第2話

「なんとか強盗はまけたようだな」

 俺たちは人通りの多い大通りまでやってきて人心地つく。

「助けてくれて、ありがとう! えっと……」

「俺の名は、伊勢海天声いせかいてんせいだ」

「いせかいてんせい……? 変わった名前ね」

「ああ、少し遠い国から来たものだからな」

「そうなのね。だから、あんなにすごいことも知っていたのね」

 やれやれ、あの程度の知識は俺の世界では常識なのだが。それを指摘するのもどこか鼻にかけているような感じがするので、黙っておくことにする。

「私の名前はアリスよ。よろしくね」

「アリスか。よろしく」

 アリスは言う。

「走る、ってことをしてみると、普段以上に喉が渇いてしまったわ」

「そうだな。生まれて初めて走ったのだったら、それは無理もないかもしれない」

「でも、あなたは平気そうね」

「まあ、俺は少し鍛えているからな」

「そうなの。すごいのね……憧れちゃうわ……」

 アリスはうっとりとした目で俺を見ている。

 それよりも俺は先程から気になっていることがあったので、アリスに尋ねてみることにする。

「さっきから気になっていたんだが」

「なにかしら」

「なぜ、この国の人達はみな、ぽかんと口を開けているんだ」

 町中を歩いている人は全員が間抜けにもぽかんと口を開けていたのだ。

「そうよ。むしろ、私があなたに聞きたいわ。なぜ、あなたはそんなにも長い間、口を閉じていることができるの?」

 やれやれ、いったいこの子は何を言っているのだろうか。

「言っていることの意味が解らない」

「だーかーらー」

 アリスは少し怒ったように言った。

「なぜ、あなたは口を閉じたままでも呼吸ができるのか、ってことよ!」

「もしかして、鼻呼吸を知らないのか?」

「鼻呼吸?」

 アリスは首を傾げている。

 やれやれ、この世界には鼻呼吸というものは存在しないようだ。

 俺は丁寧に教えてやることにする。

「俺達人間の顔には口以外に鼻という穴がついている」

「それくらい知っているわ」

「なら、話が早い。鼻呼吸とは、その穴を使って呼吸をすることを言うんだ」

「え?! 口じゃなくて鼻を使って呼吸をするというの」

「論より証拠。実際にやってみよう」

 俺は両手で口を塞いで、鼻の穴から空気を出し入れする。

 それを5分以上続けて見せたのだ。

「すごい! 本当に口を閉じたまま呼吸しているわ!」

 俺は口から手をどけて説明してやる。

「実は鼻の穴っていうのは、口と繋がっているんだ。だから、空気を出し入れするだけなら、どちらの穴を使っても構わないのさ」

「知らなかった……鼻って何のためにあるのだろうと思っていたわ……」

 アリスは目を丸くしている。本当に驚いているようだ。

「コツさえつかめば難しいことじゃない。口ではなく、鼻で呼吸しようと鼻に意識を集中してみるんだ」

「ええ。やってみるわ!」

 アリスは鼻の穴をいっぱいに開いて空気を肺にとりこむ。胸をいっぱいに膨らませた状態で彼女は固まってしまう。

 だから、俺は言ってやる。

「今だ! 吸い込んだ肺にある空気をまた鼻から出すんだ!」

 アリスはこっくりと頷いて鼻から少しずつ空気を出していく。

 すべての空気を排出してアリスは言う。

「すごいわ! 本当に鼻を使って呼吸できちゃった!」

「ああ。この方法を使えば、ずっと口を閉じていることもできる」

「これで間抜け面をさらさなくて済むのね! これは革命的なアイデアよ!」

「そんなに大した話じゃないさ。ちなみに、口を使わないで良い分、喉の渇きを抑えることもできる。そのため、風邪もひきにくくなる。これも覚えておいた方がいいだろうな」

「すごいわ! いいことづくめなのね!」

「なんだ、あいつらずっと口を閉じているぞ」

 町の人間が俺たちの周りに集まってくる。

「これは鼻呼吸って言って――」

 アリスは町人に鼻呼吸のやり方を説明してやっている。

 やれやれ、これでこの世界の人々も少しは生きやすくなるだろうな。

 俺は大きな溜め息をついた。

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