第3話
「そなたが賢者イセカイテンセイか」
豪奢な王座に座るいかめしい男が俺を見下ろしている。
彼はこの国の王様だ。
「確かに私は伊勢海天声という名前ですが、賢者と呼ばれるほどのものではありません」
「いや、そなたの名はわしの耳にまで届いている。『走り』という驚天動地な技術や『鼻呼吸』という摩訶不思議な技を広めた賢者としてな」
やれやれ、どちらも俺の世界では幼稚園児でもできることなのだが、彼らは過剰に俺を持ち上げてこようとするから困る。
「そうよ、テンセイはすごいんだから!」
なぜか僕の隣で胸を張っているのはアリスだ。
「実は君がこの王国のお姫様だったなんて想像もしていなかったよ」
「ええ。たまたま、平民の振りをして城下町に降りていたときにあなたと出会うなんてね」
どうやら、アリスは城を抜け出して城下町に繰り出していたようなのだ。そのとき、偶然、強盗に襲われた。それを助けたのが俺というわけだ。
アリスは初めて会ったときは異なり、一国の姫らしいきらびやかなドレスに身を包んでいる。
「まったく、馬子にも衣装だな」
「なんですって!」
「しまった、声に出ていたか」
頭の中だけで考えていたつもりだったのだが。やれやれ、ひとりごとを言ってしまうくせを直さないといけないな。
王様は改めて俺に向かって言う。
「そなたの知恵は一級品だ」
「たまたま、知っていただけですよ」
俺は謙遜する。
「いや、そなたの見識は並大抵のものではないと見た。だから、折りいって頼みがあるのだ」
王様の言う事だ。自分に何ができるか解らないが、とりあえず、話くらいは聞いてみてもいいだろう。
「私にできることでしたら」
俺がそう言うと王様は説明を始める。
「実は相談したいのは我が国スペード王国を襲おうとする魔物たちのことなのだ」
「魔物……?」
「ああ、魔物は常に我が国の国民の命を脅かそうとする。わしは誰も傷つくことのない世界を作りたいのだ」
「………………」
「そのために我が国に力を貸してはくれないか」
「………………」
俺は何も答えることができない。
俺はあくまでただの餓鬼だ。トラックにひかれて転生してきただけ。勇者なんかではないのだ。
彼らは勘違いをしている。
たまたま、彼らが知らないことを知っていただけで、俺がまるでチートスキルを持った主人公がなんかだと思い込んでいるのだ。
「俺には――」
俺には無理です。
そう言おうとした瞬間だった。
「テンセイ」
アリスはそっと俺の両手を握る。
「お願い、テンセイ……私たちの国を助けて……」
アリスは目に涙を溜めている。
「………………」
やれやれ、俺は何を怖気づいていたんだろう。
確かに俺はただの餓鬼で大した力なんて何も持っていない。
実際に魔物と対峙してやれることなんて何もないかもしれない。
でも、やってみなければ解らないじゃないか。
もしかしたら、魔物と言っても走ることすら知らずのろのろと動きまわるだけの奴らかもしれない。それなら、俺にも勝機があるかもしれない。
鼻呼吸も知らずぽかんと口を開けているのなら、その口に石でも突っ込んでやろう。
少なくとも、こんな泣いている女の子を前にして何もしないでいる、なんて選択肢は、俺にはとれそうもない。
「やれやれ、損な性分だな」
「テンセイ……」
「やってやるよ」
「テンセイ!」
俺は決意を固める。
「俺が魔物を倒す!」
「滅びよ、か弱き生物よ」
身の丈は天にもとどかんとするほど。
燃え盛る炎のような双眸は紛れもなく俺を捉えている。
漆黒の翼は世界を覆い尽くさんとするほどの威圧感。
手足の先の爪は名刀の一振りの如し。
「我が名は魔龍ファフニール! 人の世に終焉をもたらす者なり!」
まずい、これはガチな奴だ。
俺は早速後悔し始める。
やっぱり、無理があったのだ……。
ただの餓鬼が魔物を退治するなんて……。
「走り」や「鼻呼吸」だって、たまたまこの世界になかっただけだ。俺の世界では常識。常識を教えただけでいきがっていた。俺なんかがこんな大きな龍に勝てるはずがない。
魔龍ファフニールの開けた大口にはどす黒い炎が渦巻いている。
あれを喰らったらひとたまりもないだろう。
「くっそ……ここまでか……」
俺は目を閉じて運命を受け入れようとする。
そのときだった。
「テンセイ! 諦めないで!」
アリスの声だ。
なぜ?
アリスは城で待っているはずなのに……。
振り返ると確かにアリスが居た。
「あなたひとりにこの国の運命を任せるわけにはいかないわ!」
そうだ。
アリスは姫なのだ。
姫には国を守る責務がある。
だから、来てくれた。
「でも、このままではアリスまで……」
「信じてるから」
「え?」
「テンセイなら、勝てる!」
アリスは真っ直ぐな瞳で俺を見つめる。
「みんなが応援しているのよ」
「みんな?」
俺は後ろを振り返る。
「わしじゃ!」
「王様!」
「そうだ! あきらめるんじゃねえ!」
「『鼻呼吸』を教えてもらっていた城下町のおっさん……!」
「あんたは俺たちの希望の星なんだ!」
「強盗……!」
この世界で出会ったすべての人たちが俺の後ろに居た。
みな、俺を信じてくれている。
俺がこの龍をうち倒すと信じている。
「やれやれ、俺はいったい何を弱気になっていたんだろうな……」
確かに俺は弱い。
ただの餓鬼だ。
だけど――
「餓鬼なら餓鬼らしくみっともなく足掻かせてもらうぜ!」
「ふぁうほうへひひてひひ(訳:もう攻撃していい?)」
「口に炎を溜めてるのに、待っててもらって申し訳なかったな! ファフニール!」
決着をつける……!
「俺にできる全力でおまえを討つ……!」
「FIREEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!」
ファフニールから暗黒の炎がほとばしり、俺に到来する。
そのとき、俺は――
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