この作品に関してはたくさんのレビューでその魅力が語り尽くされていますが、それでも蛇足ながら書かずにはいられない。読後そんな衝動に駆られてしまう壮大なSF巨編です。
想像して頂きたい。もし街の中で自分のすれ違った人たちがみんな精巧に作られたホログラムであったら? 実在しないものばかりの世界でただ仮想空間にのみ生きるのが日常の暮らしであるとしたら? そこにゾクリとした冷たいものを感じるのは私だけではないでしょう。
この物語の舞台はAIを生んだはずの人間がAIによって支配される近未来。ホログラムや仮想空間が現実として常にそこにある世界です。
自分を取り巻く環境に違和感を覚えた天才少年少女たちは、人間に訪れるであろう未来を案じ、それぞれの頭脳を持ち寄ってシステムの謎に取り組むのですが──。
ともかく計算し尽くされた構想と綿密でリアルなディテールに舌を巻きます。あたかもこんな世界が本当に存在するかのよう。がっしりと築かれたシステム世界の隙のなさ。物語を創造するとはこういうものだ、と見せつけられます。
違う視点で語られる前編と後編でリンクする場面の数々は鳥肌もの。そして終盤にかけての怒涛の展開はただただ圧巻。読み応えしかありません。
しかし同時に、登場する人物たちの血の通った会話やたくさんのコミカルな場面がふんだんに用意され、サービス精神がたっぷりです。まさにSFとヒューマンドラマが融合されたエンターテイメント。
神の領域、人類の領域。人間はどこへ向かうのか。未来への警鐘、そして人間への希望を感じさせてくれる、圧倒的な熱量を放つ作品です。
人工知能によって全てが管理されている世界。人々は高度に進化した仮想世界へ浸りきり、安逸を貪っていた。思考停止にも似たその状態が、自らの滅びを呼び込んだことにも気づかずに。
自分達を取り巻く世界に違和感を覚えたふたりの天才少年が、違和感の正体を探ろうと動き出す。
一つのストーリーを二つの視点で綴る、変わった構成の物語です。
仮想現実を作り上げた博士、研究チームを組む個性豊かな子供たちの関係。世界を構築するシステム。そして、人工知能が導こうとする、人類の未来。それら全てが、前半と後半でがらりと姿を変えるのです。
時と霧の軌跡が重なったときに見えてくるのは、驚きの真実。思わぬ人物が別の顔を見せ、恐ろしい陰謀が姿を現す。物語は膨らみ、加速し、激震する。そして、全ての謎が明かされた後、彼らが選択する『未来』とは?
天才集団とはいえ、やはり彼らは子供です。子供ならではの無邪気さ生真面目さ、時に無鉄砲さを発揮しながら、手を取り合い懸命に謎に立ち向かう。彼らの勇姿を見守ってください。
色々と考えさせられる作品です。そして、読んだ後にはきっと……
科学が発展したら、この世界はどう変わっていくのか。
この作品は、実に様々な可能性を示してくれます。
そう遠くない時代に訪れる、AIによる管理社会。
仮想世界の発達により、人間の肉体そのものが徐々に意味を失い始めています。
過度にAI化が進めば、いずれは何をもって「これは人類の領域である」と判断すべきか、わからなくなってしまう。
そんな中、社会の歪さに気づいたのが六人の天才少年少女たち。
一人の博士のもとに研究チームとなった彼らは、類稀なるチームワークを発揮して、様々な角度から課題に取り組んでいきます。
本作の特徴は、「時の軌跡」編と「霧の軌跡」編とで同じ時間・同じ出来事をたどっているにも関わらず、主人公が交代することにより見え方がガラッと変わること。
そのおかげで、少し難解に思える事案も多角的にじっくりと飲み込むことができます。
といっても、全体的にコメディも交えながらわかりやすく進めてくれますので、私のようなSFにあまり強くない読者も、ふむふむと楽しく読み進められます。
人類は、AIを、科学を、この先どのような方向に進めるべきか?
この深いテーマは、考え出したらきりがありません。
たくさんの可能性を提示し、たくさんのことを考えさせてくれる作品です。
少年少女たちも、みんな天才でありながらとても可愛らしく、心から応援したくなりますよ♬
西暦2056年。司法から経済まであらゆることがAIにコントロールされる体制の元、人間は教育課程を終えれば仮想世界で娯楽に浸る生活を送る——そんな社会が到来していた。
ある時、小学校教育課程の履修の最中である二人の天才少年が、学校生活の中で起こる微かな違和感に気づく。
やがて二人は、仮想空間の生みの親である優秀な博士と出会い、彼を通して知り合うことになった4人の卓越した頭脳を持つ少年少女とともに、人間社会を管理するAIシステムの深部へと踏み込んでいく。
AIが完全に人間を支配し、人間の生きる意味そのものが失われつつある状況の元、一般的な頭脳では決して解明し得ないコンピュータシステムの核心へと迫る彼らが辿り着いた「AIシステムの企み」とは——?
作者の知識と想像力の豊かさを垣間見るような作品のスケールの大きさに、深く感嘆しつつ読んだ。そして、内容の複雑さを読み手にスムーズに伝える筆力の高さは圧倒的だ。気づけば混沌とした未来の世界に否応なく引きずり込まれている。
人類が、今、どこへ向かって進んでいるのか。それをはっきりと予見できている人間が、どれくらいいるだろう。
少なくとも、現状のまま先に進めば、人類の未来に明るい予感を持つことはとてもできない。それだけははっきりしている気がする。
人間は、土壇場まで追い詰められなければ、人類の未来を明るい方向に転換することはできないのだろうか。この物語のクライマックスに、そんな背筋の冷える恐怖を感じた。リアルの「未来の人間達」が、土壇場まで追い詰められて果たして生き残る道を選択できるのか。土壇場まで来てはっと我に返り、何かを始めたところで果たして間に合うのか? 甚だ疑問である。
人間が、自分たちの未来を守るために、「今できること」は何か。
それを考え、最も有効な方法を選び取るのは、今生きている私達だ。やがて訪れるかもしれない恐ろしい未来を想像力を持って予測し、今できる最善の策を人間全体で選択できなければ、人類に明るい未来はない。
私達は、「今」をどう生きるべきか。何を選択すべきなのか。読み終えた後にそんなことを本気で考えたくなる、ずっしりと読み応えのあるSF長編だ。