第一章 あるじから逃れて 1

 夜、少年が、雪道を歩いている。

 それに続いて、二人の男が、凍てつく寒い吹雪のなかを、進んでいた。

 かれらは、わらでできたみのをはおり、麻でできた半そでの服を着て、寒さに耐えながら歩いた。

 

 雪雲が去り、月明かりに道は照らされ、あたりは藍色に染まった。

ようやく見つけたのは、プレハブ小屋だった。

 もう見慣れたところからはずいぶん歩いた。

 誰の所有物か分からないが、とりあえずここで野宿しようと真っ先に決めた。

 人がいて、殴り殺されたって、それでいいとかれらは考えていたのだ。


 かれらは奴隷だった。

 二人の男、カイとクゥは、一〇歳の頃に親から捨てられ、実業家のゲドーの家に託された。

 かれらは文字の読み書きができないほど、貧しい身分だった。

 そして少年、名をリークと言った。

 かれは同じく一〇歳のとき、たったの5マニーでカイたちと同じゲドーのもとへ引き渡された。

 5マニーとは、コーンポタージュ一杯の値段に等しい。

 主人とその妻に、幼いときからかれらはひどい仕打ちを受けてきたのだ。

 そして、かれらは、先ほどゲドー氏の家族を、殺した。

 三人は、ゲドーが休日のティータイムに注いだ紅茶に睡眠薬を混ぜ、眠らせてスコップで殴り、息の音を止めた。

 そして、思いっきり逃げた。


 プレハブ小屋には誰もいなかった。

 ゲドーからくすねたライターで、天井のランプに火をつけた。

 たくさん穀物の入った麻袋が、棚に収められている。

「リーク、これでパンは作れるか?」

 そう頼んだのはカイだった。

「無理だよ。イースト菌がないと。」

 リークは悲しそうな顔をして答える。

「頼むよ。お前さん一度作って、食べさせてくれただろう?」

「僕、パンの作りかた、思い出せないんだ。」

 カイとクゥは顔を向かい合わせた。

 クゥは、リークの肩に手を置いて、

「悪かったよ。無理に思い出さなくていい。」

 リークは、実業家を殺したとき、死体の酷さを見たショックで、家から逃げ出すまでの記憶を喪失したのだ。

 そして、カイは語りだした。

「リーク。何も思い出せなくていい。ただ、頭に焼き付けておけ。お前さんが来るまでの間も俺たちは実業家のゲドーにさんざんいたぶられながら育ってきた。だけど俺たちは本当にいい友達だった。まったく、一緒に遊ぶ時間がなかったし、許されなかった。勉強だってしたかったよ。それでもクゥがいてくれるだけで嬉しかった。おかみさんからムチで叩かれるとき、俺が叩かれるより、クゥが叩かれるのを見る方が辛かった。おまけに疲れて横になったら、飯も抜かれる。そのときゲドー夫婦とその子供たちが、本当に幸せそうに料理を囲んでいた。何よりそれを見るのが辛かった。だけど、リーク、お前が来てから、俺たちはもっと強くなれた。お前は本当に優しく、素直で、強い子だったからな。」

 カイは強い思いにかられ今にも泣きそうで、リークはカイを抱きしめた。クゥも指で目元を拭いた。目も鼻も真っ赤だった。

「だけど、僕らはもう自由だよ。だから、泣かないで。」

 記憶を失ったリークは、二人をどうはげましたらいいか困っていた。

 そうして、家から持ってきた残りのパンくずを口にして、三人は眠った。

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