第一章 あるじから逃れて 3

 とりあえず残りの穀物のいくらかを麻袋ごとしょって歩き、どこか休めるところはないか探しに歩いた。

 北へ歩き続ける(コンパスがないので彼らはまさか北だとは思っていないが)と湖があり、そこで水分補給をしようと考えた。

 雪を食べてばかりいると、余計にお腹を壊してしまうと思ったのだ。

 氷が浮かんでいる湖に、カイとクゥは口をつけて水を飲み、ついでに顔を洗った。

「まるで砂漠だな。」

 皮肉るクゥ。

 リークは、湖に映る自分の顔を見た。

 記憶を失った彼にとっては、初めて見るも同然だった。

「これが……僕の顔。」

 モスグリーンと銀緑色の混じったショートヘア。幼い顔立ちだが瞳は大きくどこまでも見通せるよう。

 思いのほか、あどけないが美しい顔をしていた。

 少しだけリークはうっとりとしてため息をついた。


 三人は力の限り歩こうと必死だった。

 だが、地図もなければコンパスもない。

 もっとも、人生のほとんどが奴隷生活の彼らにとって、生活範囲は狭く、とにかく周りのものが見慣れない。

 いつしかホワイトアウトで視界が白に閉ざされた。

「やべえぞ、これは。」

 先陣のカイが屈託した声を出した。

「みんな、どこいっちゃったの?」

 リークの周りに、もう誰の姿も見当たらない。彼の声も、二人には届かないようだ。

「いやだ……いやだよう……。死にたくないよう。」

 リークはさめざめと泣いた。涙の筋が凍り付いて頬が痛くなり、疲労でもう歩くことはできなかった。

 リークはそのまま、その場にしゃがんで倒れた。

 もう何をする気力もない、疲れた。

「これはきっと……神様が与えた罰なんだね。」

 リークはプレハブ小屋で、自分の服を脱いだ時、体じゅうにムチの傷跡や、タバコの根性焼きがあるのを見た。

 それを見たとき、自分が迷惑をかけたいやしい人間なのだ、と悟ったものだった。

 理不尽と分かっていても、その理不尽に潰されそうになっていたのだ。

 そのことを思い出し、やっと死ねる、と安らかに眠った。



「リーク、リーク!」

「起きろ!」

 声に反応してゆっくり目を開いていくと、やわらかな日差しが彼の頬を温めていた。

「信じられねえ、吹雪が、止まったんだよ!」

 興奮した様子で語りかけるクゥ。

「ごらん、リーク。この素晴らしい町を!」

 リークの背に手を回してカイが起こすと、

「わあっ。」

 リークの視線の先、遠くに広がっているのは、広い町だった。もっとも、ここからじゃ小さく見えてしまうのだが。

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