第二章 優しいおかみ 2

 仕事場で、カイは指定された番号の書かれた糸をおかみの指示で用意したり、はさみなどのさいほう道具を手渡したりし、クゥは巻尺で布の長さを測ってチョークで印をつけ、リークはおかみのとなりで針と糸で布を繋ぎ合わせていった。

「うまいうまい。」

 リークはおかみにほめられ嬉しくなった。

 だが、そうしてほめられながら布をぬっていくうちに、どうしてかぽろぽろ涙がこぼれていった。

「ちょっとあんた、涙!」

「あれ……おかしいな……。」

 ちっとも悲しくないのに、どうして涙が出るんだろう。

 おかみさんはリークから糸と針を取り上げて、優しく抱きしめてから、

「少し休みな。それから、話をしよう。」

 リークは肩を震わせて泣き、口に手を当てておえつをもらしながら三階で横になった。

(いったい、僕はどうしちゃったんだろう。)

 いくら考えても、リークには分からなかった。


 夜もふけ、みんな仕事を終えた。亭主も仕事から帰ってきて、二階で寝ていた。

 おかみは夕食をリークたちに配った。

 ブリとトマトとキャベツの野菜スープに、小麦パン、それからジャガイモにバターをふんだんに乗せたジャガバタだ。

「ごめんね。精一杯働いてくれたのに。」

「いえいえ、じゅうぶん豪華です。おかわりしても、いいですか。」

 と、クゥ。

「店がつぶれない程度なら、いくらでもいいよ。」

 一同は笑い飛ばした。

 カイは小さい声で、

「リーク、大丈夫か。」

「うん。」

 うつむき気味に、かれはほほ笑んでみせた。

 かれが泣いたのは、失われた記憶のなかのかれが、虐げられてきたからだ。

 そして生まれて初めてほめられ、嬉しさのあまり涙したのだ。

「おかみさん。」

「ルーラ、って呼んでくれ。」

「ルーラさん、今日は本当にありがとう。」

 目を輝かせて、かれは言った。

「で、お話って……なんですか。」

 ルーラは困った微笑を浮かべ、

「少し長くなるけど、いいかい。」

 三人はフォークを止め、ルーラに向き直った。

 ルーラはこのようなことを話した。

 この国に、ローズ帝国という名がつけられたのは、およそ一二年前のことだ。

 それまではハワード共和国という名で、人民に平等に権利が与えられていた。

 だがたった四人の姉妹で構成されたロイヤルファミリーの侵攻により、あっという間に帝政の時代が始まった。

 これまでの納税の制度は変えられ、民のためでなく、ロイヤルファミリーのための国政となり、それによって税金が跳ね上がった。

 税金を納めるということは、ロイヤルファミリーの勢力を強大にさせることを意味していて、どんどん国民は国家に抵抗できなくなるのだ。

 もし国民がほぼ全滅してもいいように、他国に侵略するための軍事力を蓄えているところなのである。

「あんたの住むサンクト地区のリーダーは、クーデターを起こした。結果、サンクト地区はロイヤルファミリーの怒りを買い、永遠にやまない吹雪に閉ざされたのさ。そのときのサンクト地区の人民は勇敢だったけどね、ロイヤルファミリーを舐めていた。サンクト地区に能力者はいない。人口もそれほど多くない。そんなところを潰したって、自分らに影響はないと考えたのさ、あのにっくき、クリスタル・アイス・ヘキサゴンは。」

 リークたちはしばらくものも言えなくなってしまった。

「私たちヨハネス地区の人民は、見ての通り共和国が開発に力を入れた地区だからね。もとから財政は黒字だった。今も黒字さ。この国のすべての大学などの教育機関はロイヤルファミリーによって支配されたけど、学者や政治家たちが結集して知恵をしぼり、なんとか経済をよくしているんだ。そういうわけできちんと納税しているから、雪が来るのは夏は五日に一日、春と秋が三日に一日、そして冬が二日に一日。だいたいそうなってる。でも納税が滞れば、天候はひどくなるだろうね。」

「下劣な奴らだ、ますます許せない。」

「俺もだクゥ。ルーラのおかみさん、俺たちはねえ、クリスタルを倒すために、旅をしているんだ。」

「ばかなまねはよしな!」

「でも!」

 リークが立ち上がった。

ルーラ、クゥ、カイは目を見開いてかれを見上げた。

「僕たちには力はない、けれど、クリスタルは僕を必要としているんだ。それが何故なのかだけでも、確かめたいんです。」

「リーク……。」

 暖炉の火が消えかかっているのを、クゥとカイは見つめた。

 ルーラのおかみは、重い口を開いた。

「おそらく、だけどね。クリスタルはあんたと子供を作りたがってる。」

「え……。」

「え……、じゃないよ、あんた。あんたと結婚、いや、男めかけとして子供を作りたいのじゃないか、と私は思ってるんだよ。」

「そんなの、リークじゃなくてもいいじゃねえか、なあ、俺らだっていいだろ、クゥ。」

「お前、話しの方向性間違ってないか?」

「真面目に聞きな。クゥ、カイ、あんたらじゃだめなんだよ。リークには特別な力が、きっとあるんだ。クリスタルもそれほど落ちぶれちゃいないだろうからね。」

 どういう意味だ、ちょっと失礼じゃないか……、と二人は顔を見合わせた。

「リーク、カイ、クゥ。あんたたち、しばらくここで働きな。ちゃんと給料と、来月、退職金を渡すよ。あんたの正しいと思うことを、すればいい。お金はあるだけのものを全部渡すからね。」

「ありがとう、ルーラのおかみさん。」

 にこっとリークが笑いかけると、ルーラは抱き付いた。

「あんたって、ホントに可愛い子!」

 頬をすりよせられ、困るリークであった。


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リークとパーシー物語 小林悠区 @romansan0607

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