勇者物語~集団面接編~
鵜川 龍史
勇者物語~集団面接編~
〈登場人物〉
M:面接官
A:志望者1(オタク系)僕 引っ込み思案気味
B:志望者2(マッチョ)わたくし 体育会系 筋肉バカ
C:志望者3(主人公)私 なぜかたまにタメ口 やる気はあまりない
(A・B・C、挨拶しながら入室)
M:どうぞ、お掛けください。それでは、面接をはじめます。
A・B・C:よろしくお願いします。
M:まず初めに、この仕事に就きたい、勇者になりたいということで、並々ならぬ覚悟で来てくれているとは思うんですが、勇者に対して持っているイメージについて聞かせてもらえますか。そちらの方から順に。(Aを指す)
A:ええと。やっぱり、勇者になって世界を救うっていうのは、子供の頃からの憧れで、特に中学に入ってからは、そういうアニメや小説をいっぱい見てきたっていうこともあって、いつかは、ヒーローって呼ばれたいなって思ってました。
M:なるほどね。まあ、すぐに世界を救える仕事に就けるわけではないので、その辺りは理解しているのかな。
A:はい。もちろんです。レベル上げとか、特に苦にならないタイプなんで大丈夫です。
M:はあ、そうですか。じゃ、次の方は?
B:(Aをバカにしたように見つつ)わたくしは、勇者というのは、なるものではなく、すること、だと思っております。(ドヤ顔)
M:ん? どういうこと?
B:「義を見てせざるは勇なきなり」と申します通り、人には勇気を発揮せねばならない時というのが存在します。しかし、そんな時、誰もが勇気を出せるものでしょうか。(おもむろに立ち上がる)いや、できない。しかし、勇者は、どんな時でも人の先に立って、勇気を見せ、全ての人々の勇気を奮い起こす役割を担います。それこそ、勇者が「すること」であると申しました真意であります。
M:(冷めた様子で)はい、座ったままで結構ですよ。じゃあ、あなたは?(Cを指す)
C:御社の社員の役職名です。
M:そ、それはそうなんだけどね、何か特別なイメージとかないの?
C:そう言われてもなあ……。例えば、八百屋を志望している人に対して「八百屋に対して、どんなイメージを持っていますか」とか、聞かないでしょ。
M:(イライラしつつ)でもね、君、勇者と八百屋じゃ、社会的な立ち位置が全然違うでしょ。
C:(聞いてない)それに、具体的に知り合いの八百屋について、彼や彼女のイメージを聞いてるっていうならともかく、一般的なイメージなんて存在します?
M:いいよ、もう。
C:(聞いてない)ちなみに、私は、かつて高校生勇者として有名になった鈴木氏と知り合いです。彼はなかなかの好人物ですし、剣も魔法もそつなくこなす優秀な勇者だと思いますが、頭の中の方にちょっと問題があるのが気になるところですね。
B:君、マジで知り合いなの? いいなあ。俺、ファンなんだよ。
C:(聞いてない)そういう意味で言えば、(Bを見つつ)馬鹿でも勇気一つで務まる仕事、というイメージはあるかもしれないなあ。うんうん、確かにそういう点は否めない……。
B:今度、紹介してくれないかな?
M:(咳払い)面接を続けていいかな。
B:すみません。
(C、Mを睨んで、渋々黙る)
M:まあ、今持っているイメージはともかくとして、それなりに過酷な仕事であることは理解してくれていると思います。で、さっそく皆さんの詳しい経歴なんかを聞いていきたいと思うんだけど。まず、それぞれ、自分の好きなものについて話してくれるかな。そちらから順番に。(Aを指す)
A:趣味とかってことですか?
M:それで構わないよ。
A:(作文を読むような調子で)僕の趣味はマンガやアニメを見ることです。もちろん、ファンタジーものが一番好きです。特に好きな作品は「異世界に行ったらネコ耳の妹にモテてモテてしょうがないのは罪でしょうか」の「魔界生徒会ラプソディ編」です。
M:はあ。本当にオタクなんだね。(ちょっとあきれたような調子で)
A:オタクで何か問題ですか? 僕の所属している同人サークルの二こ上の先輩は、御社に入社して、立派にオペレーターを務めていると聞いています。オタクで何か問題なんですか? オタクだと勇者になれないんですか? オタクが異世界で勇者になる設定の作品もたくさん読んできました。それでも不十分なんですか?(後半、早口でまくし立てるように)
M:いやいや、問題視する意図があって言った訳じゃないんだよ。まいったな。
A:まいった、ってどういうことですか。もう、僕の話は聞きたくないってことですか。不採用ってことですか? (自分の言葉に驚いたような様子で)不採用ってことですか!
M:ちょっと、落ち着いてよ、君。今の段階では採用か不採用かは決まらないし、その決定は僕が一人でする訳じゃなくて、後で会議を開いて決まるんだ。まだ、話を聞き始めたところなんだから、何もわからないでしょう。
B:それでは、そろそろわたくしが話をさせていただいて、よろしいですかね。
(A、うなだれつつBを横目で睨む。M、ぎょっとする)
M:あ、ああ、どうぞ。
B:わたくしの好きなものは――(十分に溜めて)筋肉です!
M:え?
B:そうですよね、筋肉が好きだと言われてもピンとこないと思います。実は一口に筋肉といっても
〔筋肉にまつわる小話 調べて入れる〕
M:(興味なさそうに)はあ。
B:その上、わたくしは筋肉について愛好するのみならず、実際に筋肉を――(溜めて)鍛えてもいます!
M:(ぼそっと)見ればわかるよ。
B:どうでしょう、ご覧になりますか、わたくしの筋肉パレード、略して筋パレ、戻して筋骨隆々パートオブレジデンス、ほぐして熱を持っていた筋肉がパーっと冷却していくー。
M:次行こう、次。(言いつつ、次がCであることに気づいて、天を仰ぐ)
C:私の好きなもの……。人助け、かなあ。一日一善と言わず、一日十善が中学入学以後、日課になっています。善行日記も付けています。今、持っていますが、見ますか?
M:人助け? いいじゃない、ちょっと見せてくれる?
(C、鞄からノートを取りだし、Mに渡す)
M:(表紙を見て)善行日記、パート百五十五? すごいね。ちょっと読ませてもらうよ。(ノートを適当に開く)「五月二十五日 ① 家の前の通りのゴミ拾い ② 駅までの通りのゴミ拾い ③ 電車で痴漢にあっていた女性の救出 ④ および、痴漢を署まで連行」――って、なんで?
C:朝の駅員さんは、本当に忙しいんです。まあ、続けて。
M:(言葉遣いに釈然としない様子で)「⑤ 落ちていた定期のデータ解析による住所特定およびバイク便の手配」(Cに質問しようと様子をうかがうが、Cが顎を振って先に行くように促すので、しぶしぶ従う)「⑥ 書店で開けられてしまっていた袋とじをとじ直す ⑦ スマホが繋がらなくて困っている人のためにフリーのWi-Fiスポットを一時的に開設 ⑧ 破損したアスファルトの補修 ⑨ 放置自転車の撤去 ⑩ および修理」で、これは何だ?「今日も世界は、私の力なしには立ちゆかない。世界の秩序とはかくも脆いものか」
C:いやー、恥ずかしいもんですね。放置自転車の修理まで行っていたことがバレてしまうというのも。
B:あ、あれは、お前だったのか。三ヶ月前、駅前から撤去された自転車を引き取りに行ったら、チェーンの不具合が直っていたのみならず、錆落としからタイヤの空気圧まで、完璧なメンテナンスの上、所々剥げかかっていた塗装まで、色の境目がわからないほど美しく塗り直されていた。ありがとう、君!
C:ヤメテクダサイ。(棒読み)
B:ついでに鈴木氏に紹介してね。
(C、無視する)
M:もういいよ。次行こう、次。大学でのことを聞かせて。主に、どんなことを学んできましたか。(Aに促す)
A:履歴書にも書きましたとおり、僕はマンガ学部表現分析学科に所属しているので、マンガ表現の歴史的展開について研究しました。
M:卒論は何を?
A:「美少女ゲームに見る表情のバリエーション」について書きました。
M:そこはマンガじゃないのね。それに、勇者も特に関係ない……。
A:え!(驚いた後、意気消沈する)やっぱり、この仕事を選ぶからには、勇者について研究してなきゃだめですよね。「ファンタジーマンガにおける勇者とその師匠のキャラクタ設定の相関関係」の方にしておけばよかった。あーあ。あーあーあ。落ちたわ。
M:だから! この場では合否は決まらないって!
B:ここはわたくしが。えーわたくし、大学では主に筋肉について……。
M:筋肉の話はもういい! 次!
C:私ですか。私は、主に「リーダーの資質と集団管理」について、心理学、経営学、教育学的な観点から研究しました。
M:おもしろそうな研究だね。
C:昨年度の決算期までに御社が行ってきた勇者派遣事業五六〇件の内、勇者の暴走や絶望が原因で失敗に至ったと思われる事例五一一件について、詳細な分析を施しました。
M:ああ、そう。それで、結論は?
C:誠に遺憾ながら、御社の採用方針自体に問題があったのではないかと思われます。
M:それでよく、君は面接を受けにきたね。
C:(聞いてない)以上です。次行きましょう。
M:サークルは……君は、同人サークルに所属してるって言ってたっけ?
A:はい。主にベタ塗りと集中線を担当していました。
M:絵は描かないの?
A:描けません。
M:ストーリーは?
A:作れません。
M:編集とか、販売とか……。
A:(泣きながら突っ伏す)やっぱり不採用なんだー!
M:だから、この場じゃ決めないって言ってるでしょ。つきあいきれないよ。
B:ということは、わたくしの出番ですね。
M:出番、じゃあないけどな。
B:わたくしのこの恵まれた肉体――であればこそ、一つの競技に限定することは難しい。そうは思われませんか。
M:というと、トライアスロンとか?
B:いえいえ。この肉体を十分に用ればこそ可能になる表現、それが暗黒武道!
M:暗黒舞踏?
B:暗黒武道!
M:土方巽のじゃなくて?
B:ブドウです、武道。相手がそこにいることを想定して行われる、無人組み手。
M:シャドウボクシング、みたいな。
B:あーもー。素人はみんなそうおっしゃる。暗黒というのは、そういうことではございません。たとえぬばたまの闇の中においても、視覚に頼ることなく、己の肉体の感覚を解放し、敵を打ち砕く。一対多を想定した暗殺術、それが暗黒武道!
M:あー。暗殺はダメだよ。勇者になるんでしょ? 正々堂々と戦わないと。
B:えっ!(愕然とする)
M:じゃあ、君は?(Cを指す)
C:特技同好会。
M:特技?
C:特技。それが何か?
M:何するの?
C:特技を磨いて、見せ合って、褒め合うんだよ。
M:(タメ口にいいかげん、イラっとしながら)じゃあ、何か見せてよ。
C:ここではちょっと。
A:僕は特技、見せられます。インクとペンに筆も持ってきたので!
M:ベタと集中線だけで何を表現するって言うんだよ。
A:やっぱり、僕はいらない子なんだ。
B:では、わたくしの華麗なるプロレス技の数々を。
M:いらない。
B:では、勇者らしく、アバンストラッシュでも……。
A:できるの?
B:雰囲気だけ。
A:じゃあ、僕も。
A・B:アバーン……
M:面接中に遊ばないように。あと、アバンストラッシュは出ません。異世界に行っても、出ません。
A・B:えー。
M:で、君の特技は何なの?
C:木材加工。
M:へー。DIYってやつ? それとも、彫刻でもするの?
C:家を建てます。
M:い、家? ほんとに?
C:面接で嘘ついて何になるんですか。どうせ、異世界に行ったら、自分の住む家ぐらい自分で建てる必要があるでしょ。
M:クラフト系の世界も増えてるからね。
B:わたくし、土木関係のアルバイトをしておりました!
C:じゃあ、戦士として使ってやるよ。
B:あん!? さっきから聞いてりゃ、なんでお前はそんなに偉そうなんだよ。
C:勇者になりたいんだろ? 世界を支配する巨悪に立ち向かうんだろ? それが、なんで面接官ごときにペコペコしなきゃいけないんだよ。それなら何だ、お前は大魔王と遭遇したら名刺交換でもするつもりなのか? 勇者っていう役職と、会社っていう組織が、そもそも水と油なんだよ。
M:(いじけた様子で)面接官、ごときって。俺だって好きでこの部署にいるんじゃないっつーの。勇者は一つの異世界に同時に一人しか存在できないんだよ。俺だって、膝に矢を受けてさえいなければ、今頃……。
A:あー、スカイリムだー。
M:うるさい! オタクめ!
A:ひどいよー。(泣く)
M:じゃあ、最後の質問な。君らに異世界を一つずつあげる、と言われたら、どうする? そこでは、君たちは神のように振る舞うことができる、として。
A:えー。えーえー! まず、ネコ耳メイドをデフォルトにして、男は僕一人。国ごとに違うハーレムを作って、一年かけて、世界を巡って暮らします!
B:バカか、お前は。わたくしはもちろん、屈強な男たちが世界の平和を守り、美しい女たちが家庭と文化を守る、伝統的な社会を作ります。
M:はあ。じゃあ、君は?
C:断る。
A・B:え?
C:いらない。断る。
M:(Cを指さしながら)君、採用!
A・B:えー!
M:だいたい、勇者を志望してる奴が、世界をくれるなんていう、古くさい誘惑に乗るんじゃないよ!
C:はい、ということで、勇者に採用された佐藤です。これから、戦士の選抜を行います。
A・M:え?
B:よっしゃ!
(幕)
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