第44話
どんなにつらくても、どんなに苦しくても、どんなに理不尽でも、僕たちは現実以外に生きる場所を選べないんだ。
だから僕は、霧絵ミルイを必ず見付け出す。
ひとり呟いた言葉に、僕は誓いを立てた。
何もあてがなく言っている訳ではない。僕たちは三回も偶然の邂逅を重ねて来たのだ。一度めは夕闇が迫る屋上で。二度めは図書館で。三度めは夕暮れ時の駅前で。
霧絵ミルイのノートを調べたときに気付いたことであるけれど、最初の出逢いを除いて、僕たちが偶然に会うという“物語”はどこにも見当たらなかった。それならば、二度めと三度めの廻り合いは霧絵ミルイの能力によるものではなく、では何故僕たちは何度も偶然を重ねて会うことが出来たのだろう。いや、そもそも最初の出逢いも本当に彼女の“物語”のチカラだったのだろうか。
その答えは今もって分からない。すべては偶然の産物に過ぎないのかもしれない。
ただそれでも、僕は「運命」という言葉を信じたい。彼女が僕のことを運命の人と言っていたように。
「──あるいは」
少し悪戯めいた別の可能性に思い立って、僕は思わず笑みをこぼした。
「霧絵ミルイが“物語”を現実にさせる能力があったように、僕にも特殊なチカラがあるのかも」
そう。“運命の人”を引き寄せるという能力が。
冗談半分の思いつきに過ぎないけれど、案外間違っていないのかもしれない。何故ならそう遠くない未来、僕たちは再び逢えるような、そんな確信めいた予感がしてならないのだ。
この感覚はどこかで一度感じたことがあるような気がすると思ったら、僕は霧絵ミルイと初めて出逢う直前の、傾いた日射しが照らす学校の廊下を歩いていたときのことを思い出した。
あのときの僕も、沈みゆく夕陽を眺めながら、自分にとってとても大事な人ともうすぐ出逢えるような、漠然とした期待を抱いていた。
〈今なら分かる。僕は、君を捜していたんだ〉
言葉に出来ない焦燥と不安が、現状を何ひとつ変えることの出来ない苛立ちと無力感から来ていると気付かないまま、“ここではない何処か”へと、共に手を取って歩いてくれる誰かを、僕はずっと心の底で無意識に求めていた。
霧絵ミルイが僕を必要としていたように、僕もまた、彼女を呼びよせていたのだ。
僕は大きく息を吸い込んだ。土手の斜面に生えた青草の草いきれが身体を満たすと、活力と生命力と、ほんのわずかなさびしさが、胸に去来した。
あと少しすれば梅雨が始まり、それが終われば彼女と出逢った七月だ。今年もきっとウンザリするような暑い日が続くだろう。けれど、その暑さに、蝉時雨に、雨上がりの水溜まりに、夕暮れの空に、霧絵ミルイの気配を感じ取ることが出来る。夏は彼女そのものなのだ。
「霧絵……僕は君を見付け出す。どんなことがあっても、絶対に。そしてまた新しく始めよう。僕たちの物語を」
通り抜けていった優しい風に、僕は再び決意を呟いた。
木漏れ日にも似た懐かしさにくすぐられて空を見上げると、鮮やかな蒼に染まった空が、僕の胸の内に初夏の旋律を奏でる。そのメロディに協奏するように、何処かで見ているだろう彼女へ向けて、僕は言葉を放った。
──また、君を捜す夏が来る。
了
霧絵ミルイと物語の神隠し 宵待なつこ @the_twilight_fox
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