ソーシャルゲームに魅せられて

白川津 中々

第1話

 昼休み。飯も食わずにゲームをやっていると部長が近づきこう言った。


「田中君。何をやっている」


「はぁ……愛マスのデレステですが……」


 iPhoneを横に構え僕がプレイしているのは愛・ドールマスター・ディレイ・スターティング・ステアウェイ。通称デレステ。愛・ドールマスターシリーズのリズムゲームである。


 ルールはいたって簡単。登場する愛ドールの性能やスキル、または自分の好みを考え五体編成のユニットを組み楽曲のリズムに合わせてタップやフリックをしていくだけだ。

 だが、登場するキャラクターが愛らしく、またゲーム性もスマートフォン向けにしては高いのではまり込む人間も多い。実際僕もイヤフォンを忘れたのにもかかわらず、社内で音がスピーカーから垂れ流しちゃってもいいやと思うくらいには熱中してしまっている。


「非常識だよ君! すぐに止めなさい!」


 非情なる勧告。上司の言葉は絶対。是非もなし。しかし何も知らない人間にとっては当然馬鹿げた趣味に思えるであろう。そんな事は重々承知している。僕は「分かりました」と渋々ゲームを中断しようとした。瞬間。


「あの……お昼、ですね……一緒に、ご飯。食べませんか……」


 お気に入り設定にしてある人見知りロリータキャラクターの「金剛石」の立ち絵をタップしてしまいボイスが再生された。しまったなと思い「申し訳ありません。間違えました」と部長に頭を下げたのだが、なにやら妙な顔をしている。


「田中君。少し見せてみたまえ」


 僕はピンときた。ははぁ。部長はロリータコンプレックスだなと。「どうぞ」と渡したiPhoneを食い入るように見つめる部長。実に見応えのある面だ。


「可愛いでしょう」


「な、なにを馬鹿な!」


 部長は僕にiPhoneを突き返し部屋から出て行った。ふむ。さすがは部長。一般的な感性を持ち合わせている。僕は突き刺さる女性社員の白い目線に背を向けながらそう思った。



 その日。ダメ社員の僕はいつもの様に定時退勤と洒落込むつもりであったが、部長に残業を命じられ、脳内にて呪詛を唱えながら仕事をしていた。今日やらなくとも問題のない作業。無意味。腹立たしい。そんな事を思っていると、何やら部長がやってきた。


「君、昼にやっていたゲーム。なんといったかな……」


 僕は直感的に理解した。ははぁなるほど。このためにわざわざ僕に残業を命じたのだな。と。体裁を気にする部長らしい。しかし、嫌いではない。本来こういう趣味は陰。隠し通すもの。それを理解している人間を無下に扱うなどできるものか。僕は親切丁寧に説明をし、アニメもやっている事を教えた。部長は頷きながらメモを取り、時には質問さえして知識を深めていった。



 翌日の事である。遅刻ギリギリに出社した僕に近づく部長。「後で会議室に来たまえ」と耳打ち。だいたい察しはついたが「分かりました」と伝え、朝礼後。言われた通りに会議室へ向かった。


「見たまえ田中君。宝玉衆が揃ったよ」


「マジですか!?」


 僕は思わず叫んでしまった。宝玉衆とは最上位のレアリティを持つ[金剛石][翡翠石][黒曜石][月長石][太陽石]の五体である。このキャラクター達は一体でも十万円程度でアカウントの取引がされる程の人気キャラクターだ。手に入れる方法はガチャと呼ばれるゲーム内におけるクジの様なものを引く必要がある。一回あたり百二十円だが高いレアリティのキャラクターを出すには万は必須であり、更に求めるキャラクターを狙うには桁が二つ上がる。特に宝玉衆は確率が低く、下手すれば二百万円つぎ込んでも五体揃うかどうか怪しい。


「ふふ……溜め込んでいたボーナスを全て注ぎ込んだよ。無論。女房には内緒でね」


 いかん。沼にはまってしまった。その先は地獄だぞ。僕は部長を止める義務と責務がある。言わねば。止めろと、ただ一言……


「凄いじゃないですか! 次はノーブル・フローラルですね! 来週のゲーム内イベントで出現率がアップするみたいですよ!」


「無論だ! 今日から禁煙だよ田中君!」


 人間。頭と体が一致しない事はままある。僕は見てみたかった。部長が駆け抜ける様を。その身が煉獄の炎に焼かれる様を!





 一年後。部長は解雇された。横領が露呈し懲戒解雇となったのだ。しかし部長の顔には後悔や懺悔といった表情は微塵もなかった。ただ、やりきったという一点の曇りもない笑みを浮かべ、彼は会社を後にした。今は奥さんにも愛想を尽かされ、六畳一間に住みスーパーのアルバイトをしている。たまに会いに行くと廃棄品を分けてくれるが、正直ありがた迷惑であった。


「田中君! アルスワイルアルワズンが引けたぞ!」


 そういう元部長の笑顔は輝いていた。僕はすっかり飽きてしまいログインもしていない状態であったが「凄いです! 羨ましいなぁ!」と返す。その姿を見て、来年にサービスが終わる噂が立っている事は黙って置こうと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソーシャルゲームに魅せられて 白川津 中々 @taka1212384

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説