(3)

「わかりました。ひとつでいいんですか?」


「ええ、よろしくね」


 屈託のない笑顔が、僕にとってはとても恐ろしく見えた。


 早く用を済ませてしまおうと、今度は少し急いで体育館裏に向かった。

 するとちょうどパンジーが置かれている場所に、鈴原さんがひとりで立っていた。いちいち声をかけると面倒なことになりそうだったので、僕は適当に一番近くにあったパンジーを手に取った。しかし案の定、鈴原さんと目が合ってしまう。


「先生に頼まれごと?」


「……そう、だけど」


 僕が答えると、彼女は少し俯きながら自らもひとつのパンジーを手に取った。僕は彼女の雰囲気が先程までとはまるで違うことに、思わず息を呑んだ。


「それはビオラよ。こっちがパンジー」


 そう言われて自分の持っていたパンジーを見るが、ビオラとパンジーの違いは全くわからなかった。しかしなぜか僕は、自然と自分の持っていた花と鈴原さんが持っていた花を交換していた。


「ねえ相原くん」


 その言葉は耳元で囁かれているかのようだった。


「明日、花火見に行かない?」


「……え、花火って」


「荒川の土手でやる、大きいやつ」


「いや、それは知っているけど……」


 とても息苦しかった。理由はわからないけど、目の前にいる鈴原さんが鈴原さんではないように見えた。

 しばらく風が流れる音がして、彼女は逃げるようにしてその場から立ち去った。


「先生、これ」


 持ってきたパンジーを広田先生に渡す。先生はそれを受け取り、僕に向かって言った。


「相原くん。パンジーの花言葉って知ってる?」


「え、いや、わからないです」


「私のことを思って、よ」


「……えっと、それが何か?」


「ううん。何でもないわ。ありがとう。あ、でもこの花はビオラよ」


 広田先生の言葉を聞いて、僕はようやく気づいた。花火のフィナーレのように、僕の頭の中は鈴原さんのことでいっぱいになっていた。

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私を思って (短編) 文目みち @jumonji

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