第二章 優しいおかみ 1

 数キロメートル歩くと、町の商人たちが雪かきをしている風景が見られた。

 レンガや石づくりの家や商店が目立つ。木枠でできた入り口には、『ブンボルグ商店街』と文字が書かれていた。

 リークたちが足を踏み入れると、

「お客さんだ!」

「でも、身なりがみすぼらしい。」

「金持ってるのか?」

「つべこべいわずもてなせ!」

 商店街の人たちが、いらっしゃい! いらっしゃい! と、練り歩くリークたちを迎える。

「そこの少年、腹減ってるだろう。」

 腕が太くがっちりした男が尋ねる。どうやら魚屋のようだ。

「ええ。とっても。」

「このブリの余った切り落としをやろう! この先に泊めてくれるところがあったら、スープにして飲むといい。」

「本当に! 優しいんですね。ありがとう。」

「そんかわり、その宿の主に、まずくっても、うまかったっていってくれるな。」

 リークはにっこりとして歩いた。

「そうら、おいでおいで。」

 背後から焼き鳥屋のはげかかった中年の男が、

「この焼き鳥の匂いを嗅いでごらんよ。元気がでるだろう?」

 クゥはぐうっとお腹を鳴らした。

 はげ男は大笑いして、

「三人に一本ずつプレゼントだ。」

 そう言って三人に一本ずつ配った。

「ひもじいなら、もう一本サービスするぜ。」

「いいえ、そんなの悪いです。ありがとう。」

 いそいそと焼き鳥を手に去りゆくリークたち。


 さらに奥の方へ進むと、左手にバラック小屋の仕立て屋があった。

「お兄さんたち、うちで働かないかい?」

 仕立て屋のまだ若い三〇歳過ぎのおかみが寄ってきた。

「悪いようにはしないよ。この商店街はね、吹雪の日もそうでない日も、助けあってきたからね。魔女がなんだい!」

 そうだ、魔女がなんだ! と隣の青果店の禿げかかった中年男もどやすように叫んだ。

「どうする、リーク。」

「お金を稼がないと、この先、困るかも……。」

「じゃあ、頼んでみるか。」

 カイの一声で、おかみの元に寝泊まりすることになった。

 

 おかみは小屋の三階に案内した。

「吹雪にあやかっているのはうちくらいだよ。客が多くて、外とうのほつれを直すのに忙しくてね。ちょうど何人か雇おうと思っていたところさ。」

 三階は、トタン板で外と中を仕切られていた。

 床はわらで、横になるのにそれほど苦ではなさそうだった。

「ありがとうございます。」

 リークはおかみの手を握った。

 おかみは顔を真っ赤にして、

「やめとくれよ。そんなに綺麗な顔で優しくされたら、その気になっちまうよ。三人ともゆっくりしな。その切り身、魚屋のクリップスから仕入れたんだろ。使うから渡しな。」

 はい、とリークはブリの切り身を渡した。


「ああー。生まれてから一番幸せな日だ。この焼き鳥の味、覚えちまうんじゃないかと不安だぜ。」

「本当だ。リーク、お前のおかげだよ。」

「僕は何もしていないよ。」

「こいつめ!」

 カイはリークの首に腕を絡ませ、苦しい、とリークが言って放してやると、三人は大いに笑った。

 このままこんな時間が続けばいいのに、そう思った。

 けれど、クリスタルへの復讐を、三人は決して忘れたわけではない。

 今はおかみの優しさに、お礼の意を込めて働くつもりだった。

 二階がおかみの部屋となっているようだ。赤子が泣いていのが聞こえる。元気な赤子だ。

「あんたまた酒かい! 野菜を買う金はどうした! ろくに働きもしないで、帰ってくるんじゃないよ!」

 一階でおかみさんの声が響く。恐らく亭主とみられる男だろう。

「まあそう怒りなさんな。排水溝で一マニー硬貨を拾ったよ。さすがに野菜は買えねえが、郵便物の配達料の釣りがいらねえだろ。」

「いますぐ仕事場に戻りな、このカイショウナシ!」

 おかみにどやされ、亭主はしぶしぶ店を出た。

「なんでえ。こんな赤ん坊産みやがって。俺は俺のために働くさ。」

 そうした文句をぶつくさ言いながら、亭主は去って行った。

 なにせボロボロのバラック小屋なので、すべて筒抜けだった。

 思わずリークは一階に降りて、

「僕たちは何からお手伝いすれば。」

「できればあたしと再婚してほしいくらいだよ。」

「そ……それは無理です。」

「ばか、こういう時は愛想笑いで流すのが常識だろう。」

 といいつつ、リークを抱き寄せてやさしく頭をなでた。

「おかみさん……?」

「仕事が終わったあと、少し話をしようか。あんたたちが、サンクト地区の住人だっていうことは分かるよ。」

 おかみは愛しそうにリークの頭をなでつづけた。

 かの女がちょっと色っぽい人なので、リークはドキドキした。


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