狂気の山田=サン宅にて

雪車町地蔵

狂気の山田=サン宅にて

 南極大陸で未知の山脈が発見されたという一報を受け、ミスカトニック大学探検同好会の我々は、オーガスト・ダーレス准教授の定期預金を勝手に解約。

 それを元手にデイトレードを行い、儲かった金銭でプライベートジェットをチャーターし、一路現地へと飛んだ。

 メンバーは、工学部のジェシーとマイケル、バイオ科学科のリチャード、物理学科のジャスティン、技術屋のジェニファーに、そして地質学科の私をいれた6名と、日当14ドルで雇った工夫16名だった。

 ベースキャンプを出発し、目的の山脈に達した我々は(驚くべきことに、地図上に存在しないその地形は存在していたのだ)さっそく調査を開始した。

 何故かノリノリで技術供与してくれた類人猿――もとい日本政府によって、最新式掘削ドリル『南極28號』が唸りをあげてボーリング作業を行うと、途方もない古代の地層と、化石資料を手に入れるという快挙を成し遂げる。

 このとき、先行するリチャードのチームが、山脈の奥地で洞穴を発見したというLINEをおくってくる。ご丁寧にホッキョクグマがサムズアップするスタンプも付いていたから間違いない。

 だが彼らは「こいつはグレイトですよ! セイキの大発見だ!:-)」 という苛つく顔文字を最後に、連絡を絶った。

 直前に通話があって


「聞いてくれ会長。俺、この探検が終わったらジェニファーと結婚するんだ。おっと、あいつとの約束で禁煙しているのだった、失敬、失敬。ところで……別に大発見してしまっても構わんのだろう?」


 という世迷言をのたまっていたが、ジェニファーはヘビースモーカーだし、なにより男性だ。たぶん世迷言か断末魔だから気にはしない。

 が、セイキの大発見というワードが気になった私たちは、教授の息子の学資保険を解約し、工夫たちを置き去りにしてセスナを調達、件の洞窟へと急いだ。


◎◎


 現場は、異様な雰囲気に包まれていた。

 しんしんと降り積もる粉雪。

 その白いカーテンの向こうに、ぽっかりと開いた奈落のような洞穴。

 まるで異形の怪物が口を開いているようなその洞窟からは、妖気とも吐息ともつかない生温い風が漏れ出していた。

 南極であるにもかかわらず、その風は生温かったのだ。

 ゴクリと唾を呑み込み、瞬間冷却される冷や汗に背中を濡らしながら、ヒートテックの内部を気持ち悪く湿らせつつ、それでも意を決して我々は洞窟の奥へと進んだ。

 功名にあせっていたというのはあるだろう。

 なぜならダーレス教授が我々の正義の蛮行に気が付くまえに、使い込んだ金銭を補てんしなければならないからだ。

 ……まあ、だめだったら雲隠れすればよいだけの話なので深くは考えない。

 とかく、我々は進んだ。

 洞窟はひたすら奥へ奥へと伸びていた。

 いつの間に傾斜が掛っていたのか、気が付いたとき、出口は遥か頭上に位置していた。不思議なことに洞窟の奥へ行くほど気温は上昇していた。

 どれほど歩いたか、まるでマントルまでたどり着いてしまうのではないかというぐらい歩きつめたころ、我々の眼前にそれは姿を現した。

 扉――引き戸だ。


「OH! ジャパニーズ・ショウジ!」


 日本かぶれのジェシーがそう叫んだ。

 それは極東のイエローモンキーが支配する国、日本でニンジャーが蹴り破って侵入してくる、あの障子だった。

 私は、恐る恐る障子に手をかけ、ゆっくりとひいた。野蛮なイエローモンキーのように蹴破ったりはしなかった。

 はたして、私たちがその先で目にしたのは――


「あ、ドーモ。山田です」


 眼鏡をかけた出っ歯の、頭からアホ気が2本飛び出している、7:3分けのスーツの人間――いや、身長が150センチほどしかない小人が、そんな未知の言語で話しかけてきた。

 私たちは当然、


「ドーモ、山田=サン。ミスカトニック大学探検同好会です」


 と、すかさず名乗りを上げた。

 探検同好会においてアイサツは神聖不可侵の行為だったからだ。ナコト写本にもそう書いてある。

 山田=サンは恐縮したようにぺこぺこと頭を下げながら、額の汗をしきりにシルクのハンカチでぬぐっている。


「きょ、今日はお客様が多くって、わたくし、ちょっとキンチョーしております。ひじょーに、きびしー!」


 ……未知の言語だった。

 彼は名状しがたい動作で右手を頭部の後ろに通し、左耳をつまんでそう奇声を上げた。


「山田=サン」


 一同を代表して、私が質問する。


「ここはなんですか、なぜ南極の地下に、極寒の地にビジネススーツ一枚の、あなたのようなモンキーが――」


 その問いかけの先は、山田=サンの奇妙な笑みによって遮られた。

 それはウシガエルが潰れたときに発する死のように低く、油の切れた歯車が奏でる音色の如く不愉快な、生理的に嫌悪を浮かべるような気味が悪い笑い声だった。


「デュフフフ……やはり皆さんもを探してここに来られたのですね?」

「Why?」

「とぼけなくってもよろし。人類みな兄弟、わたくしどもも秘匿するつもりはありません。さあさ、中へ。南極の真実をご覧入れましょう……」


 せかされるまま……いや、正直に言おう。その黄色い猿が浮かべる邪知を煮詰めたような表情に気圧されて、我々は障子の内部へと踏み入ってしまったのだ。

 ブワリと吹き付ける温風。実に快適な温度の内部。

 そこで我々が見たものは、あまりに冒涜的な光景だった。



◎◎



「さあ、ここが第一の部屋です」


 山田=サンが案内した第一の部屋。

 そこに積み上げられていたのは、無数のだった。

 いや、本と呼ぶこともおこがましい薄さの、形容しがたいは、圧倒的に#F1BB93――つまり肌色アイボリー成分が多く、なによりも、なによりも蠱惑的で扇情的な、


「オーイエー! YesロリータNoタッチ!!」


 マイケルがたまらずに叫んで走り出した。

 そうして無数のそれを抱きしめるように手に取ると、目を血走らせ、皿のようにしながら一枚一枚吟味し始めた。

 彼の鼻息は荒い。


「日本産のウ=ス異本です。商業ルートには出回らない無修正の原本版ですよ」


 無数のドウジンシーが積み上げられた山の横で、いつの間に着替えたのか可愛らしい猫耳娘のキャラクタープリントがされたTシャツを着こんだ山田=サンが、汗まみれの額にバンダナを巻きながらそうアナウンスした。

 そう、そのすべては幼女が描かれたアグネス発狂のエ=ロ異本だったのだ!

 愕然とする我々を、さらに山田=サン。

 いや、ミスター山田は奥地へと案内する。


「ふぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 次の部屋に入った瞬間、野獣のような咆哮が響き渡った。

 驚きに目を丸くする面々のなか、私だけが事実を正しく認識していた。

 リチャードだ!

 行方不明のリチャードが、その部屋のなかでは必死で腰を振っていたのだ!

 彼の両手のなかには、奇怪な物体があった。

 豊満な女性の入墓と、くびれ、そしてむっちりとした尻にふともも。

 だが、太ももは付け根までしかないし、そこに手や足は無論のこと、首から上さ存在しない。

 彼が必死で腰を叩きつけているのは、マネキンの胴体のようなアイボリーなナニかだった。


「我々はこれを〝ベンテン=サマ〟と呼んでおります。人類の英知の果て、カズノコからミミズ千匹まで再現した究極の逸品です」


 そう言ってミスター山田が(またも服装が変わり、今度は我々と同じ寒冷地装備になっていた)指し示したのは、パンチパーマにたらこ唇、間抜けな口を開けた表情が妙に印象的な愛玩人形ラブドールの頭部だった。

 彼はそれに、二拝二拍手一礼すると、我々を更なる深淵へと導いた。

 このときリチャードを、終始ジェニファー(♂)が軽蔑し切った表情で眺めているのは実に印象的だった。


「HOW~! オッサ・ンケツ・ア・ナマルハー・ダカ!!!」


 世親が崩壊したようによだれをたらし、世界の終わりのような呪文を唱え始めたジェシーの視線の先には、私の理解を超えた深淵な光景が展開されていた。


「レスリング、それは叡智のいきつく先。アダム♂とアダム♂こそ、世界のあるべき形なのです!」


 そう力説するミスター山――NO! 山田先生マスター・ヤマダは、全身をラバー素材で覆っていた。筋肉質な肉体美が、これ以上もなく強調される。

 そして彼の背後では、覆面の半裸の男たちが、お互いのパンツを奪い合う不浄な遊戯に興じていた。

 そのさらに後方では、全裸の美少年たちが新貝の生物を眺めるような無邪気な微笑で水浴びをしている。

 ジェシーは筋肉フェチだ。

 そしてジェニファー♂は腐っていた。

 私もその瞬間まで知らない狂気によって、探検同好会はさらに二名の欠員を為すことになった。

 この時点で、私は理解していた。

 そう、リチャードの言ったセイキの大発見とは、つまり世紀の発見ではなく、性器の――いいや、みなまでは言うまい。

 とかく、それでも我々は、マスター・ダーヤマの導きのままに進んだのだ。

 いくつもの性の秘法。

 いくつもの驚異の果てに、我々が辿り着いた最果て。

 洞窟の最奥、そこには――


「ドーモ、みなさん。山田です」

「ドーも、みなさん。山田です」

「どーモ、みなサン。ダーヤマです」


 響き渡る異口同音。

 洞窟内に反響し、耳を聾する狂気の大唱和。


「ド、ドーモ、みなさん。ミスカトニック探検同好会、で、デス……」


 神聖不可侵。

 そのおきてがなければ、我々は失禁脱糞し、アイサツを返すことすらできなかっただろう。

 そうだ、私は視たのだ。


 それは、スーツ姿の山田=サンだった。

 それは、オタク姿のミスター山田だった。

 それは、ガチ♂ムチなプレイヤー、マスター・ダーヤマだった。

 それは、

 それは、

 それは、





 それは無数の、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田、山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田山田「鈴木です!」山田ダーヤマ、山田――完全に同一の顔形をした、無数のコスチュームの無限の山田=サンだった!





 そうだ、その場所は、日本人の巣窟だった。

 日本人の量産工場だった!

 この場所で性的エッセンスを搾り取られたあらゆる人種が、彼らと掛け合わされ日本人=山田となる狂気の工場だったのだ!

 日本政府が私たちのような弱小同好会に積極的に協力したのは、つまりこの為だったのだ!

 おのれ、おのれ技術大国日本!

 山田=サンが、無数の日本人が、同じ顔で、同じ声で、こう言った。


「「「「いえ、各国の南極調査隊は極限環境と荷物制限もありまして、みな性的にもてあますものですから、サブカル先進国の日本が一大ヘルスセンターをこさえてですね――」」」」


 それ以上、冒涜的な言葉の列を私は聞くことが出来なかった。

 宇宙の、暗黒の真理をけいれる強さが、私にはなかったのだ。

 それ以上に、


「What’s……ところで鈴木って……だれだ?」


 ジャスティンの、その呟きが宇宙的恐怖を私にもたらしたのだ。

 山田、最新ドリル南極28號、そして鈴木の真実。

 そう、この場所は山田=サン量産工場。

 狂気の人間山脈。

 だが、無量・無数・無限の山田の背後に、そこにさらなる人の山を、山脈を、渦巻く狂気を!

 を見てとって――それ以来、ジャスティンは未だ錯乱したままだ。


 私は、ここに警告する。

 南極大陸、そして狂気の山脈ならぬ、狂気の山田=サン宅には踏み込んではならないと――





















「スズキ・デス! スズキ・デス!」






 今日も、アングラ・サブカルの洗礼はやまない。

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