第一章 あるじから逃れて 2

 翌朝になると、天候はひどい吹雪をぶり返した。

 目覚めたリークとカイとクゥは、小屋にしまわれていた食物を、調理せずに口に頬張った。

「しばらくここで体力を回復させよう。」

「けど、人が来るんじゃないかな。」

 リークは雪で濡れた服を脱いで絞っていた。

「その心配はない。」

「どうして。」

 カイは落ち着きはらった様子で言った。

「まず、足跡は昨日の吹雪で消えている。だから俺たちが来たことはだれも分からない。そして、リーク、お前が寝ている間に、小屋にあったスコップで穴を掘った。誰か来たら、床のすのこを外して潜ればいい。」

「カイ、クゥ……。どうして? 僕を起こして手伝わせればいいのに。」

「いいんだよ。リーク。先に寝たのがお前さんだから、起こすのがかわいそうだっただけだよ。」

「ごめん……。」

「謝るなよ。悪い癖だ。」

 カイはほほ笑み、リークの頭に手を置いた。


 クゥが窓の外を監視していると、

「誰か来る!」

 と同時に、すさまじい吹雪が襲った。

「なんだこの吹雪は! 尋常じゃねえ!」

 カイが叫ぶと、窓の外は真っ白になった。

 みんなはすのこの下の穴に隠れた。


 心臓が飛び出そうなほど、リークは怯えていた。

 カイがしっかりと手を握ってくれなかったら、おもいあまって穴から飛び出し、逃げてしまうだろう。

 それは死を意味する。

 十中八九やってくるのは、町を統治する役人か、警察に決まっているからだ。

 寒さが不安をそびやかし、泣き震えてリークはカイたちに身を寄せた。

 ドアが開いた。

 声がしない。

 足音がして、すのこの上を歩き回る。

「陛下。お望みのものはありましたか?」

 女の声がした。

「ふふ。」

 もう一人の女が笑う。

「この地区の徴税は済んだはずですが。」

「いや、どうにも楽しくてな。」

 ぐるぐるとすのこを踏み鳴らしながら歩く。

「このような場所の何が楽しいのですか。もういいでしょう、クリスタル・アイス・ヘキサゴン女王陛下。」

「!」

 クゥが驚いて口に手をやった。

「ああ、もうよい。」

 そしてクリスタルと呼ばれた女と、もうひとりの女は去って行った。

 クリスタルは、去り際にこういった。

「隠れてるつもりだけれど、私の愛は変わらない。いつか会おうぞ、愛しのリークよ。」

 思わずリークは穴のなかでのけぞった。

 その拍子ですのこがわずかにがたついた。

「誰かいるのか!」

 部下とみられるもう一人の女が声をあげる。

 三人は、悲鳴をあげそうになった。

「ねずみだろう。気にするな。ふふふ。」

 そして二人の女が去って行った。


 足音が消えたのを確認して、おそるおそる上へ出た。

 リークはぶるぶる震えたままだった。

「どうして……。」

 カイはリークの肩を抱いて言った。

「リーク、俺は聞こえた。もっともお前さんは、クリスタルが何者なのか知らんだろう。ただ、俺には聞こえた。彼女、お前のことを愛してるって、さ。」

 戸惑うリークをよそに、カイは怒りに震えていた。

「どういうことなの、クゥ、カイ。あの女の人は誰なの? 僕を愛してるって?」

「クリスタルは、この国を吹雪に閉ざした、恐ろしい魔女だよ。」

「魔女?」

 クゥの説明にリークはどう応えればいいか迷った。

「人はかの女らをロイヤルファミリーと呼んでいて、長女のクリスタル、次女のゼロ、三女のパペット、四女のソフィアの四姉妹が、帝国を築き上げたのさ。奴隷制を認めたにっくき奴らだ。さらにはきつい納税を課し、貧しい人間が死に絶えていく。」

 リークの中に、だんだん怒りの感情が芽生えてきた。

「だが俺たちはどうにもできねえ。奴らのことを魔術師と人は呼ぶ。氷の魔法を使うのが魔術師なわけだが、電気などの能力を司る超能力者という能力者、あとはさまざまな能力を持つ亜能力者がいる。亜能力者というのは、魔術師と超能力者以外の能力を持つやからだ。だが序列で言えば、魔術師は超能力者を上回っている。そしてその下にその他の亜能力者、さらにその下に無能力者があると、一般には言われているんだ。」

 ちっ、と、カイは舌打ちした。

「どうして、僕のことを愛してるなんて言ったんだろう。」

「さあね。カイはよく聞き間違いをするからな。」

「いや、確かに聞こえた。とにかく行くあてがねえ。リーク、お前のような平民の名がクリスタルまで届いているということは、お前さんはきっと、俺たち、いや、国じゅうの希望になるかもしれねえ。クゥ、俺たちはリークに続いて旅に出よう。そして、クリスタルたちロイヤルファミリーを全員やっつけてやる!」

「もちろんだよ、カイ。」

 クゥとカイは互いの腕をぶつけあった。


 そして3日後、プレハブ小屋を出ることとなった。

「ちったあ太ったかね、食ってばかりいたからなぁ!」

 軽快にカイが言う。

「全然太ってないよ! あんな麦ばかりじゃ。だけど十分元気だよ!」

 負けじとクゥも声を荒げる。

「行こう、二人とも!」

「「おう!」」

 リークの声を皮切りに、三人はプレハブ小屋を発ったのだった。

 意気揚々に出かけた三人だったが、

「いたたたた。」

「いてえ! いてえ!」

「あー痛い。」

 生の穀物を食べると、消化不良を起こし、お腹がいたくなることを、彼らは知らなかったのである。

 プレハブ小屋の外で痛みをこらえながら、雪を食べて何とか下そうとしていたのであった。

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