第3話:時

「明日、また会おう」と少年が言った。だけど分からない。明日って何?私がそう聞くと、少年は困ったような表情になった。明日は明日だよ、そう繰り返すだけだった。それでも何回も問い詰めると、「今日の次の日だよ」と呆れたように言った。

「今日って何?」私はいよいよ混乱した。だけど、私より少年のほうがはるかに混乱していたと思う。少年はそれから、様々な言葉を用いて私に説明しようとした。

 だけど、分かるわけがない。少年が何度も持ちだした「時間」という概念がわからないのだ。時間に応じてモノは破壊されて行き、人も例外ではないという。だけど、そんなことどうやって知り得るのだろう。今以外の存在なんて、あるはずが無いのに。時間を説明するとき、少年は腕時計と言うモノを私に見せた。秒針は止まっていた。だから、私は「やっぱり今の次なんて無いんだよ」と言った。少年は時計を何度も何度も見つめたが、結局諦めた。そして、壊れちゃったのかな、ため息をこぼした。

 周囲を見渡すと、一面真っ白だった。少年は「雪のようだ」と言った。雪とはなんだろうか。少なくとも、それは無ではないだろう。ならばその例えは無意味だ。この空間とも言えない、曖昧な地点には何も存在しないのだから。そう伝えると、少年は少し笑った。冗談だと解釈したらしい。そして、僕らがいるじゃないか、と言った。しかし、私は知っている。ここには私も、少年も確かに存在しない事を。そして、確かに存在している事を。

 また、少年は表情を変えた。哀れみの表情だった。私に同情したらしい。変な妄想に取り憑かれた、かわいそうな存在。そう見えるらしい。私には少年が何を考えているか分かるのだ。なぜなら私が少年であり、少年が私なのだから。しかし、少年はそのことに気づいていない。

 私は自分に託された任務を果たす事を少し躊躇った。この地点の外には確かに時間が、物質が存在するのだ。私はそれを知らないが、少年が知っている。しかし、私の存在はもはや、少年を肉体の操縦者から引きずり出し、少年の代わりに人生を送るに足るほど大きくなってしまった。他の私や少年も同じだ。もはや少年の肉体は、少年だけのものではなくなり、無数の私のものになったのだ。そして、その無数の私の中に少年がいるのだ。

 私は、それを躊躇いながらも、伝えた。少年の哀れみの表情は変らなかったが、その意味は確かに変わった。

「僕の代わりに、君が殴られるんだね」

 少年は、心のなかでそういった。そして、その時、少年は私の中に入ってきた。

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栗戸詩紘 @kuritoutahiro

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