D.w. files:homes/ドーナツ狂の一生 1

「ドーナツパーティ?」

 君は一体何を言っているんだ。私がその話を初めてホームズから聞いたとき、そう思った。パーティ?こいつはいつからそんな洒落た場所に好き好んで向かうような人間になった。

「そうとも、ワトソン君。ベテルギウス卿のことはご存知かね?」

「ああ、もちろん。上院の有力議員で、爵位は公爵。そして何より」

「無類のドーナツマニア。」

 遮るようにホームズが言う。自分で聞いておいて相手の回答を最後まで待たない、ホームズの悪い癖の一つだ。「ああ、公爵は別名『ドーナツ卿』、一日3食すべてドーナツ、しかも自作という噂だ。」

「世界各地からあらとあらゆるドーナツのレシピを天網のごとく漏らさず収集し、自らそのレシピから作ったドーナツをたびたびパーティでふるまってるとも聞いた。まさに生きたドーナツ博物館といったところか。全く興味深い人間だ。」

 いやな予感がした。ホームズが興味を示した物事は、殆ど必然的にまともに事が運ばない。それがこの人間の性質に起因するのか、あるいは性格に起因するかは、未だ私には判別不能である。

「それで、なんで公爵がわざわざ君みたいな探偵なんかをパーティに招くんだ。まさか殺人事件でも起きたのかい?」

「ワトソン君」

「なんだ。ホームズ」

「君は二つの勘違いをしている。まず、探偵の本分は諜報だ。依頼人が知らんと欲するすべての事柄は、須らく僕の依頼である。それは何も殺人や盗難の犯人だけではない。なんだったら今窓から見えるご婦人の一人を挙げて、それが誰であり、どこへ向かうとしているか、5分で調べて来るなんてことも、僕の立派な仕事に一つだ。」

「君がそんなつまらない末端の依頼をそもそも聞くとも思えんがな。ということは、公爵は君に秘匿すべき依頼があり、それを伏せながら君に面会するために、ということか?」

「そう考えるのが妥当だろう。だが考えてみたまえ、ワトソン君。公爵は以前から定期的に同様のパーティを開いているとさっき言ったろう。無論他の客人を招いてな。それがこの僕の耳にも届いているということは、かなり有名なパーティであることは想像に容易い。そんな場所でわざわざ秘密の仕事を依頼するメリットは、ふつうどこにある?」

「じゃあなんだというのかね。君みたいな変人を本気でもてなすほど、公爵は暇なのか?」

「簡単じゃないか。秘匿の依頼でないなら、秘匿でない依頼に決まっている。」

「それなら直接依頼すればいいし、そもそもそんな大したことない案件なら君のような探偵にわざわざ依頼なんかしないだろう。」

「ワトソン君、君は僕を誰だと思っている。」

「探偵、シャーロック・ホームズ。それ以外に何者かだというなら見せてもらいたいものだね。」

「僕はだ。そこらの普通の探偵とは格が違うんだよ。政府が直々に認めた、大英帝国唯一の名有りコード・ホルダーの探偵だ。そして名探偵を名のあるパーティに招くということは、そこに公爵直々の謎がご用意されているということだ。女王陛下さえ感服するこの頭脳にを送り付けるなど、ベテルギウス卿も悪趣味な人よ。ならばこの依頼、受けないわけにはいかないだろう。」

そう、こいつはシャーロック・ホームズだ。彼女を動かすのに金貨も銃も必要ないし、意味をなさない。ただそこに興味深い謎があるならば、それだけで進んで日の中水の中へ飛び込んでいく。そんなことぐらい、私が一番わかってたはずなのだ。



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毎日千字帖 DJ T-ono a.k.a. 小野利益 @onoryaku

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