第4話
怒涛のごとく押し寄せる炎に対して、俺は――
「……水属性禁忌魔法:『
瞬間、俺の手から海のごとき、怒涛の奔流が発生し、ファフニールのブレスをうち消す。
「なん……だと……」
魔龍ファフニールは驚きで声も出ないようだ。
「なんなんだ、なぜ人間の腕からそんなに大量の水が……!」
「水は炎を消せるんだ、常識だぜ」
「そんなことを言っているのではない! 人間にそんな力があるはずが……!」
「これは単なる魔法さ」
「魔法……?」
僕のすぐ後ろに居るアリスは首を傾げている。
やれやれ、どうやら、この世界には魔法の存在しないようだな。俺の元居た世界では、この程度の魔法なら赤ん坊にでも使用可能なのだが……。
俺はアリスにやり方を教えてやることにする。
「いいか。人間は誰しも魔力を持っている」
「魔力……そんなものどこに……」
アリスは自分の身体を見回している。俺はそんな姿に戦闘中にも関わらず、少し笑ってしまう。
「何を笑っているのよ!」
「すまないな。だが、魔力っていうのは目に見えるものじゃないんだ」
俺は説明を続ける。
「魔力っていうのは、魂の中にあるエネルギーだ。自分の魂の中からそのエネルギーを引きずり出して具現化する。それが魔法さ」
「難しそうね……」
「そんなことはない。アリスにだってできるさ」
きっと、この世界の人間は魔法を使おうと思ったことがないのだろう。確かに、誰にも教えてもらえなければ、魔法なんてものが使えるだなんて、誰も思わないだろうからな。
「イメージするんだ。水の中に手を入れて水をすくう……そのイメージで魂から魔力を取り出す。あとは想像だ。その力を使えば、大抵のことはできる」
「やってみるわ」
アリスは目を瞑って難しい表情をしている。
次の瞬間だった。
「えい!」
見事にアリスの手から水が出ていた。
「本当に使えたわ!」
「ああ、知ってさえいれば魔法なんて誰にでも使えるのさ」
「おお、わしにもできたぞ!」
王様が叫ぶ。
「俺にもだ!」
鼻呼吸を教えてもらっていたおっさんもできたようだ。
「すごいぞ、これは!」
強盗にもできたらしい。
「こんなことを知っているなんて、さすがテンセイね!」
アリスは言う。
「いや、何もすごいことなんかじゃないんだよ」
魔法なんて俺の世界では生まれたときからみんな使える。ただ、彼らはたまたま知らなかっただけなのだ。
俺は魔龍ファフニールに向きなおる。
「待っててもらって悪かったな」
「………………」
「さあ、まだやるっていうなら、俺の魔法で迎え撃つことになるが」
これははっきり言ってはったりだ。実は俺は落ちこぼれだ。俺の魔法の力なんて元の世界じゃ幼稚園児にも劣るものだった。俺程度の力じゃ、せいぜい惑星一つを破壊するので限界だ。普通の人間なら十個はいけるんだけどな。
実際にファフニールを分子レベルまで分解することくらいなら可能だろうが、それで倒せるとは思えないからな。いやー、俺の世界の赤ん坊でも原子も残らないくらいに分解できるんだけど。いやー、俺は本当にザコだなあ。
だが、この世界には今まで魔法は存在しなかったようだ。
それを利用しない手はない。
今なら俺がさもすごい力を持っているかのように見せかけることができる……!
「どうする? ファフニール、まだやるって言うんなら手加減はしないが」
「くっ……」
ファフニールは悔しそうに表情を歪める。
そして、言った。
「降参だ……」
「もう人間を襲わないか」
「ああ」
「絶対だな」
「ああ、約束する」
よかった。はったりが効いたようだ。
「テンセイ!」
アリスが僕の胸に飛び込んでくる。
「やったわ、テンセイ! 私、信じていたわ」
「たまたま、うまくいっただけさ」
「そんなことないわ! テンセイだからできたのよ」
「………………」
「あなたはこの世界を救ったのよ!」
「………………」
まさか、元の世界で落ちこぼれだった僕が世界を救う日が来るなんてな……。
想像もしたことがなかったことだ。
「私、あなたのことが……」
アリスは僕の抱きついたまま上気した顔でそんなことを言って――
やれやれ、異世界に来たら普通の知識がチート扱いで無双できるなんて思いもよらなかったな。
〈了〉
異世界に来たら普通の知識がチート扱いで無双できるなんて 雪瀬ひうろ @hiuro
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