或る女性が投稿した動画

貴船 美海子

第1話

「 注意!!CAUTION!! 」

「 この動画は、後半部分に 」

「 実写で 」

「 残酷な場面が出てきます 」

「 本当に、不快かつ残酷な場面です 」

「 耐性のない方々におかれましては 」

「 該当の場面になる前に再度警告を出しますので 」

「 そこで動画視聴を止めてください。そこまでの閲覧でも、私の言いたいことは伝わると思います 」

 その動画の冒頭は、黒い背景に白いゴシックフォントで書かれた警告文から始まる。ご丁寧にも「 実写で 」の画面は中央奥から飛び出してきて点滅するエフェクトが、そして「 残酷な場面が出てきます 」の画面は文字の下にアンダーラインが引かれるエフェクトがかけられている。投稿者は「 本当に、不快かつ残酷な場面 」を視聴者に見せることに自身でも抵抗があるようだが、その場面を見ずとも伝えたいことは伝わるとも言っている。それならば最初から残酷な場面とやらを入れなければよいのではと思うが、投稿者なりの理由があるのだろう。

 警告文の画面が終わったところで、実写に切り替わる。三脚に置いたカメラで撮っているのか、木でできた丸椅子に生真面目そうに座る投稿者の全身が映る。雪の日に着るような、上着部分とズボン部分に分かれた紺色の無地のレインウェアを着て、フードをしっかり紐を締めて被っている。顔にはアノニマスのメンバーが使うようなチョロ髭の男の仮面を付けている。しかしウェアの袖口から見える華奢な手と膝先を揃えた座り方から、投稿者が女性であることが見て取れる。やがて女性は淡々と語り始めた。


「 つい数時間前、私の家に強盗が入りました。宅配業者を装って……と言うより、その人はそれまでいつも荷物を届けてくれていた元担当の人だったんです。私の家に強盗に来たときはすでに退職していたそうですが。でも制服もしっかり着ていました。その人はいつも荷物を届けてくれる時間より随分遅い時間にやってきました。そのとき、私はちょうど食事の仕度をしていて。こんな時間に来るのは珍しいなと思いつつ、ドアを開けて。あ、ちなみに家は、玄関入ってすぐの位置にキッチンがあるんです。で、開けたら、彼は手に持った包丁を振り上げました。とっさに身を引いて、手近にあった鍋を投げつけました。それからお皿やまな板や炊飯器や、とにかく手に届く範囲にあるもの何でも無我夢中で投げつけて。気付いたら、彼は動かなくなっていました。うずくまって呻くだけになっていました。最初に投げつけた鍋には煮込み途中のシチューがたっぷり入っていたので、ひどく火傷もしたようです。けれどまだ意識はあったので、怖くて部屋の中の重い花瓶も取ってきて、思い切り頭を狙って振り下ろしました。そうしたら、やっと彼は意識を失いました 」


 女性はここまでを、数時間前に強盗に襲われたとは思えない落ち着いた口調で語る。語り終えると椅子から立ち上がってカメラに近づいて来る。そしてカメラに手を伸ばす。そうすると女性の手が二三カ所、赤く爛れているのが見えた。彼女も少し火傷をしたのかもしれない。そして画面が揺れる。三脚からカメラを外したようだ。それからカメラを持って部屋の外へ移動し、やがて彼女が語った通り、投げつけられた物や飛び散ったシチューらしき物でメチャクチャになった玄関 ーーー 奥にドアがあるから辛うじて玄関と判別できる ーーー が映し出された。そこに女性の声が重なる。

「 これが、強盗と争った玄関です。どうやって片付けたらいいのか、途方に暮れています。でも私が殺されてたら、片付けることすらできないですもんね ……… 」

 そう言ったきり、十数秒黙って台所を映している。落ち着いているように見えても動揺しているのだろうか。それから再びカメラが動いて先ほどの椅子のある部屋に戻り、三脚に取り付けられる。そして女性はまた生真面目そうに椅子に座り、語り始めた。


「 強盗が気絶してほっとしたのも束の間で。まず警察を呼ばなきゃ、と思ったんです。でも、私の家は山の中にあって、警察の方がどんなに急いでくださっても二十分はかかるでしょう。その間に、強盗が意識を取り戻したら?そう思うとまた怖くなりました。電話する前に、起きても動けないように縛ってしまわなきゃ。そう思いました。でも、そう都合よくロープなんか無くて。家にあるのは、古雑誌なんかまとめて縛るときに使うビニール紐くらい。それでも無いよりマシだと思って一玉全部使って縛りました。途中、何度か意識を取り戻しかけたようだったので慌ててまた花瓶で頭を殴って、気絶させたりもして 」


 ここまで語るとさすがに少し疲れたのか、言葉を止めて小さなため息をつき、俯く。しかしそれも僅かの間のことですぐにまた語りを再開した。


「  さっきも言いましたけど、家は山の中にあって。一番近い民家も十分弱は歩かないとありません。しかもそのお家に住むのはお年寄りのご夫婦ですから、こういうことでご協力をお願いするわけにはいきません。他のご近所さんも大体似たような状況で……ここらにはほとんどお年寄りしか住んでいないんです。だから、あの強盗については少なくとも警察が来るまでは自分で何とかしなきゃいけない。強盗は何とか縛ったけど、少し目を離したすきに暴れたらあんなビニール紐、すぐに千切られてしまう。そう、考えるとすごく怖くなりました。それで、紐が千切れても動けないようにしないと、と思って 」


 思って、というところで、彼女はごくりと唾を飲んだ。


「 申し訳ないけれど、縛られている内に足と手の骨を折らせてもらうことにしました。暴れられたら、私一人で抑えられませんから……殺されてしまいますから。勝手口にあった漬物石を、縛られて意識を失っている強盗の足の上に落としました。強盗はやっぱりものすごい悲鳴を上げましたが、それでも誰も来ません。そのぐらい、周囲に人のいない場所なんです。それで、ようやく安心して警察を呼べるとなったときにふと考えたんです。今回この強盗は逮捕されてからどのくらいで出てくるんだろうって。今回私がされたことは強盗殺人未遂です。ドアを開けた瞬間包丁を振り上げていたのですから、脅し目的ではなくてもう殺すつもりでいたのでしょう。けれど結果、取り押さえられて未遂に終わっています。強盗に入ろうとしたことは証明できたとしても、殺人未遂の部分を証明するものはない。それなら、ただ単に強盗未遂で片づけられる可能性も十分にある。それで、強盗未遂の刑期をインターネットで調べてみましたがよくわかりませんでした。でも仮に『 強盗予備 』とかいうのが適用された場合、刑期は二年以下だそうです。二年以下…… 私は、身を守るためとはいえ強盗に多分一生残るだろう火傷を負わせて手足の骨も漬物石で折ってしまいました。さぞかし私を憎むことでしょう。たかが二年で彼が罪を悔いるとは到底思えません。出所したら真っ先に私に報復に来ることでしょう。強盗に入られたのは私なのに、私はこの先死ぬまで彼に怯えて暮らさなければならない。それは嫌です。でもどんなに嫌でも、出所した彼から生涯私を守ってくれる仕組みはこの国にはありません。国になければ自分でどうにかしなきゃいけないです。じゃあ、私ができる最善の安全確保は何か……結構、長いこと考えたんです。彼の出所以降ボディーガードを雇うとか、住む場所を定めずに転々とするとか。でも、現実的じゃない。そんなお金、無いですから。国が助けてくれるわけでもなし。結局、現実的な方法は一つしか思いつきませんでした。警察に彼を渡して一生怯えて暮らす羽目になるなら。渡さないで、彼に死んでもらうこと。それが一番簡単で、確実な方法。というより、私にはそれしかできません。今日の今日まで、普通に安穏に生きてきた私には。私も当然警察に捕まるでしょう。でも死刑にはならないと思っています。だって、正当防衛ですから。一生を殺されるかもしれない不安の中で暮らすぐらいなら犯罪者になった方がましです。特に、犯罪者に甘いこの国では。私はそのことを、皆さんに知ってほしくてこの動画を作りました 」


 そこまで言い切ると、彼女はす、と立ち上がった。


「 警告します。このあとすぐ、冒頭でも申し上げた残酷な場面になります。今から、このカメラの前で強盗に死んでいただくことになります。これは、私が訴えたことが嘘ではないと証明するための行為です。ただ、視聴していただいた方にむやみに辛い思いをさせたくはありません。ですからそういった場面が苦手な方はどうかこの動画の視聴をここまでにしてください。もしこれ以降をご覧になって何か支障をきたされても、責任は負いかねます。繰り返します。このあとすぐ、冒頭でも申し上げた残酷な場面になります。今から、このカメラの前で強盗に死んでいただくことになります。これは、私が訴えたことが嘘ではないと証明するための行為です。ただ、視聴していただいた方にむやみに辛い思いをさせたくはありません。ですからそういった場面が苦手な方はどうかこの動画の視聴をここまでにしてください。もしこれ以降をご覧になって何か支障をきたされても、責任は負いかねます。よろしいですか? 」


 そう言うと、彼女はポケットからしっかり透明なビニール袋を取り出してカメラにかけた。きちんと皺を伸ばしてかけているので、装着前と視界はほとんど変わらない。しかし彼女はやはり生真面目に「カメラの故障を防止するためにかけさせていただきます。見づらくなり申し訳ございません」などと言っている。その後は彼女がその部屋のドアから出ていったので、数十秒ほど無人の部屋が映し出された。しかし、やがて彼女が随分苦労しながら重そうな何かを引きずって現れる。ビニール紐で縛られた、三十代と思われる男性だ。白くて細い紐でめちゃくちゃに縛られている様は、蜘蛛の巣にかかって食われる前の虫のようだった。きっとそれが、彼女が取り押さえた強盗なのだろう。やはり顔にはひどい火傷を負っていて、恐らく目も見えていない。まさか自分がこれからカメラの前で殺されるとは思っていないだろうが、それでも怯えてはいるらしく震えてうめき声をあげている。彼女はそんな強盗をカメラの正面まで引きずってくる。そして、片手で強盗の襟を持ってどうにか上半身だけ起こさせた。そしてもう片方の手で、ポケットからカッターを取り出す。それから充分な長さの刃を出した後、強盗にこう言った。


「 動かないでください。動けば、もっと痛くて苦しい思いをさせてしまうことになります。動かないで 」


 強盗は状況をわかっていないだろうが、これまで火傷させられ骨を折られ、何度かは花瓶で頭を殴られたのだからこれ以上痛い目には合いたくないのだろう。すぐに大人しくなった。彼女はそんな強盗の首筋を数秒、じっと見つめる。頸動脈の位置をきちんと図っているのだろう。


 やがて画面は真っ赤になって、真っ暗になって、動画が終わった。

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或る女性が投稿した動画 貴船 美海子 @Mimiko-Kifune

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