受けた。当時、高貴な身分の男にモテる女性の条件は「教養高く、恵まれた美貌の持ち主」だという事。彼女は気立ても良かったらしい。「天は二物を与えず」なんて嘘やん、と文句の一つも言いたくなる。
さて、
初恋の相手に手酷く裏切られた伊勢の読んだ歌が、伊勢寺の境内の石碑に刻まれている。
『難波潟 みじかき芦の ふしの間も 逢はでこの世を すぐしてよとや』
(こんなに恋い慕っているのに、わずかな逢瀬の時間さえあなたは作ってくれない。あなたに逢えないまま人生を過ごせと、これっきりだとおっしゃるの?)
私 「うわぁ、情熱的! こんなに愛されたら男冥利に尽きるってもんでしょ?」
相方「……情念が深すぎて、逆に怖いぞ」
男と女の温度差は、いつの時代も変わらぬようで。
傷心の伊勢は、しばらく父の赴任先に引きこもった。仲平の兄(=温子の兄)の時平が「弟なんかより俺はどう?」とばかりに伊勢に恋文を頻繁に送りつけたが、
失恋の痛手に揺れる女心と、それにつけこもうとする男の業……いつの時代も、男は愚かなもので。
伊勢が引きこもり生活を初めて1年後。かつての主人、温子からの誘いで再び宮中に出仕することになった。この頃から伊勢の歌は高く評価されるようになる。
そんな彼女に心惹かれ、激しく求愛したのが宇多天皇(=温子の夫)だった。
こうなると、伊勢よりも彼女のご主人の温子の方が可哀想になってくる。宇多天皇には温子以外にも多くの后がいた。にもかかわらず、自分に仕える女房にまで手をだすとは。全く、いつの時代も、男は……以下、省略。
年下の伊勢を実の妹のように可愛がっていた温子は、天皇の寵愛を受けた後も変わらぬ態度で伊勢を側に置いたというから、実に素晴らしい大人の女性だったのだろう。
宇多天皇の皇子を出産し、
幼い我が子の病死、宇多天皇が譲位し出家、そして、心から慕っていた温子の崩御……悲嘆に暮れる伊勢は既に30代後半。当時の平均寿命が30歳前後だったことを考えると、既に老齢の域にあった。
ところが。
悲しみに沈む伊勢の美しさに心惹かれた男がいる……またですか? と言うなかれ。
「容姿美麗、好色絶倫」と評され「
ここで、あれっ? と思った方のために、もう一度おさらい。
宇多天皇を中心に家系図を描いてみると、スゴイ事になるのがお分かり頂けると思う。平安時代の色恋沙汰が、現代の昼メロもビックリするほど愛憎渦巻くものだったことを後世に示してくれる良い例だ。
私 「年下のイケメン上司との不倫! しかも超高齢出産! 1200年以上前の話だとは思えへんね」
相方「……いつの時代も、女は怖い」
いや、それを言うなら、いつの時代も、男は……以下、省略。
多くの男性と恋に落ち、華やかに見えた彼女の人生も終盤を迎える。
敦慶親王が45歳で亡くなり、その後、宇多法王も逝去。愛した人達に次々と先立たれた伊勢は都落ちし、
伊勢の時代よりも50年程後の僧侶で歌人であった能因法師は、伊勢の歌風に惚れ込み、自分の隠棲の地を古曽部に決め、古曽部入道と名乗った。亡くなった後まで惚れられるとは……伊勢の魅力、恐るべし。
あ、ついでに能因法師が葬られていると伝えられる「能因塚」や、能因の書いた文を埋めたという「文塚」も高槻市の史跡に指定されている。
多くの男達と浮名を流した「恋多き女」という印象が強い伊勢だが、本当の彼女は、勝手に言い寄ってくる男達を、その深い愛情で優しく包み込む事が出来る素敵な女性だったのではないかしら……と思ったりして。
大阪を訪れることがあれば、ふらり、と高槻にも立ち寄って、美貌の女流歌人の生涯に触れてみてはいかが?
古(いにしえ)は高月と書す 由海(ゆうみ) @ahirun
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