75匹目 触手が掴んだもの(最終話)
――僕が魔王城を出てから数年が経過した。
* * *
和平協定締結後、帝国は全ての植民地を手放し、連邦国家へと名前を変えた。
多くの種族や平民のリーダーが連邦議会での席に座るようになり、彼らの地位は上がっていった。自治権を次々と獲得し、自分たちの暮らしや文化を守れるようになる。
魔族側も魔王制度を廃止した。多くの種族代表者が魔族議会に参加するようになり、多くの種族間で地位が公平になりつつある。
* * *
僕は今、クリスティーナの故郷である山奥の集落で暮らしている。
クリスティーナとの約束――『君の集落を救う方法を考える』。
これを実行するため、僕はそこへ移住した。長期滞在の許可をマリス嬢が出してくれたのだ。僕はクリスティーナの正式な夫となり、彼女を支えるために生きていくことを誓った。
僕はモンスター合成魔術を使い、荒らされた自然を次々と復活させていった。
削られた山肌を森林に戻すため、成長の早い植物を合成して植えた。すぐに育った植物は根を張って落ち葉を落とし、水源涵養・土砂災害防止など、森林のあらゆる機能を復活させる。ある程度環境が整ったところに在来種を戻し、合成された植物は枯れていった。こうして在来種だけの元の状態に近い森林が作られていく。元々そこに暮らしていた獣が戻り、山菜も採れるようになった。
汚れてしまった湖水も、
こうして、村に必要な物資を周辺の自然から調達できるようになったのだ。
この村に来た当時、僕は魔族ということもあり、村人から向けられる視線は冷たかった。
それでも、クリスティーナと彼女の母親は僕を快く受け入れてくれた。彼女たちがいなかったら、ここでの作業は難しかっただろう。彼女たちには本当に感謝しなければ。
やがて、僕が自然を再生させていくにつれ、村人の僕を見る目が変化してきた。お礼として野菜や肉をもらうようになり、今では食事会や村の祭事にも招待される。
僕の噂は村の外へ広まり、人間が持つ魔族へのイメージが改善されていった。
魔族領の特産品が交易品として集落近隣の街でも販売されるようになっている。今のところ魔族と人間の関係はまだまだ
少しずつだが、マリス嬢の理想が実現しつつある。
また、この村の自然再生モデルを見学するために遠方から多くの視察者が集落を訪ねるようになった。クリスティーナ親子が経営する宿屋に視察団が泊まり、村の収入は上昇している。ボロボロだった宿屋も綺麗にリフォームされ、村と湖周辺は立派なリゾート地と化した。
ニルニィもたまにこの村へ遊びに来る。
僕の見ない間に彼女の子どもらしさは抜け、大人っぽくなった。かなり美人だ。
彼女はルーシー姐さんの店でバーテンダーをしているらしい。クリスティーナの宿屋でその腕を振るってくれた。
* * *
村での生活が落ち着いた頃。
僕は森林に埋めた勇者の死体を回収して、こっそり墓を作った。作った場所は集落近くの湖の
勇者の故郷も訪ねたのだが、彼はスラム街出身らしく、彼に家族という者はいなかった。スラム街に墓を作るのもどうかと思い、湖周辺に場所を決めたのだ。
どうやら、勇者一向はこの辺りに旅で来ていたことがあるらしい。
彼らは魔王を倒すことで平民や亜人族などの地位を上げることを目的としていたようだ。勇者はスラム街で苦しい生活を乗り越えてきたからこそ、弱者の苦しみを知っている。だから、権力を持たない平民を救うという目標を持っていたのだろう。
現在、彼らの目的はほぼ達成されている。
手段は違うが、魔王となっていたおっさんやそれを操るギルダは消えたし、平民や亜人族の連邦議会参加権獲得によって地位が上がった。スラム街解消のための政策にも目が向けられている。
彼らは今の世界をどう思うだろうか。
* * *
ある日、僕は勇者らの墓へ献花するために訪れた。僕が供えたのは、村で育てられている特産品の花だ。白くていい香りがする。
「もっと話せる機会があったら、お前と分かり合えたのかな……」
勇者の墓を訪ねる度に、そんなことを考える。
平和で、自分の生活が脅かされない世界。僕らが求めていたものは同じだったと思う。もしあのとき彼らと話し合えたのなら、僕らの今はどう変わっていたのだろうか。
「また来るよ」
僕は踵を返し、自分が泊まる宿屋へ引き返そうとした。
そのとき――
――結局、お前が俺たちの目的を全部達成しちまうのかよ。
――まあいいじゃないですか、カイト。この世界も平和で。
――あーあ。アタシも他の触手と戦ってみたかったなァ!
そんな声が、湖の方向から聞こえた気がした。
空の青を反射する
彼らは僕に向かって微笑んだ後、煙のように消えていった。
あれは一体――?
僕はしばらくその場所をポカンと口を開けて眺めていた。そもそも、水面に人が立てる訳がない。
僕の錯覚だろうか。
それとも、勇者たちの――。
そんな僕に、集落の方から走ってくる小さな影があった。
「おぅい! おとーさーん!」
「おとうさん! あそぼ!」
駆けて来たのは、2人の子どもたち。
クリスティーナと僕の間に生まれた子どもだ。姉と弟の2人。
1人目は女の子。髪と瞳の色が僕にそっくりだ。魔術の才能があり、集落に出た怪我人を治癒魔法で瞬時に治せる。
2人目は男の子だった。クリスティーナ譲りの金髪を持ち、運動神経がいい。重たい
十文字遺伝というヤツだろう。息子が母に、娘が父に似るというアレだ。
彼らはタックルさながらに僕へ抱き付いてくる。僕の体が壊れそうだ。元気すぎる子どもを持つと苦労が多い。
「おいおい。お母さんはどうしたんだよ」
「おかあさんはあそこにいるよ!」
弟が湖の砂浜を指差した。
そこにはクリスティーナの姿があり、こちらへ微笑みながら手を振っていた。僕を探しに子どもを連れて散歩していたのだろう。
彼女は3人目を身篭っており、腹部が大きく膨らんでいる。今度はどんな子が生まれてくるのか、今から楽しみだ。
「ねえねえ、おとうさん、あそんでよ!」
「ほら、帰ったら遊んでやるから」
「やったぁ!」
「ねえ、なにしてあそぶの!? またまじゅつおしえてくれるの!?」
「それはもうちょっとお前が大きくなってからだな」
「おとうさんのケチ!」
「そう言うなって」
僕は子どもたちを抱き上げた。
随分と重くなったな、と子どもの成長を実感する。
そんな瞬間が、すごく幸せだった。
【触手デベロッパー・ファンタジー】完結
触手デベロッパー・ファンタジー ゴッドさん @shiratamaisgod
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